第65話 残骸
俺は手当り次第に周りの本を読み漁った。読み漁ったと言っても、それらの本はほとんど日記のようなものであったので、流し読みでも十分内容を理解できた。
それは、これまでの世界の事実だった。夜が続くようになる前の出来事も書かれている。なるほど。この老人は見た目以上に長い年月起動しているようだ。
そして、夜が続くようになった辺りの話に、興味深い出来事が書いてあった。本に書いてあったのは、人類が太陽を失ったという文句だった。太陽を失ったから夜が続いているのだろうか……それが比喩なのか、事実なのかは俺には理解できなかった。
とにかく、老人が書いているには、どうやら、人類によって夜が続く世界が創生されたらしい。しかし、その夜が続く世界には、おおよそ、人造人間しか住んでいない……だが、どこかにもしかすると、人間が住んでいるかもしれないという。
それはかつて工場で出会ったニナが言っていたことを思い出させる。本当にこの世界にはどこかに、俺以外にも人間がいるのだろうか……
「面白いかい?」
と、老人が俺に話しかけてきた。どうやら、俺があまりにも読み漁っていたのを見てそう思ったらしい。
「え……えぇ。知らないことだらけだったので」
「ハハッ。そうか。それは良かった。誰にも読まれずに朽ちていくだけの本達かと思ったが……記録していて良かったよ」
「……あの、お爺さんは夜が続く前の世界のことを知っているんですよね?」
「まぁ……知っているが?」
「それって、どんな世界だったんです? 人間がたくさんいて……良い世界だったんですか?」
俺は思わず興奮気味に聞いてしまった。老人は少し驚いていたようだった。なぜか、皮肉っぽく微笑んだ。
「……いや、あまり良い世界ではなかったよ」
「え……そう……なんですか?」
「あぁ。少なくとも、今よりも騒がしい世界だったことは確かじゃな。まぁ、私にとっては今の夜が続く世界の方が、記録を付けるには都合が良い世界とは思うがの」
老人はそう言って微笑んでいた。しかし、その言葉調子は真剣だった。老人にとっては、今の世界の方が、夜が続く前の世界よりも良いものに感じるのだろう。
「では、アナタはこの世界に夜明けが来なくて良いと思うのですね?」
と、そう言ってきたのはクロミナだった。いきなり喋り始めたクロミナに老人は少し驚いていたが、小さく頷く。
「そうじゃな……無論、夜明けを拒むことはないが……夜明けを迎えたいというのは些か傲慢とは思うのぉ」
「傲慢? 夜明けを迎えたいというのがなぜ傲慢なのです?」
「……私達は人造人間じゃ。この世界において、自然に発生した存在ではない。つまり、私達は不自然な存在と思うのじゃ。それならば、不自然な存在が、自然の摂理である夜明けを迎えたいと思うのは……思い上がりではないかと思っての」
老人の言葉に、クロミナは珍しく不満そうだった。表情を滅多に現さないクロミナのそんな反応は初めてだった。
「いえ。我々にも夜明けを迎えようとする権利はあります。アナタの意見には賛同できません」
そう言うと、クロミナもそのまま家から出ていってしまった。
「……ふむ。女心というのは、人造人間でも難しいものじゃな」
老人は肩をすくめる。俺も苦笑いで返すしかなかった。
「……で、君等はどこへ行こうとしていたんじゃ?」
「この先の海に行こうとしていました。それで、海を渡って向こうの大陸へ」
俺がそう言うと老人の顔が露骨に歪んだ。彼は嫌悪感を顕にする。
「……行くなとは言わんが。薦めたくはないな。行かないほうがいい」
「え……そうなんですか? でも、俺は海が見たくて……」
「海は問題ない。問題は……向こうの大陸じゃ」
老人はそう言って大きくため息をつく。それから、首を横にふる。
「……いや。私に君の旅の邪魔をする権利はないな。行くといい。そして、見るといい。旧世界の残骸を」
「旧世界の……残骸?」
老人は俺がそう聞き返しても何も答えようとはしなかった。代わりに俺に外に出るように促す。
しかし、老人の言葉はいつまでも俺の頭の中に響いて離れないのであった。
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