第66話 方向

「いや、あっちのほうじゃないか?」


「いえ。おそらくこっちかと」


 老人の家から出ると、家の外で何やらサヨとクロミナが言い争っていた。


「え……どうしたの?」


「あぁ、ナオヤか……いや、海はどっちかって、コイツと話になって……私のカンではあっちの方じゃないかと思っているんだ」


 そう言って、サヨは左の方向を指差す。


「いえ。私はこちらと判断します」


 そして、クロミナはサヨとはまったく違う方向を指差す。


「海なら……こっちじゃな」


 と、そこへ老人が介入し、クロミナと同じ方向を指差した。どうやら、クロミナの方が正しかったようである。サヨは少し悔しそうにクロミナのことを睨む。


「といっても、どちらへ行っても、しばらく歩けば海は見えるじゃろうがね」


 老人はそう言って遠くを見ている。それはまるで海の方を眺めているかのような目つきだった。


「おぉ……そういえば、名乗っていなかったな。私はヒフミというものじゃ」


「ヒフミさん、ですか……あ、俺、ナオヤって言います」


 老人はなぜか急に名乗り出した。そこで、自身が名乗っていなかったことを思い出した。と、老人はなぜか急に真剣な眼差しで俺のことを見る。


「ナオヤ……君は、おそらくこれから大変な目に合うじゃろう」


「へ? 大変な目……ですか?」


「あぁ。向こうの大陸に行くというのはそういうことじゃ。もし、何か困ったら私の名前を出すといい。何かの役には立つかもしれん」


 そこまでいって老人は今一度俺に微笑んだ。俺にはなんのことやらわからなかったが、なんとなく、老人は冗談で言っているようには思えなかった。


「おい、方向がわかったんだ。そろそろ行くぞ」


 と、しびれを切らしたようで、サヨが俺にそう言う。俺は今一度老人に小さくお辞儀をした。俺たち三人はそのまま老人の家を離れる。


 俺は今一度老人の家の方を見る。老人は未だにこちらを見て立っていた。


「あの爺さん……なんだったんだ? 海の向こうの大陸について何か知ってたのか?」


 サヨにそう聞かれたかが、俺は首を横にふる。


「彼は、残骸でしょう」


 と、なぜか少し不機嫌そうな声でクロミナがそう言った。


「え……どういうこと?」


「彼は管理者が言った夜明けの時代を迎えることを否定しました。夜明けは来ます。そして、我々はそれを迎える権利があるのです。それに賛同できない存在は、まさに、旧世界の残骸でしかない」


 そうはっきり言うクロミナに対して、俺も、全面的には同意できないのであった。

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