第35話 囮

「……それで、どうするの?」


 俺は情けなくも、サヨにそう尋ねることしかできなかった。サヨは壁際からギリギリ狙撃されない場所を探しているようで、少しずつ体を動かして、辺りを見回している。


「問題ない……こういう場面には、何度も出くわしてきたからな」


 そう言ってサヨはしばらく何かブツブツと呟いていた。俺にはこの絶望的な状況をどうやって乗り越えるのか、まるで検討がつかなかった。


「……よし。だいたい分かった」


 サヨはそう言って俺の方に戻ってきた。


「え……何が分かったの?」


「ここから見えたんだが、奴が狙撃してくる場所は全部で3箇所まで絞れた」


「え……絞れるものなの?」


「あのなぁ……これでも私はA型人造人間だぞ? 戦争で狙撃兵に出くわす場面なんてたくさんある。まぁ、絞れたのは絞れたんだが……実際にヤツがどこにいるのかまでは絞れなかった」


「そうか……じゃあ、どうするの?」


「簡単だ。アイツに撃ってきてもらってそこで把握する」


 サヨは当然のことのようにそう言う。俺は意味がわからず反応できなかった。


「え……撃ってもらうって……さっきみたいに石を投げるってこと?」


「いや。それじゃわからない。ヤツの場所を正確に把握するためには私自身がこの目で撃ってくる場面を見なければわからない。撃つ瞬間さえわかれば、正確な場所が把握できるからな」


 段々とサヨが何を言っているのか、そして、何をしようとしているのかも、俺はなんとなくわかってきた。


「……サヨ。君は……自分が囮になるっていうのか?」


 俺がそう言うと、サヨは小さくため息をつく。そして、そのまま小さく頷いた。


「あぁ。それしかないからな」


 サヨは俺に反対させる隙など与えないという感じで強い調子でそう言った。しかし、かといって俺もそれで納得するわけにはいかなかった。


「サヨ……それは君は、自分が機能停止になる可能性を考えているってことか?」


「いや。私も流石にそれは考えていない。あくまで奴にわざと撃たせることを目的としている囮だ」


「わざと、って……でも、もし、仮にヤツが撃ってきた部分が致命的な部分だったら……」


 俺がそう言うとサヨはなぜかいきなり俺の方を叩く。


「……ナオヤ。お前は戦争を知らないって言ってたよな? 戦争ってのはリスクを負うものなんだ。そして、その先がどうなるかなんてわからない……簡単にいえば、運なんだよ」


「運って……そんな……」


 俺がそう言うとサヨも困ってしまったようだった。この感じ……サヨの言うこの作戦しか、方法がないってことなんだろう。


「……大丈夫だ。私だってまだ機能停止になるつもりはない。信じてくれ」


 サヨはそう言って俺の目を見ている。その目は……嘘を言っているようには見えなかった。


「……分かった。それで……俺は……どうするの?」


「言わなくても、分かるだろう? 私が狙撃してきた相手の居場所を伝える。そして、お前はその場所へ行ってくれ。そして、私がどうなっても一度作戦が始まったら、絶対に走るのをやめるな。ヤツの居場所にたどり着くまで絶対に振り返るな……いいな?」


 ……そんな真剣なサヨの話に、俺は拒否はできなかった。俺は……俺にできることをやるしかないのだろう。


「よし。後5分で作戦を開始する。とにかく、物陰から出たら全力疾走だ。いいな?」


「……サヨ。一つだけ聞いていい?」


「あぁ。なんだ?」


 俺はそんなことを聞くのはちょっと躊躇われたが……ここで聞いておかないと後悔する可能性がある……そう思ってしまって聞いてしまった。


「……サヨは、俺と旅を続けたいよね?」


 俺がそう言うとサヨは少し目を丸くしていた。そして、苦笑いしながら俺のことを見る。


「……まぁ、ここが旅の最終地点っていうのは、ちょっと嫌だな」


 そう言ってもらえると、これから危険な作戦に臨むというのに、なぜか少し安心してしまったのだった。

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