第3話 名付け

「……そういえば、お前、どっちだ?」


 しばらく歩いていると、機械の彼女がいきなりそんなことを聞いてきた。俺は彼女の方に向き直る。


「え……どっちって?」


「……お前は、自分のことをなんだと思っている?」


 彼女の質問に少し意味がわからず俺は困った。だけど、俺はいつも俺自身が思っていることを答える。


「少なくとも俺自身は、自分が人間だと思っているよ」


 俺がそう言うと彼女は一瞬怪訝そうな顔をしたが、首を横に振りながら話を続ける。


「……そうか。いや……なんというか、あまりにもその……感情が読めないと思ってな」


「あー……それも昔から、よく言われたよ」


 そう言うと納得したのか彼女は黙った。しばらくまた俺たちは闇夜の中を歩く。


「……そういえば、お前、名前はあるのか?」


 と、また彼女が話しかけてきた。


「あー……ナオヤ、だったかな? 名前」


「だった、って……名前を覚えていないのか?」


「まぁ、人に名前を呼ばれる経験も随分前だしねぇ……君は?」


 そういえば、俺は機械の彼女として認識していたが、さすがに名前がわからないと面倒臭い。


「……人造人間に名前なんてあるわけないだろう。ましてやA型人造人間に」


「A型って……どういう意味?」


 俺の質問を聞いて彼女はまた驚いているようだった。


「お前……本当にこの時代に存在していたのか? 知らないことが多すぎるぞ?」


「あはは……まぁ、あんまり外に出なかったからね。知識としては知っているんだけど、詳細はわからないんだよ」


 俺がそう言うと怪訝そうな顔で彼女は俺を見たあとで、小さくため息をつく。


「A型人造人間……要するに、戦争用のキリングマシーンだよ」


「戦争……じゃあ、君は戦争に行っていたの?」


「そうだ。それが直接の原因かは知らないが、戦争が始まってから夜の時間が長くなっていったそうだ。私も聞いた話で、詳細は知らないがな」


 戦争……彼女が戦場にいる様子は想像できなかった。最も、確かに包帯が巻かれていない方の目は鋭いし、短く切りそろえた髪は戦場で動きやすいのかもしれない。


「……あ。それで名前は?」


「聞いてなかったのか? 名前なんてないんだ。あるのは……識別番号だけだ」


「識別番号? 君は番号で呼ばれていたってこと?」


 彼女はつまらなそうに頷いた。番号で呼ばれた経験がないので、どんな気持ちなのかはわからないが。


「それで、識別番号は?」


「……0034だ。そんなの聞いてどうする?」


「3……4……サン、ヨン……うん。サヨ。じゃあ、サヨにしよう」


「……はぁ? 何が?」


「君の名前だよ。さすがに番号で呼ぶのは面倒だし。昔の兵器はそんな名前のものが多かったって聞くしね」


「お前……本気で言っているのか?」


「え……気に入らない?」


 彼女は少し複雑そうな顔をしていたが、それからしばらくして小さく頷いた。


「……別になんでもいい。私は気にしない」


「わかった。じゃあ、サヨ。よろしく」


 彼女は何も言わなかったが、怒っているようには見えなかった。とにかくこれで、彼女を呼ぶ時に面倒ではなくなったのは何よりだった。

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