第16話 T.K トーコ 転勤
南郷竜也(なんごう りゅうや)は、一応、たぶんではあるが、この会社の部署においては、倉田藤子(くらた とーこ)の上司である。そのまた上司からの藤子への辞令を伝えなければならない、と言うか藤子を従わせなければならない立場にある。地獄に落ちるようなものだ。閻魔様に命令するようなものなのだ。殺される。絶対だ。うまいシチュエーションで、上手いこと言わないと、、、考えるんだ。考えるんだ。と悩んでいる所で、藤子と目が合った。
「しまった。藤子さんは、人の考えていることが分かるのだった。まずい」
藤子は席を立って、薄ら笑いのような微笑みながら、竜也の方にやって来た。竜也は、その手に刃物など持ってないか確認した。
藤子が、人の考えていることが分かるテレパスの能力を持っている様に、竜也も特殊な能力を持っている。トランスポーテーション、瞬間移動の能力だ。その能力は、藤子によって磨かれた。今は、藤子の手から飛んでくる如何なる危険物を避けるために消し去ることが出来るのだ。
「南郷主任、何か私に言いたいことがおありのようで?」
「えっ!あ~、あの私が要請したわけではないですよ!倉田さんに、辞令が出ました」
「私に?」
「はい、藤子さんに、、、」
「私は、地方採用の普通のOLですよ?」
「普通、ふつう、、、」
「なに⁉」
藤子の鋭く見開いた睨み付ける眼に、竜也は怯えた。
「いえ、なんでもないです」
「いえ、じゃなくて、言え!」
「はい、辞令は、東京開発センター、AI開発室、勤務を命ず、、、」
と言って、その様に記載された辞令の紙を、サッと藤子に渡し、
「あの、私は、あくまでお伝えするだけですので、何かあれば課長とか、部長とか、社長に言ってくださいネ」
「じゃ、お伝えしてくれます。殺すぞって」
「え~と、誰に?」
「課長でも、部長でも、社長でも」
「僕がですか?」
「僕ですよ。主任、私に伝えに来たんでしょ。お返事、伝えて」
「むり、ムリ、無理です」
「私の返事ですけど」
「この人事、金融システム部長から、システム開発部長に開発センター長、がどうしても藤子さんをAI開発室に欲しい、と計画されたものなんですよ。それを地方支店の
南郷竜也は、涙目で訴えている。
藤子は、竜也を
「私、今のままの普通の事務職、OLが良いんだよな~。断ると、どうなるの?ていうか誰にイヤだと言えば良い?」
「人事部でしょうかね。本人が会社辞める、と辞表を出すまで、イヤな仕事に回されますね。普通の社員は」
そこで藤子は電話機を手繰り寄せ、
「人事部長って、ココ」
と電話をし始めた。竜也は慌ててその電話を切った。
「なにすんのヨ、、、」
「いや、普通の会社員はそんな事しませんから、、、イヤ、この人、普通じゃないか」
「なんて?」
南郷竜也は、藤子の殺気を感じ、背筋が寒くなった。ここは何とか話を逸らそうと、
「そう言えば藤子さん、以前、東京、住んでたんですよね。花の都、東京、良いじゃないですか」
と一旦、話を逸らしてみた。
藤子は、何か物思いにふけり始めた。
藤子は、幼馴染、舎弟、組の子分の息子の香川崇(カガワ タカシ)の、そのまた子分、王山路猛(オオヤマジ タケシ)と、東京で一時、遊び暴れていたことがある。東京の各主要都市の、チンピラ、ヤクザ、チーマを自分達の組というか、藤子を頂点とした遊び仲間のチームとして傘下に収めていったのであった。本人たちは、ただのゲーム感覚であった。物思いにふけったのは、そのことではナイ。幼馴染、舎弟の香川崇のことだ。今は、倉田組とのかかわりを避け、放送局気候予報士として、ハワイに逃亡している崇。何時か、東京に戻って来るのではないか?と思ったのだ。
藤子の父、倉田源蔵(クラタ ゲンゾウ)、倉田組元組長は、議員になってから、倉田組の東京進出を企て始めたのだった。東京の組織は、倉田組が東京に現れることに対して、非常に神経質になっていたのだ。
香川崇は、高校を卒業して、国営放送局の地方局の気象予報士になった。そして、天気予報の番組作りの才能を見出され、というか、藤子と同じように、藤子がプログラム作成のデータ入力において便利な人材として、開発センターに送り込まれたように、国営放送の本局に出されたのだが、東京にいた倉田組の王山路猛ら、倉田組幹部に歓待されていたため、東京のあらゆる組織から、崇は倉田組の大幹部と思われたのだ。だから、崇は放送局に、アメリカ、ハワイへの転勤願いを出して、サッサと東京を出て行った。藤子は、そのことを知っていた。
「ちょっと、東京に行ってみるか、、、」
「有難うございます!籐子(とーこ)様!」
「はあ~、何か、私いなくなるの嬉しそうだね?」
「いえ、そんな、、、辞令通りになって良かったなって」
「条件、アンタも来るの!」
そこで、籐子は、目の前の電話の受話器を執った。
「ちょちょっと、トーコさん、何するんですか?」
「父ちゃんに、電話するんだけど?」
「誰か、殺すんですか?」
「はあ~、誰がそんな事するのよ」
「トーコさんなら、そんなことは気分次第でかと」
血の気が退いて、真っ青な顔で目の前にいる南郷竜也を一瞬見て、微笑みながら電話をする籐子(トーコ)。
「もしもし、私。会社から来月中頃から、東京転勤の辞令が出た。来月までに住む処、用意、お願いしま~す。あ、それと、私に命令出したからには、それなりの見返りを要求したいんだけど。今、同じ事務所の南郷竜也を私の上司に付けろ、って言っといて。上京する日は、また連絡するから」
と、一方的に話して電話を切った。一方的な報告、依頼だ。
南郷竜也は、気になる言葉を聞いた気がした。
(南郷竜也を私の上司に付けろ?)。
(一人で行くのが不安なのだろうか?自分を頼っているのだろうか?)
(いや、以前言っていた、俺の事、便利な
(まあ、良い。会社の命令通り部下に辞令を納得させたのだ)
「あのお~、トーコさん。今のお電話は、お父様へですか?」
「あ、父ちゃんだよ」
「倉田組長さん」
「あ、組長って言うと、殺されるよ。議員さんらしいよ」
「あ、そうでした。あの、それで、東京行きは承諾という事でよろしいですね?東京の住いとか、引越しとか、会社がいたしますので、手続きしておきますね」
「いや、別に良いよ、家の者にやらせるから。あんたのもやらせておこうか?」
「え?私ですか?私はアナタを東京にやって、ここで出世するつもりですが、、、」
「え?そうなの?
「いや、え?社長に命令?」
籐子は、不思議そうな顔で竜也を眺めながら、頷いた。
(上司?だなんて、絶対、お付きの者、手下、便利な盾だ、、、)
(以前の東京出張でさえ、命を落としそうになったのに)
(俺まで転勤?)
「あれ?出世して東京行き、イヤなの?」
下を抜いている竜也。
「いやなら、人事部長とかに言えば良いじゃん」
怒りと怖さに震えながら下を抜いている竜也。
しばらくして、竜也の内線電話が鳴った。
恐る恐る、電話をとる竜也。上司の課長からだ。
「南郷主任、東京の開発センターの係長のポストの辞令が出た」
「……」
AIの基本システムとなったのは、新人教育時代の藤子が、面倒な事を早く終わらせようと、彼女の周囲に運悪く?いた者たちに作らせた自動お勉強システムと、自分の予知能力の使い方を導き出したい一心で、無心にデータベースを作った英語日本語翻訳システム用データベース、それが、AIへの道を開いた。
AIは、とにかく沢山の事例をデータベースに貯め込み、比較抽出判断するやり方が主流。
藤子のお勉強システム。勉強した方が良いことは、勉強する。しかしながら、それは適当に選別される。YES/NOではない、0でも1でもない。どっちでもない。取り敢えず経験してみて、正しくもなく、いいかげんなデータでも処理される。いいかげんなデータと曖昧なコンピュータの組み合わせ。
藤子は英語日本語翻訳システムを創る段階で、データ入力、データベース作りばかりしていたのであるが、それがなぜかAIシステム、人口知能の制作の基礎となるデータベースの構造を築いたのだった。兎に角、成功パターンの行動データベースを築くこと。このAIシステムは、対戦型ゲームには威力を発揮した。
コンピュータとコンピュータをゲームで戦わせ続ける。勝利のパターンをデータベースに溜め込む。そして、闘い続ける。人が一試合行う間に、何万回も対戦経験を積み、勝ちパターンを積み上げる。将棋、囲碁、チェスでは完全に人を超えた。しかし、人間の行動はパターン化が難しい。人間は、負けることで得る物があり、また、嫌なことは忘れ去ることが出来る。AI知能の今一歩は、そこで立ち止まっていた。
そこで、開発にかかわる者からは、藤子の登場が期待されたのである。
負けることで得る物なんかない。負けを認めないから、絶対に負けない。感心ない、嫌なことは、直ぐに忘れる。正解は何か?を考えない。自分が正解。即断。何でも自分の言う通りに動かせる。世界中のコンピュータを従わせられる。人を介してであるが。
籐子の父親、倉田源蔵(クラタ ゲンゾウ)は、議員事務所で秘書、王山路猛(オオヤマジ タケシ)に指示を出した。
「娘が、東京転勤だそうだ。住む家を探しといてくれ。それと、妻一人を呉広町に残すわけにはいかんから、妻と家付きの者たち数人も、こちらに呼んどけ」
「えっ⁉東京の組と、抗争になりませんか?」
「こっそりと、密かに、だ。まあ、万が一を考えて、武器は強力なのを大量に用意しておけ。国防にワシから話してもいいぞ」
「はい。分かりました」
「あとな、女房が来るんだ。こっちの女の始末、頼むわ」
「はい。始末しときます」
「おい、殺すんじゃないぞ。納得のうえ何処か遠くに行かすんだ」
「はい。分かりました」
暫くして、品川近くに、守衛所付きの要塞のような一軒家が籐子の為に用意された。
竜也は、会社から川崎辺りのマンションをあてがわれた。
開発センターへの初出社、赴任日は、同じだ。
竜也は、藤子に、
「迎えに行ってあげようか?」
と誘われたが、低調にお断りした。重厚な装甲車のような車だろうし、何らかの抗争に巻き込まれかねない!そう思えた。
初出社当日、やはり竜也が思っていた通り、藤子は、巨大な装甲車のような黒塗りの乗用車、数台で開発センター前に現れた。車から、黒ずくめのボディーガードが出てきて、車のドアを外から開けて、そこから藤子は現れた。黒ずくめのもう一人のボディーガードが、すかさずトランクを開け、藤子の例のキャリーバックを取出し、藤子の目の前に置いて、
「どうぞ、お嬢様」
と深く頭を下げた。例のトランク、会社で籐子が良く持っていた3連射するマシンガン、ベレッタM93Rが入っているやつだ。
二人は、正門入口で入工の手続きをし、第1棟の入口に向かった。扉の内側、ロビーには、藤子の大勢の開発センター時代の同僚、上司が出迎えていた。
「わぁ~、倉田さ~ん、お久しぶり~」
と、藤子は、囲まれ出迎えられた。
竜也は、以前、ここに来た時に出迎えてくれた開発リーダーが、今は、AI開発課長であり、その時の課長が開発センター長であることを知る。
「本日付けで、こちらに赴任することになりました。南郷です」
と、課長に頭を下げた。
「君の席は、用意してあるヨ。全て準備万端、倉田くんの隣に」
課長は、竜也との挨拶もほどほどに、藤子を囲む輪に入って行った。
「一緒に仕事してくれることになって嬉しいよ」
課長の言葉に囲むみんなも、ウン、ウン、と力強く頷き同意した。
竜也は、取り残された感が満載である。
その後、全員エレベータで、Ai開発室に向かった。まずは、藤子が席に案内され、竜也は、
「君の席は、その隣だ」
と、藤子の席の隣を指さされた。席には、電話、ディスプレイ、キーボード、そろばん?など整えられていた。
竜也は、
(俺、係長っていうことだったよな?席の配置からして、完璧に藤子さんのお付きの者だよなぁ~)
とは思ったが、いつものことながら悔しくもなんともない。藤子とは、持っているものが違う。格段に差がある。天と地。死なないように気を付けていれば、ご利益があるのである。
二人が席に着いた時、竜也の机の上に、課長に連れてこられた女子から、どっさりと資料が置かれた。課長が、
「Ai開発のデータベースに入れといて下さい。それから、データの関連付けをお願いします。今は、超高速スーパーコンピューターに繋がっていますので、処理は早いですよ」
と、静かに微笑みながら竜也に命じた。
竜也は、困り果てた顔で、隣の藤子を見た。普通は、この資料と作業指示、業務命令は藤子にされるべきである。今、藤子は、無邪気にソロバンを机の上で転がして楽しそうだ。こんな時、邪魔をするとどえらい目に合うことは、承知している。
竜也は、子供をあやす小学校の先生のように、
「は~い、トーコさん。早速、お仕事来ました。データ入力で~す」
と言って、何気に自分の机の上に置かれた入力用データの書類の半分以上を藤子の机の上に回した。自然体で、何時ものことのように。
「うい~す」
と、藤子は受け取り、当然のように半分、竜也の机に回し返した。
(計算通り、、、4/5を渡してあるので、2/5戻って来て。3;2.あれ?自分の方が多いか、、、まあ、少しでも渡せたのだから良しとしよう、、、って、オレ、一応上司)
藤子が、データ入力を始めて少しして、机の上にあるディスプレイをまじまじと見て、
「これ、何か凄いコンピュータに繋がってるみたい」
と、入力するのを一息ついて呟き始めた。キーボードをカチカチ叩き入力をしてみては、
「早!!!!それじゃ、データ引っ張り出して関連付けしてみるか」
さらに指をキーボードの上を走らせ、
「うわ、アタシって天才なのかな⁉早い、早い、すご~」
藤子は、もう、手元の入力すべき資料を一切見ていない。完全に、自分の予知能力の成功事例を入力し、前後の関連付けを始めている。それを横目で眺めている竜也は、
(あら~、なんか全部、俺がデータ入力しなくてはならない状況になってきた~)
と思っていると、その竜也の思考を藤子に、テレパス能力で読まれたのか?藤子から、竜也が渡したデータ入力用のお仕事の資料が全て返された。
「あの、、、」
「なに⁉」
「いえ、コーヒーでも買って来ましょうか?」
「いい。今、集中してる」
(おお、使って直ぐに、このシステムの凄さが分かるとは、、、なんせ世界一のスーパーコンピューターに繋がっているんだもんな)
竜也の思いは、また、藤子に読まれた。
「ねぇ、このコンピュータって世界一速いの?」
「ええ、今のところは世界一です。アメリカ、中国、日本で競争してます」
「ん?中国?」
「まあ、正確には、技術は、日本から台湾に行って、そこから中国に行ったんですけど」
「ふ~ん、中国じゃあウチのオヤジも使えないか~、アメリカだったらレイノルドくんとか、あや子さんに言って使わせてもらおうかな、、、」
(えっ!最近、コンピュータ通しがリンク出来るの知ってるんだ、、、テレパスの能力が有り、組織暴力の力も政治権力もお金も何でも持っていて、今は、自分の予知能力の使い方を調べている。何でも持ってるんだよな~)
竜也は、それ以上、考えるのを止めた。要らぬ思考が出て来て、それを藤子に読まれたら大変なことになる。以前は、カッターナイフとかコンパス、フォークにナイフなどを投げつけられたことがある。幸い、竜也は藤子のお陰も有って、自身が持っていたトランスポーテーション、瞬間移動の能力の使い方を取得していたので、それらをかわすことが出来たのだった。
夕方、五時半、定時になった。藤子は、
「南郷、、、」
「はい!はい!はい!何でしょうか?」
竜也は、心臓が飛び出るかと思うような驚き方で、即座に返事を返した。
「南郷、主任?係長?もう帰っていいですよ。さっきの資料、私がデータベースに入れときますから。これ、凄いな!このデータベース。もうちょっと試してみたいんで」
竜也は、藤子の気が変わらないうちにソソクサと事務所を後にした。
「はえーな!」
竜也は、背後で聞こえた藤子の声が、自分の逃げ足の速い事を云われたのかとビックとした。そ~っと、振り返って見ると、藤子は、データベース入力に夢中の様である。
「それね、、、」
しばらくした、ある日の休憩時間、藤子が、竜也に話しかけて来た。
「あんた、あたしと結婚するみたい」
「はぁ⁉エッ!え~?命令ですか?お告げですか?」
「だよな~、そんな訳ないよな~」
「どうしたんですか?」
「ここのコンピュータ、凄く性能いいじゃん。それで自分の予知能力の使い方、分かったと思って予知してみたら、そんな予知が現れたの」
「その使い方、絶対に間違ってます!絶対!絶対、絶対に!」
「ずいぶん強く否定してくれるじゃない」
竜也のポッカリと開いた口から泡が噴き出ている。目は泳ぎ始めている。
T.K トーコ Ai クロニクル(OS編) 横浜流人 @yokobamart
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