第2話
「うわあああ! お嬢様!!」
レイモンドは叫び声を上げたけれど、忠誠を誓ってくれた私の騎士は、私の危機に何故か足を地に縫い付けられたかのようにその場から動こうとしない。
……危機、え、危機なの? 光に包まれた後何が起こったのかよく分からなかったけれど、レイモンドが大声を上げたので、やっぱり危ない事だったのかと思ってしまったけれど、別になんともない。……いや。寒い。
「な、何このはしたない衣装は?!」
「い、いけませんお嬢様、未婚の令嬢がそんな露出した衣装を……わあっ! 見える!」
「五月蠅いわねレイ、目を瞑っていなさい! ちょっと馬! これはどういうこと?! わたくしのドレスはどこ?!」
私の旅行用外套もお気に入りの帽子もドレスもどこかへ消えてしまった。代わりに身に付けているのは、まるで踊り娘が着るような、けれど見た事もないデザインの、腕と脚と胸元が露出した過激な衣装……。しかもやたら金ぴかでけばけばしくて趣味が悪い。
「おお、変身出来た! わいの魔法少女ストロングレオがここに爆誕や!!」
私の抗議を無視して馬が叫ぶ。
「なんなのその可愛くない名前は!!」
私は眩暈がしそうだった。私の自慢の縦ロールが……そう言えば何だか金色のたてがみみたいになってる!!
落ち着く為に深呼吸し、私は嬉しそうな(馬の表情は判らないけれど)馬に静かに尋ねる。
「絵画や書物で見た事があるのだけれど、レオって、これって、獅子という肉食動物ではなくって?」
「せや」
「せや。じゃないでしょう!! 何故このか弱いわたくしがあらぶるライオンなの!!」
「嬢ちゃんは確かに今あらぶっとるが、わいは強いライオンという意味で……」
「ライオン嫌! ウサギとかヒツジとか可愛くして! ていうかこの品のない衣装も嫌!」
「お嬢様、落ち着いて下さい! よく見るとこれはこれで可愛い……」
「よく見るなっ!!」
お、おかしい。わたくしが……貴族令嬢の鑑と言われたこのわたくしが、寒風の吹く庭先ではしたない恰好をして大声を上げているなんて。
「馬! やはりそなたは魔物なのですね! わたくしを誑かしてよくも」
「誑かしたなんて言いがかりや。嬢ちゃんは自分の意志で契約したんやで。その姿こそ、選ばれし魔法少女の証……ま、まあ、多少わいの趣味も入っとるがな。ライオンなのにヒョウ柄? みたいなんな」
「だからこの姿もライオンも嫌だって」
「嬢ちゃん……『混沌の魔女』を倒して都に帰りたいんやろ? 我儘言うては無理やで。『混沌の魔女』に勝てるのは、強い魔法少女だけや」
突然馬が正論を述べ出した。
確かに、国中に出没し始め人々に害をなす使い魔のあるじと言われる『混沌の魔女』を倒す、という目標を持ったからには、恥ずかしいとか可愛くないとかは我慢しなければならないのかも……。
「それに、今の姿が嬢ちゃんやって事は、変身を見てた、わいとこの兄ちゃんにしかわからへんで。変身解けたら元に戻るしな」
「そ……それを先に言いなさいよ!!」
――こうして、私は魔法少女ストロングレオになった……。王太子の婚約者だった私が……なぜこんな事に。
◆◆◆◆◆
魔法少女ストロングレオの名は、瞬く間に王国中に広まった。
使い魔の悪行に苦しむ人々は、必殺技『エンゲージブレイク(拘束破棄)』で使い魔と『混沌の魔女』の繋がりを断って滅してゆく魔法少女の勇敢な姿に涙し、やがては町々の広場にはストロングレオの活躍を讃える立札が並び立つようになった。勿論、国の英雄・魔法少女ストロングレオと、今や行方知れずでも誰も気にもしない罪びと、王太子の元婚約者シシリーを重ねる者はいない。うう、それにしても、どうして必殺技の名を叫ぶ度に何だか心が痛むのでしょう……。
馬とレイモンドは陰ながら私の助けになってくれる。それにしても、魔法少女になって国を救う事で名誉回復する予定だったのに、誰も魔法少女の正体に気付かないのでは、意味がないのではないかしら? とある時気づいたけれど、人々が喜ぶ様子を見ていると、まあいいか、と思えるようになった。
私の力で、民が救われて喜ぶ。それは、公爵令嬢だった頃には想像も出来なかった体験だった。そして、王太子妃より魔法少女の方が案外私には向いていたのかも知れない、なんてすら感じるようになったのだった。
そんなある日――。
馬が、何やらいつになく真剣な様子で(と言っても相変わらず酒臭いのだけれど)、使い魔を倒した私のところに駆け寄って来た。
「ストロングレオ! ビッグニュースやで!!」
「なに? ユニオ」
ストロングレオと呼ばれるのにも慣れっこになっていた。そして馬は、私が馬と呼ぶ度に『ユニコーンのゆに男や!』と言い張るので、そう呼んであげる事にしていた。
「『混沌の魔女』の正体が遂にわかったで!」
「え、本当に?」
これまで数月の間使い魔を倒し続けて来たけれど、悪の根源である『混沌の魔女』の正体も居場所も全く掴めなかったのに。
「今夜は満月……『混沌の魔女』の契約魔法の軌跡が月の光を帯びてわいの目にくっきり映ったんや!」
「なにそのご都合的な」
「細かい事はええやんか。正体聞きたくないんか?」
「聞きたいわ!」
ユニオは咳払い(馬なのでいななきのようにも聞こえるけれど多分)して徐に言った。
「『混沌の魔女』の正体は……」
私とレイモンドは緊張して次の言葉を待った。
「いまやローラント王太子の婚約者に成り上がった男爵令嬢カナリアや!!」
「えええーーっ!!」
私もレイモンドも驚いたけれどすぐに私は、
「そ、そうか! 悪役令嬢の敵はヒロイン! ならば魔法少女となったわたくしの敵もまた必然的に……!!」
「ヒ、ヒロ……? 何を仰っているのです、お嬢様?」
「あ……何だか考え方がユニオに毒されてしまったようだわ。わたくし何を言っているのかしら……」
レイモンドの突っ込みにはっと我に返った私だったけれど、ユニオは表情を緩めず(馬だから表情は以下略)、
「いや。ストロングレオの言う通りや。わいのせいやないで、世界観が徐々に変わってきよるんは」
「世界観が?」
そう言えば、いつからか何だかおかしい。ここはファンタジー異世界の筈なのに、私は魔法少女に馴染み過ぎているような……。
「せや。これは『混沌の魔女』の魔法なんやで。『混沌の魔女』は、この世界を乙女ゲーの世界に変革して、ヒロインとして無双するんが目的なんやで!!」
「ええーーっ!!」
いつしかレイモンドも一緒に理解していた! そして私は心中ツッコんだ!
(悪役令嬢と魔法少女モノなのに、恋愛要素はどこ行ったし?!)
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