第18話 花

「そういえば、アタシの名前はナツっていうんだ。アンタ達は?」


 女性……ナツは快活にそう訊ねてきた。俺とサヨは思わず顔を見合わせてしまう。


「……えっと、俺がナオヤで、こっちがサヨ」


「そうかい。アンタ達……夫婦?」


 ナツがそう言う。夫婦……俺達は夫婦に見えるのだろうか。


「……違う。ただ一緒にいるだけだ」


 サヨは苛立たしげにそう言った。サヨはその言葉を聞いて嬉しそうに笑っている。


「そうかい。まぁ、一緒にいるってことはいいことだ。アタシも昔は誰か一緒にいたんだけどねぇ……一人になって何年……いや、何十年経つことやら」


「……ナツはいつから花を育てているんだ?」


 俺が訊ねるとナツは少し思い出すように目を細める。


「そうだねぇ……それも覚えてないよ。でも、とにかく、ずっとだ」


 ナツも、どうやら花を育てて長いようだ。それほどまでに長い間花を育てている……俺にはその気持ちは、ちょっと想像できない。


「それで……花は何度も咲いたの?」


「え? あぁ……そうさねぇ……最後に花が咲いたのはいつだったかな……それも覚えてないよ」


「……それじゃあ、今日も花が咲くなんてわからないじゃないか」


 サヨが不満そうにそう言う。確かにサヨの言うとおりだ。だけど、ナツにとっては、それでいいのだろう。


 今日もしかすると、花が咲くかもしれない……そう思えるだけで、いいのだろう。


 俺達はそれからしばらくの間、花が咲くのを待った。しかし、数時間経った頃になっても花は一向に咲く気配はなかった。


「……ダメそうだね」


 俺がそう言うとナツは申し訳無さそうに苦笑いする。


「……あははっ! そうだねぇ。ごめんね、アンタ達」


「……くだらない。行くぞ」


 そう言ってサヨは歩きだしてしまった。俺もその後に続こうとする。


「……花が咲くのを、まだ待つの?」


 去り際に俺は、ナツに今一度そう訊ねる。すると、ナツは当たり前だという顔で大きく頷く。


「あぁ……待つさ。きっと花は咲く。アンタ達がまたここを訪れたら、きっと咲くさ」


 ナツは本気でそう信じているようだった。しかし、俺はどう考えてもこの夜の続く世界で、植物が育つとは思えなかった。


 だけど……ナツが待っているその瞬間は、訪れてほしいと願ってしまった。


「おい! 行くぞ、ナオヤ」


 サヨの声が聞こえる。俺は今一度ナツに一礼して、サヨの後を追ったのだった。

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