第6話 味噌玉

 

 佐倉奈々さくらなな

 まだ二十代の新任教師よ。

 生徒からは奈々ちゃんだなんて呼ばれているけど、この教師生活を早くも後悔している。


「やる事が多い……」


 担任としての生徒はまだ受け持っていないが、来年からはどこかしらを任せると飲みの場でお偉いさん方が言ってた。

 同じ大学の先パイだった人はわたしの隣で爆睡してる。

 爆乳熱血教師だなんて異名で生徒からの人気が高いのに、それに比べてのわたしったら……。

 授業の準備、職員会議でのお茶汲み、外部から来た人との打ち合わせ、教育委員会に提出する書類の作成や授業で使うプリントの印刷、テストの採点などなど。忙殺されている。


 私生活なんて無いようなもので、実家から早く良い人見つけて帰って来いだなんて言われた。


「先パイ。手伝って……」

「無理。汗かいたから寝る」


 常に全力で行動する先パイは昼休みになると購買で買ったパンを牛乳で流し込んで即寝る。まるで電源が切れたおもちゃみたいに。

 こんなのでも、午後の授業チャイムが鳴ればわたしなんかより早く教室にいるから参考にならない。

 なのでわたしは今日も昼休みの半分を仕事に取られてしまった。


「お昼食べなきゃ……」


 体は正直なのでお腹は減る。

 ただ、散らかったわたしの机ではお弁当を食べられないので別の場所に行く。

 食堂は早いもの勝ち。担任でもないからどこかのクラスに入るのは無し。他に飲食がOKな場所は……。


 教師なのにぼっちで便所飯なんて嫌だよぉ……と嘆きながらわたしはある場所を思い出した。

 旧校舎の屋上だ。

 立ち入り禁止にはなっていないが、階段を登るのが大変だし、一年を通して快適な期間が短い場所。あそこなら先生が居ても大丈夫よね?


 気になるのはあの子達だ。

 昨日、わたしは見てしまったのだ。一組の生徒達が仲良くお弁当を食べながらイチャイチャしているのを。

 アオハルかよ!と学生時代は地味子として教室の隅にいたわたしは思った。

 先パイが強引に誘ってくれるようになってからは人付き合いが増えたけど、その前は酷かった。

 今も他の先生からはクールな感じとか、一人が好きそうなんて噂されるけどそんな事無い。

 わたしは一人ご飯が苦手でテレビを点けないと箸が進まない人間だ。

 定食屋で他の客の食べる所や店員と会話する環境音が無いと寂しいと感じる系なのよ。


「居たら気まずいけど、居ないと寂しい。さて、どっちかしら……」


 屋上に繋がる扉を開く。

 するとそこには男子生徒が一人で居た。


「先生こんにちは」

「こんにちは」


 ヨシ!アオハルしてないならこっちのもんよ。


「偶には外の景色でも眺めながらお昼を食べようと思ったのだけれど、良いかしら?」

「全然どうぞ。俺の事なんてお気になさらず」


 男子生徒から少し離れた位置に座る。

 地面がコンクリートで硬い。クッションか椅子が必要だったわね。ロングスカートが汚れちゃいそう。

 今日はこのまま我慢する事にして昼食をビニール袋から取り出す。

 スポーツドリンクと梅干しが入ったおにぎりにヨーグルト。

 朝からコンビニで買って来た物だ。


「いただきます」


 実は仕事で疲れたのもあったけど、昨晩は他の先生達との飲み会があった。

 公立と違って私立は人事異動が無いから人付き合いは重要。飲みニケーションは絶対必要。

 最年少だからお酌しないといけないし、一人だったら絶対に飲まない量をグラスに注がれたら飲むっきゃない。

 先パイは一人でボトルを空にしていたけど、そんな真似出来ない。おまけに体育教師だから走り回ってるのよねあの人。同じ人間なのか疑わしいわ。


「生きてるって感じね」


 二日酔い気味の体がスポーツドリンクを求めていた。

 梅干しもヨーグルトも二日酔いに効くっていうから選んだのよ。

 ただ、冷たい物ばかりでお腹が冷えそう。屋上だから風も強いし。


「あの〜先生。もしかして具合悪いですか?」


 ため息を吐いていると男子生徒が話しかけて来た。


「えぇ。ちょっと昨日、大人の付き合いがあってね」


 別に隠す事でも無いので正直に話す。

 この子は確か最近転校してきたばかりの子で、クラスでもおしゃべりって感じでも無いし特に心配ないでしょう。


「それでそのチョイスなんですね」

「未成年なのに分かるの?」

「親父が二日酔いの時に食べるのとそっくりだったんで」


 うっ。遥か年上であろうおじさんと同じ考えだったなんてショック。まだわたしだって若いのに……。


「そうだ。良かったら俺の弁当のあまりを食べませんか?……知り合いが今日は休みだったみたいで」


 あら?彼女が休みだったから一人だったのね。

 彼女の分まで作るだなんて主夫力が高い子ね。わたしなんかの家事スキルより優れてそう。


「そんなの悪いわよ」

「残すと勿体ないんで是非どうぞ」

「じゃあ、お言葉に甘えようかしら」


 捨てるくらいなら……とわたしは男の子の申し出を受けた。

 正直、ラッキーだと思ったわ。


「と言っても大した料理じゃないですけど」


 少年は紙コップを取り出して、その中に何かを入れた。ラップに包まれていたのは茶色の塊?


「味噌玉ですよ。味噌汁の具と味噌を丸めたやつ。お湯を持ってくるだけであったい汁の完成です」


 魔法瓶から湯気の出るお湯が注がれて、良い匂いがする。

 わたしはヨーグルト用に持っていたスプーンでよくかき混ぜて味噌汁を飲んだ。


「この味、体に染みるわ……」

「しじみですよ。二日酔いにはしじみの味噌汁ってのがうちの鉄板なんです」


 ネギとわかめも入っていて、お手軽にこんな美味しいのが飲めるだなんて幸せね。

 乾燥しじみが使用されているから旨味が凝縮されているし、体の芯から温まるので、風が吹いても寒くない。

 あぁ、ホッとする。


「気に入ってもらえたみたいですね」

「ありがとう。確か名前は長岡福太ながおかふくただったわね」

「俺の名前覚えてくれてたんですね」

「勿論よ」


 言えない。見た目からしてうっかり大福と読み間違えそうになったなんて。

 それと彼は先パイが担任してるクラスの子だし、何か理由があったって言ってたわね。


「長岡くん。何かあったら先生に言ってね。お味噌汁のお礼になんでもするから」


 すっかり二日酔いも治まってきたし、午後も頑張れそうね!

 しかし、元気になったわたしとは対照的に長岡くんは固まって考え込んでしまった。

 何かしたっけ?と自分の言ったことを思い出す。


『なんでもするから……なんでも……』


「あの、先生」

「エッチなことはダメよ!あくまで健全な。そう、健全なお願いよ」


 迂闊だった。性欲を持て余していそうな男子生徒に期待をさせてしまったわ。

 知っているんだからね!先パイに怒られて生活指導室に連れて行かれる男子生徒達が逃げられないように腕を捕まえられて、少しあの爆乳に触れて鼻の下を伸ばしているのを!

 わたしだって胸のサイズと容姿に自信はあるけどそんなに軽い女じゃないわ!卒業してから出直して来なさい!!


「一年生の特別クラスについて、一人知りたい生徒がいるんですけど」






 アレ?わたしに興味なしだったりする?









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飯コメ♡後輩を餌付けしたらラブコメが始まった件。 天笠すいとん @re_kapi-bara

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