第3話

 そして。


 私とユニオとレイモンドは、懐かしい王宮の謁見の間に立つ。

 目の前にはローラント王太子と、その婚約者カナリア。彼女を庇うように立っているかつての婚約者の姿に胸が痛い。彼の一番近くは、私の場所の筈なのに。


「我らが英雄ストロングレオよ。今、なんと仰ったか。わたしの聞き間違いであろうな」

「……殿下の傍のその女性こそが、我が国に苦難をもたらす諸悪の源、『混沌の魔女』だと、申し上げました」


 勿論、ローラントも魔法少女の姿をした私が前の婚約者シシリーだとは判らない。胡散臭そうに私を眺めて、


「よくもそのような出鱈目を。英雄だと皆がもてはやすものだから付け上がって、我が婚約者の地位を奪う気にでもなったか。そのようなはしたない装いで恥じらいもなく人前に出るような女など、誰が」

「調べもせずにその女の言いなりとは、王太子殿下のお言葉とも思えませぬ。そのような浅慮なおかたの妻など、こちらから願い下げですわ」

「なんだと!!」


 ローラントは怒鳴ったけれど、私は動じない。同じこの場所で、覚えのない事で断罪されて、斬首という言葉さえ上がって震えあがったあの時から、まだ一年にもならない。でも私は変わった。力を手に入れて、苦しんでいる人々を助けて、感謝される喜びを知った。王太子の怒りなんて、もう怖くない……。ただ、悲しくはある。あんなに優しくて私を大事にしてくれたローラントは何処へ行ってしまったのだろうか、と。


「調べならついている。婚約を結ぶにあたって、彼女の身の上は全て調査した。確かに彼女は出自の低い男爵家の養女ではあるが、元々裕福な町家の生まれで幼少の折から慈悲深い事で知られ、奉仕に勤しんできたのだ。魔女の心など何処にも持ち合わせておらぬ!」


 えっ、幼い頃の事まで調べて? 何だかそう言われると不安になってしまう。だって、私はユニオの言う事を鵜呑みにして、憎らしいカナリアを成敗出来たら一石二鳥とばかりに乗り込んできただけだもの。まさか私は無実の娘を断罪しているの? だったら、私は自分がされた事をやり返しているだけなの?


 怯んだ私にローラントは、


「わたしはかつて、自ら調べもせずに周囲の言うがままに愛する女性を断罪した過去がある。だがすぐに悔いて、彼女を迎えに行った。しかし、辺境に向かった筈の彼女は行方知れず……。伴の騎士と駆け落ちしたのだろうとか売り飛ばされたのだろうとか、色々推測されたが、しかと判っているのは、彼女が無事ではいまいという事だけ……これも全ては、わたしの愚かさが招いた事なのだ。わたしはもう同じ過ちは犯さぬぞ。カナリアを妻とすると決めたからには、そして疑わしき事もないからには、わたしは彼女を信じる!」


 と畳みかけてくる。背後で、いきなり誘拐犯ぽく扱われたレイモンドが激しく噎せているけれど気にする余裕はない。ローラント……私を追いかけて来てくれていたの?!

 私はローラントの言葉に胸を打たれ、もう変身を解いて謝罪しようかとさえ思った。でもその考えはユニオに伝わったようで、ユニオは慌てて、


「ちょお、待ちぃや! なんで単純?! 嬢ちゃんには『マジカル・アイ』があるやろがい! あの娘をそれで見てみなはれや!」

「はっ……そ、そうね!」


 魔法少女ストロングレオには、宿敵・混沌の魔女を見分ける能力『マジカル・アイ』が備わっていたのだった。


「『マジカル・アイ』発動! ……はっ、やっぱりあの女は『混沌の魔女』に違いないわ!」


 『マジカル・アイ』で見ると、愛らしい令嬢の姿は醜く黒く歪んだ魔女の姿になった! けれどローラントは、


「そなた一人がいくら言い張っても、我々には魔女の姿など見えぬ! もしや、そなたこそが魔女で、カナリアを陥れる為に手の込んだ芝居をしているのではないか?!」


 するとカナリアも、


「そ、そうですわ! わたくしが殿下に愛されている事に嫉妬しているに違いありません!」


 なんて言い出した。私は頭に来て、


「嫉妬したのはそなたでしょう! 王太子の婚約者の座を奪いたくて!」


 と叫んでしまう。


「な、何を言っているの! 私がローラントの婚約者になるのは運命だったのよ!」


 とカナリアも言い返した。なにが運命よ、この泥棒猫! と更にみっともない応酬を続けそうになった時……突然、私を押しのけて、ずずいとユニオが前に出た。


「もう、ええ加減にせんかい……カナリア、いや来音や」


 は? 来音……? いったいユニオは何を言うつもりなんだろう。でも、その呼びかけにカナリアは顔色を変えた。


「な、なんでその名を……おまえはいったい?!」

「わいはお前にこないな事を止めさす為に、この魔法少女を連れてここに来たんや。分かるか。お前の好きやった、魔法少女やで。お前はなあ、乙女ゲーのヒロインやなく、魔女なんやで。この魔法少女さんに、王太子さんとの『エンゲージ・ブレイク(婚約破棄)』やって貰え。そしたらお前は元の世界に戻れるんや!」

「ま、まさか、そんな事わかるなんて……まさか、あんたは……おとん?!」




 ……広間は静まり返っている。あまりの意味不明さに、誰もが何を言っていいのかわからない。私は何とか静寂を破るべく、


「あ、あの、ユニオ? どういうこと? なに、おとん、って?」


 と声をかけてみる。するとユニオは潤んだ目をこちらに向けて、


「すまんなあ、ストロングレオ。あんたにはいちばん、迷惑をかけてもうた……」

「いえ、迷惑がどうとかより、何がどうなっているのか、きちんと説明しなさい。そなたはカナリアと知り合いだったの?」

「知り合いどころやない。あれはわいの前世での娘や」

「……えええ?!」


 俄かには信じ難いユニオの言葉を肯定するかのように、カナリアはゆっくりと膝折れて啜り泣き始めた。


◆◆◆◆◆◆


 ユニオとカナリアは、異世界の住人で親子だったという。ユニオ曰く、カナリアは心優しい娘だったのだけれど、ユニオの付けた名前のせいで子どもの頃から色々と苦労して劣等感を持ってしまったそう。


「名前? クルネ? 異世界の基準はよくわからないけれど、可愛い響きじゃなくって?」

「いや。来音と書いてライオンと読むんや。わいは、強い子に育って欲しゅうて……。けど、雌ライオンてあだ名つけられてもうてな」

「アホなの?! 女の子にライオン?! ていうか、さっきから、来音ってクルネって読んでたんだけど!!」

「ルビ振らんと読者にはわからへん」

「自由か!!」


 とにかく、来音はその事で父親のユニオと言い合いになり、外へ飛び出して交通事故に遭ったそうで。命はとりとめたものの、意識不明のまま病院で日々が過ぎていったそう。ユニオは後悔に苛まれて食事も喉を通らず、体調を崩してある日玄関を出た所で倒れてしまって。


「ああ、死ぬんかなあ……あかん、娘をあのままにしては死ねんのに……そんな事を思った時や。目の前がぱーっと明るうなってやな。ぴかぴか光る綺麗なおばちゃんがおったんや。おばちゃんは女神さんやった。そいで言うたんや。娘の魂は、好きやった乙女ゲーの世界に入り込んで悪さしよる、てな。わいがそれをやめさす事が出来たら、娘とわいは元の世界に戻れる。けど、失敗したらわいは一生馬のままやと」

「ユニオ、そなたはそれで……」

「せや、娘がこの世界に迷惑かけとんのも元はと言えばわいのせいやし、わいはどうなっても構わん、娘を取り戻す機会をくれ、て願うたんや! カナリア、いや来音、戻ってこいや!!」

「おとん……!! アタシの事、そないに!」


 カナリア、いやライオンはこちらに駆け寄って来て、ユニオの馬首に抱きついた。


「カ、カナリア? どういうことだ? そなたは……」


 戸惑いを隠せないローラントの呼びかけに彼女は、


「スマン。確かにアタシは前世の記憶が戻るまでは良い子やった。せやけど、雌ライオンって呼ばれとった過去を思い出した時、同時にここが唯一安らげた乙女ゲーの世界で、自分が王太子略奪出来る立場だって判ってな……。他の人なんかどうでもエエ、正規ルートで善ポイントをコツコツ稼ぐより闇ルートで魔女の力を使って民衆からライフポイント奪って自分の魅力に還元する方が手っ取り早いなあ、思て、つい闇堕ちしてもうたんや!」

「つい、じゃないでしょ! わたくしは危うく斬首になるところで……」


 思わず私は突っ込んでしまい、はっとして口を押えたけれど、彼女もローラントも訝し気に私を見た。


「斬首?」

「まさか、そなたは……」

「いえ、なんでもありません!」


 こんな恰好を見られた上にそれが私だなんて知られたくない。『シシリーの名誉を回復する為に魔法少女になる』という当初の目的より、恥ずかしさが勝ってしまい、私は必死にシシリーである事を否定しようとした。


 だけど彼女はあっさりと、


「そっか、アンタあの公爵令嬢か。スマン。殺す気はなかったんや。元々そないルートないしな。ただ、アタシの魔法のせいでアタシを守ろうって意識が王太子さん以下に強く働き過ぎただけで。アンタがおらんくなったら、みんなすぐ正気に返ったし」

「……。スマンで済むなら刑罰は要りませんわ!」


 あの時の恐怖を思い出して思わず詰め寄る私に、ユニオが頭を下げた。


「許してやってくれ、頼む。『エンゲージブレイク』かましてくれたら、わいらこの世界から消えるから、もう迷惑かけん」

「消える……ユニオ、そなたいなくなってしまうの?」

「わいら、元々違う世界のもんやからな。けど、嬢ちゃんのことは、娘のように思っとったで」

「ユニオ……」

「娘はライオン、嬢ちゃんは獅子シシリーやから……」

「さよなら、ユニオ」


◆◆◆◆◆◆◆


 こうして、魔法少女ストロングレオのエンゲージブレイクにより、混沌の魔女カナリアこと来音とその父親のおっさんユニコーンは光の中に姿を消した。私たちは茫然として二人の消えたあとをずっと眺めていた。今頃きっと、父と娘は、異世界で和解してやり直しているのだろう。結局、『乙女ゲー』とやらの事はよく解らなかったけれど。


「ストロングレオ。いや、シシリー。愚かなわたしを許してくれ」


 いつの間にか魔法少女の変身は解け、私はもう二度と魔法少女になれない事を自然と悟っていた。今の私は、元通りの公爵令嬢シシリー。ローラント王太子の前で別人だと言い訳は出来なかった。


「ローラント……さま。わたくし……」


 王太子ともあろう御方が、私の前に膝をついて許しを乞うていた。


「シシリー、わたしが妻に望むのは幼い頃から今にかけて、そなたしかいない。今となっては、何もかも魔女に操られていたとしか……ああ、しかし、今更いくら言い訳をしても、わたしがそなたにしてしまった事を思えば、許してくれと言う資格もないのかも知れぬ。しかし、わたしが心の霧の中にいた間も、そなたは国の為に闘ってくれていたのだな。せめて、礼だけでも言わせて欲しい」

「ローラントさま、お立ちになって。カナリアが傍に居た時でさえ、わたくしを追って来て下さったというのは本当ですの?」

「本当だとも。だが、そなたは失われたと絶望した時、わたしはまた彼女の魔法にかかり、彼女を婚約者になどと……」

「魔女の魔法には誰も敵いませんもの……。ローラントさま、本当にもう、わたくしを離さないで下さいますの?」

「も、勿論、やり直させてくれるのならば。しかし、そなたはそこの騎士と……?」


 この言葉で私はようやく、付いて来たものの出番のなかったレイモンドを思い出す。


「レイモンドはただの守護騎士ですわ。わたくしはローラントさまがわたくしをお見捨てになったからと言って他の者に靡いたり致しません!」

「お嬢様!!」


 ここでようやくレイモンドが口を出す。


「なに、レイ? 大事な話に口出ししないでくれる?」

「いやちょっと待って下さい。まさかこの流れは元鞘なんですか?! あんな酷い事をされたのに、あっさり?!」

「仕方ないじゃないの。みんな魔女に騙されていたのだし」

「しかし! 幼い頃からお仕えしていた私と田舎で一緒に暮らす筈でしたのに!」

「んまあ。そなた、何か大それた事を目論んでいたの?! そなたがわたくしをかどわかしたとかいう噂、もしや本当にそなたの内にあったというの?!」

「いえそんな事は考えておりません! しかし、私がお嬢様をお慕いしていた事はお気づきの筈」

「なんのこと?」

「>「私はお嬢様と二人でここで生きるのは本望で……」

>「え?」

>「いえ、何でもありません!」

ここで私はてっきり悪役令嬢と騎士のフラグが立ったものかと!」

「あんなうっすいの、フラグな訳ないじゃない! ただの設定よ!」

「そ、そんな!!」

「正直、元々短編の予定だったもの、構想にはあったけれど実際進めてみると、そなたと恋愛する尺がなかったのよ。諦めて頂戴」

「お嬢様も自由ですか……」


 がっくりと肩を落として引き下がるレイモンドはちょっぴり可哀相ではあったけれど。


「わたくしは王妃になる教育を受けて来たのだし、ずっとローラントさまだけを見つめて来たのだもの。もう二度と離さないというお言葉を信じて、魔法少女を辞める代わりに未来の王妃として人々の為により一層尽くしたいの」

「シシリー。なんという美しい心映え……」

「此度のこと、わたくしが真の王妃に相応しいかどうかという、神の与えられた試練だったに違いありませんわ」

「ああ、シシリー、わたしの妃……」


◆◆◆◆◆◆◆◆


 雨降って地固まる。


 ローラントは生涯私以外の女性には目もくれず、結婚後はたくさんの子宝にも恵まれて幸せになった。



「おかあさまー、ストロングレオのおはなししてー」

「いいわよ。むかしむかし、つよくてきれいなまほうしょうじょがいました……」



 暖かな炉辺で子どもたちに昔話を聞かせる。遠い遠い昔のことのような冒険譚。


 悪役令嬢は魔法少女になって、それから幸せな王妃さまになりました……。

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悪役令嬢は魔法少女に転職しました 青峰輝楽 @kira2016

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