第68話 水族館

「……なんだあれ」


 と、またしてもサヨが何かを発見したようだった。確かに、少し先の方に建物のような影が見える。


「なんだろう……ヒフミさんは何も言ってなかったけど」


「大体、あの老人、海まですぐだって言うのに全然見えないじゃないか。仕方ない……少し、あの建物も探索してみよう」


 海が見えないことにかなり苛立っていたのか、サヨが珍しくそう提案してきた。俺もクロミナも反対する理由はないので、同様に建物の方に向かっていった。


 近くまで来ると、やはり、そこが廃墟だということが理解できた。しかし、かろうじて看板のようなものがまだ存在している。


「……『海の近くの水族館』?」


 サヨが怪訝そうな顔で看板の掠れた文字を読み取った。俺にも水族館という文字に見えた。


「まぁ……もちろん、営業なんかはしていないだろうが」


 サヨの言う通りだとは思ったが……興味はあった。水族館というのだから、おそらく中には魚がいたのだろう。といっても、この夜が続く世界になっても、水族館の中を魚が泳いでいるとは思えなかった。


 とにかく、俺たちはそのまま水族館の中に突入していった。当然のことながら中は無音だった。しかし、所々に非常用電源でも生きているのか、あかりが付いている。

おまけに水槽も明るくなっていた。しかし、大半の水槽には魚は泳いでいなかった。


「あれ。なんでしょう」


 と、クロミナが指差す先に、水槽の中で何かが動いているのを発見できた。俺たちはそちらに向かっていく。


 水槽の近くまでやってくるとわかったが、それはふわふわと水の中を浮かぶ、透明な物体だった。しかし、それはまぎれもなく動いていて、ふわふわと水の中を漂っている。


「これは?」


 俺がサヨに訊ねるが、サヨも不思議そうな顔でその生物を見つめている。


「それは、クラゲです」


いきなり背後から声が聞こえてきて俺たちは思わず身構えてしまった。


「どこだ? どこから声が聞こえてきた?」


「すいません。驚かせて。お客様には見えないかと」


「……は?」


 サヨがそう言ってあたりを見回しても確かに周囲に人影はない。俺も同様に人影を見つけることができなかった。


「私は、当館の案内係であり……この水族館そのものです」


 そこまで聞いて俺たちはその声が、水族館全体から聞こえており……アナウンスのようなものであることを理解したのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る