第88話 衝撃

 俺とクロミナは階段を登っていく。


 うっすらとだが、足元にはライトがあるようで、自分達がどこを歩いているかは確認することができた。


「……この先に俺が見たいものがあるの?」


 俺は今一度クロミナに訊ねる。


「……えぇ。見たい、といいますか……おそらく気になっているもの、といったほうが正しいかと」


「気になっているもの? よくわからないけど……まぁ、とにかくここから出られるならなんでもいいかな」


 俺がそう言うとなぜかクロミナはいきなり立ち止まる。


「え? どうしたの?」


「……ナオヤは衝撃的ではありませんでしたか?」


 いきなりそう聞いてくるクロミナ。俺はなんのことかわからず、呆然としてしまう。


「え? 衝撃的って……何が?」


「……自身が人造人間だということです。ナオヤは自分のことを人間だと思っていたはずでしょう」


 そう言われて俺はそのことかと理解する。確かに俺は……自分のことを人間だと思っていた。


 人間だと思っていたからこそ、夜の世界の旅に出たわけだし、どこかに俺以外に人間がいるのだと思っていた。


 しかし、その俺自身が人間ではなく、人造人間だった。言ってしまえば、俺自身に対する認識はある意味、それまでと全く変わってしまったわけだ。


 物語でいえば、どんでん返しと言えるような出来事だろう。


 だが……あまり俺はそれを衝撃的だと思っていなかった。


 確かに驚きはあるのだけれど、なぜだろう。俺はどこかでそれを認識していたのだろうか?


 それとも、あまりにも驚きすぎてしまっていて、感覚が麻痺してしまっているのか……俺にはそれがわからなかった。


「……わからない。驚いてはいるけどね」


 俺がそう言うと理解できたのかそうでないのか、あまり判然としない感じの表情で、クロミナは俺を見ていた。


「……行きましょう。出口まであと少しです」


 そう言ってクロミナは今一度歩き出す。俺もなんとなくモヤモヤとして気持ちを抱えながらも、再びクロミナについて歩き出した。


 そして、それから今度こそ俺とクロミナは黙ったままで歩いていく。と、段々と前方にまたしても大きな扉のような物が見えてきた。


「……あそこが出口です」


 そう言ってクロミナが指差す。扉にたどり着くと、またクロミナが何かしら作業を行う。


 と、電子音が響いてゆっくりと扉が開いた。その先には……まるで廃墟のような建物がいくつも並んでいた。


「ここは、どこなんだ?」


「……海の向こうであることには間違いありませんよ。ここから少し離れた場所に――」


 と、不意にクロミナが険しい表情をする。


「……不味いですね。管理者が目覚めたようです。さぁ、ナオヤ。早くここから出て下さい」


「え……クロミナはどうするんだ?」


「……言ったでしょう。私のいる場所を管理者は完全に把握しているんです。私といてはまた管理者に見つかります」


「だからって……俺一人で行けっていうのか!?」


 と、俺が先を続けようとすると、クロミナは……優しく微笑んだ。そんな表情もできるのかと、俺は思わず驚いてしまう。


 しかし、それがいけなかった。


「……ナオヤ。アナタとサヨと共に行動するのは、悪くない気持ちでした」


「え……クロミナ――」


 と、俺がそう言おうとする前に、クロミナはいきなり俺をと扉の先に押し出した。


「うわっ……いてて……」


 俺はそのまま地面に尻もちをつく。と、クロミナがまた微笑む。


「さようなら、ナオヤ」


 そう言うと同時に扉が瞬時に閉まった。


「え……お、おい! クロミナ!」


 何度扉を叩いても、返事はない。と、扉の向こうから何か金属がぶつかるような音がする……そして、その音もしばらくすると聞こえなくなった。


 その瞬間、俺は理解した。ここから離れなくては、と。


 離れなければクロミナの行為が無駄になる……そう思い、俺はそこから逃げようにして走り出したのだった。

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