第7話 停滞

「……夜が怖い?」


 俺よりも驚いているのは、サヨの方だった。女性は申し訳無さそうに小さく頷く。


「はい……その……夜というか暗いのが怖いんです……」


「じゃあ、暗いのが怖いからずっとそこで蹲っていたってわけですか?」


 俺がそう訊ねると、女性はまた頷いた。


「信じられないな……この世界で夜が怖い、か……」


「あ、あの……それで、私、困っているんです」


 急に女性が思いつめたような様子でそう言った。


「困っているって……どうして?」


「灯りが……消えそうなんです」


 そう言って指差した先を俺達が見ると、確かに街灯がチカチカしている。どうやら、この電灯は寿命のようだ。


「……それなら、違う街灯の下まで移動すればいいんじゃないか?」


 サヨの言う通り、少し先にはまだ元気そうな街灯が煌々と道路を照らしていた。


「む、無理です! 暗闇の中を歩くなんて無理です!」


 俺達が思わず顔を見合わせてしまった。どうやら、彼女にとっては相当暗闇というのが恐ろしいようである。


「……わかった。俺達がそこまで一緒に付いていってあげるよ」


「え……い、いいんですか?」


「うん。だって、すぐそこの電灯までだしね」


 俺がそういうと女性は嬉しそうに顔を輝かせた。サヨは呆れ顔で俺を見ている。


 そして、俺達は連れ立って、切れかかっている街灯の下から出た。女性は俺の腕にしがみついて明らかに怯えている。


 しかし、直ぐ側の街灯までは30秒もかからなかった。すぐに辿り着き、明るい光が俺達を包む。


「あぁ……安心する……」


 女性は心底安心したようだった。俺もなんだか安心してしまった。


「あの……ありがとうございました! しばらくはまた、これで大丈夫そうです」


「良かった。えっと……君はしばらくまたこの灯りの下にいるわけ?」


「え、えぇ……そうですね」


「え……でも、もし、この街灯の灯りも切れてしまったら?」


 俺がそう言うと彼女は黙ってしまった。どうやら、聞いてはいけないことを聞いてしまったらしい。


「そ……その時は、また考えます」


「……そうだよね。またその時考えればいいよね」


 彼女が笑ったので俺も笑っておいた。正直、それって大丈夫なのかと思ったが、彼女が大丈夫そうだったのでそれ以上は聞かないでおいた。


 その後、俺達は彼女を灯りの下に置いて、散歩を再開した。彼女は灯りの下でいつまでも俺達に向けて手を降っていた。


「……だから、ロクな奴がいないって言ったんだ」


 かなり離れたあと、小さくなった彼女を見ながらサヨはそう言う。


「そう? 暗いのが怖いっていう、彼女の気持ちはわからないでもないけど」


「じゃあ、お前も灯りの下にずっと蹲っていたいってわけか?」


 サヨにそう聞かれて少し困ったが、俺はふと近くの街灯の灯りを見上げる。


「俺には、街灯の灯りは、ちょっと明るすぎるかな。それに、俺は夜の闇が好きだし」


 俺がそう言うとサヨはまたしても呆れた顔で、俺のことを変なやつを見る目で見るのだった。

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