第79話 漂着

「ナオヤ」


 声が聞こえた。酷く無機質で、感情がない声だ。


 俺は目を開く。視線の先には、一面の夜空が広がっていた。


「……あれ。俺は……?」


 身体を起き上がらせると、隣には、クロミナが座っていた。心配そうというわけでもなく、無表情で俺のことを見ている。


「どうやら、ここは海岸のようです」

 クロミナに言われて俺は周囲を見回してみる。確かに、夜空の下に、紅い波が打ち寄せてきている。


 そういえば、俺達は舟から飛び降りて……それで……


「サヨ!」


 俺は思わず叫んでしまった。しかし、周囲は暗く、舟の影も形もない。


「舟はありませんでした。どうやら、ここに到着するわけではないようです」


 落ち着いた様子でそう言うクロミナ。俺はなんとか怒りを抑えながらクロミナのことを見る。


「なんで……なんで海に飛び込んだりしたんだ!?」


「あれ以外、選択肢はありませんでした。おそらく、あの船長は最初から我々を利用する気だったのでしょう」


「だけど! ……サヨはどこに行っちゃったんだよ」


 俺は思わず座り込んでしまう。と、クロミナが心配……しているわけではないだろうが、俺のことを覗き込んでくる。


「しかし、幸運なことに、どうやら向こう側にたどり着いたようです」


「向こう側……ってことは、ここが……」


 しかし、俺の視線の先には何もなかった。暗い光景が続いているだけである。


「とにかく、少し探索しましょう。ここにいても無意味です」


「……あぁ、そうだな」


 俺とクロミナは仕方なくその場を離れて探索を始めることにした。


「……そういえば、クロミナ。その……君は泳げたのか?」


 俺がそう訊ねると、クロミナは不思議そうに首を傾げる。


「いえ。泳いだことなどありません。ですが、私には防水対策が施されています。ほとんどの人造人間そうでしょうが」


「あ、あぁ……なるほどね」


「ナオヤはどうですか? 問題ありませんか?」


「ないよ。俺は人間だから――」


 そこまで俺は先程までの夢事を思い出してしまう。大丈夫、あんなのは夢なんだ……


「ナオヤ?」


 クロミナの声で俺は我に返る。


「……ごめん。じゃあ、行こうか」


 こうして、俺とクロミナはたどり着いた向こう側で、探索を開始したのであった。

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