第11話 T.K トーコ また、東京

 南郷竜也(なんごう りゅうや)は、倉田藤子(くらた とーこ)と、呉広駅の改札で朝9時半に待ち合わせをした。通勤通学時間帯は避けた。

 巨大な装甲車のような黒塗りの乗用車、数台で藤子(トーコ)は、駅前に現れた。車寄せから、駅の改札まで、黒ずくめのボディーガードが一列に並び、そこを藤子は、歩いて来る。

(通勤通学時間帯でなくて良かった)

 竜也は、つくづく思うのである。

 藤子が、お付きの方二人を引き連れ改札に来たので、竜也は藤子に、東京までの乗車券を渡した。そして、竜也は藤子をお連れして改札を通ろうとしたが、二人の藤子のお付きの方もついて来ようとしたので、竜也は、

「すみません、お二人の分のキップは買ってないので・・・」

と囁くような声で言う。すると、二人のうちの一人のお付きの方が、駅の事務室の方に手を挙げた。そこに駅長が飛んで来た。

「何方迄ですか?」と駅長が藤子のお付きの方に丁重に聞く。

 お付きの方は、竜也の方を見る。

竜也は、すかさず駅長に答える。

「広島で新幹線に乗って、東京迄です」

「それでは、私の方で途中の関連各者の全て連絡しておきますので、ドウゾ」

 藤子のお付きの片は、軽く頷いて竜也と藤子を先に改札を通した。

そして、そのうちの一人が黒いスーツの右胸に片手を入れて、周囲を警戒しながら竜也と藤子を先導するように広島行き電車のホームに導いた。

どこまでも、コンナ感じである。

一人が周囲を確認しながら竜也と藤子を先導する。もう一人が後ろを警戒する。

そして車内では、お付きの二人は決して座ることはない。常に藤子の身辺警護をしているのだった。

竜也たちは、広島駅に着き、そこで新幹線ホームに出た。竜也は、藤子たちを引き連れグリーン車の待ち列を通り過ごし、一般車両の待ち列に向かう。

「南郷くん、どこ行くの?」

「藤子(トーコ)さん、我々は、グリーン車での出張は出来ないんですよ。会社の出張規定です」

 そこで、すかさずお付きの方が、ホームにいる駅員を呼んで何か話しかけた。駅員は急ぎ何処かに去って行った。そして、戻って来た。グリーン車両指定券4枚を持って。


 竜也は、グリーン車の広々とした席に藤子と隣り合わせに坐ることになった。お付きの方々は、その前後の席の通路側に一名ずつ坐って藤子を警護する。

 竜也は、グリーン車に乗ってよかったと思う。藤子との物理的距離がある。普通車の席で隣だと、竜也は立たされるに決まっている。そして、次々と考えを巡らせる。ゆったりと座っていられるからであろう。安心感からだろうか?いや、安心な訳が無い。

(そういえば、藤子さんのお付きの方が持っている藤子の物と思われるキャリーバックであるが、多分、サンフランシスコに行った時に持っていたヤツであろう。なんで、東京日帰りでこんなに大きなバッグが必要なんだ?中身、見てやろうか?)

と考える竜也は、鋭い殺気を帯びた視線を感じた。

隣の藤子である。

 藤子が睨んでいる。思考を読まれている。竜也は、慌てて思考を散らした。


 藤子は、別に竜也の思考を読もうとは思ってはいない。いつも、ロクでもない、くだらない思考である。それでも今回ひとつダケ、気になるワードが飛び込んで来たのであった。

東京、香川崇(カガワ タカシ)

 藤子は、

(なぜ?崇のことが、頭にとびこんで来たのだろう?竜也は崇を知っているのか?)

と訝しむ。藤子に、南郷竜也の記憶は無い。


 何も考えない!を決め込む竜也にとって、東京までのグリーン車の旅?は快適そのものであった。藤子のお付きの方が、すべて手配してくれる。飲み物からお弁当まで、何から何まで完璧な心遣いであった。


 東京に着いて、藤子のお付きの方々も藤子と一緒に改札を出ようとした、その時、藤子)は、彼らに言った。

「ここからは一緒に来ないでイイ。あなた達が一緒にいると抗争になる恐れがあるから」

 彼らは、藤子の指示に頷いた。


 藤子の父、倉田源蔵(くらた げんぞう)、倉田組元組長が、議員になってからである。倉田組は東京進出を企て始めたのだった。東京の組織は、倉田組が東京に現れることに神経質になっていたのだ。

 藤子は、(だから、崇は勤めている放送局に、東京からアメリカ、ハワイへの転勤を願い出て、サッサと東京を出て行ってしまった)ことを知っていた。

 崇の幼い頃からの一の子分、王山路猛(おおやまじ たけし)が、藤子のお付きとして東京に一緒に来て、東京で一時、暴れていたことがある。東京の各主要都市の、チンピラ、ヤクザ、チーマを自分の傘下に収めていたのである。本人は、ただのゲーム感覚であった。

 王山路猛は、今では倉田源蔵の東京議員事務所で筆頭秘書を務めている。源蔵のボディーガード、兼、秘書である。ある日、テレビ放送局の気候予報士となった香川崇が、東京事務所を訪ねたおり、この王山路猛たちの歓待ぶりを他の組の者に見られていたらしいのだ。その影響で、香川崇は、倉田組大幹部と間違えられていた。藤子の幼馴染なので、別に間違いでもナイのであるが。


 藤子のお付きの方は、

「自分達は、何時くらいからココで待っていれば良いか」

と、藤子の指示を仰ぎ、藤子と竜也を送り出した。お付きの方が、藤子にキャリーバックを渡す時に伝えた。

「お嬢さま、バックの中にあります銃は、マシンガンではございません。ベレッタM93Rでして連射するのではなく、単発か3点バーストの選択になります。マガジンには弾20発が入っておりますが、トリガーを弾き続けますと、直ぐに弾切れになりますので、お気をつけて」

 藤子は、強く頷いてバッグを受け取った。

竜也は、

(何に気を付けるの?)と思わずにはいられなかった。


(仕事で、東京へ出張に来ているだけだよな~)


 東京駅から、電車で川崎の開発センターに向かう。

 藤子は、開発センターには、オペレーション・システムのバグを直しに来て以来だ。たしか、毎日、徹夜作業状態だった。竜也は、何もしない新入社員研修以来であった。

 二人は、正門入口で入工の手続きをし、第1棟の入口に向かう。扉の内側、ロビーには、藤子の大勢の開発センター時代の同僚、上司が出迎えていた。

「わぁ~、倉田さ~ん、お久しぶり~」

と、藤子は、囲まれ出迎えられた。

竜也は、

(これが、呉広町だと、イラッシャイマセ!お嬢様!なんだよネ~)

などと、考えていた。そして、自分のカバンから資料と、フロッピーディスクを取り出し、上司らしきに渡す。

「これ、お渡しする様に頼まれた物です。我々、日帰りですので、これで失礼します」

と、言った瞬間、

「え~?帰っちゃうの~」

「あれ、一緒に仕事してくれるのではナイの?」

「うそ~!マジ、私、もう出来ないから」

とか、悲鳴にも似た驚愕の声が数々上がった。そこで、開発部長が、

「倉田さんには、資料の説明や、作業手順をくんでもらうのに、宿泊ホテルを用意してあると、支店には伝えておいたんだけどネ?」

と、懇願するような目で藤子をみる。そこで竜也が答える。

「支店からは、この資料を渡しに行ってこい、と命じられたのが私で、倉田君は、私の秘書としての同行でして・・・」

竜也は、藤子の顔色が気になった。

(秘書・・・)

「日帰りの予定で来てますので、宿泊用の物の持ち合わせも無いので・・・」

と、ウダウダ、説明していると、開発部長の視線は、藤子の大きなキャリーバックに注がれた。泊まる準備ではないのか?と言いたげに。

「あ~、あれは、マシンガンです」

「ハッ?」

「いや、何でもないです・・・」

「とにかく、予定詰まってまして、これから、本社行かないと間に合わないので。時間が無いので、失礼します」

と、言って竜也は藤子を連れて逃げるようにこの場を去ろうとした。

 開発部長は、

「せめて、資料、データの説明をしてもらわないと・・・」

と、困った表情で懇願する。

 竜也は、

「それでは、私がご説明させて頂きます。倉田君、先に帰っててイイヨ。何時になるか分からないからネ?」

と、藤子に指示を出した。

(チッ!偉そう~に)

と、思った藤子であるが、わき目も振らず竜也を残して正門に急いで向かった。


 遠距離恋愛の彼氏を見送るようなセンターの皆である。竜也以外は・・・


 藤子は、正門を一歩出た所で、こちらを振り返り手を上げて挨拶をした。

 と、その瞬間、藤子の横に黒塗りの大型車が止まり、藤子をサラって行ったのだ。

「エッ⁉」

 竜也は、一瞬、藤子のお付きの者が、迎えに来たのかとも思ったが、車への入れ込みが激しすぎたし、藤子のマシンガン入りのキャリアケースが、その場に残されたままである。

 竜也は、とにかく、正門に走った。そして、キャリアケースを見つめ、車で連れ去られた藤子の姿を思う。

「移動!」

 キャリアケースは、少し、グラグラッと揺れ、その場から消えた。


 黒塗りの大型車の中、後部座席に藤子と並んで座っている男に、突然キャリアケースが飛んで来た。見事、頭に当たり男は失神する。

 藤子は、急いでキャリアケースを開け、中からベレッタM93Rを取り出し、3連射!

 車内の者はあまりの怖さにピクリとも動かなくなった。車は近くの電柱にもぶつかり、止まった。

 藤子は、ゆっくり、ベレッタをキャリアケースに戻し、車のドアを開け、降りる。そして、そのまま、何事も無かった様に、開発センターに向かうのだった。

 一応、藤子の愛用の杖は、刀と銃が仕込まれている仕込み杖になっているらしい。竜也は後になって聞いたことだ。

 竜也は、藤子の戻って来る姿をみて、駆け寄り、東京駅に急ぎ戻ることにした。こちらも、後に残した開発センターの皆を振り向きもしない。

 エフコム開発センター、正門前の歩道、植え込みの樹木、その陰から一人の黒づくめの男が、二人の行方を見つめている。デカ⁉いトランシーバーのようなモノで、何処かに連絡している。(まだ、携帯、スマホがない時代)


 二人は、東京駅に着いた。無事に、藤子のお付き、ボディーガードは健在であった。

(エッ!ずっと待ってるつもりだったの?)

 お付きの者達は、藤子と、竜也の顔色の異変に気付いていた。一人が、先方を警戒しながら、帰りの新幹線のホーム、グリーン車の待ち列に並ぶ。

ひとつ向のホームに、小型銃を片手に数名の黒づくめの集団が現れた。あたりを見回し、キョロキョロと誰かを探しているようだ。そのうちの一人が向のホームにいる藤子達に気が付いた。

「いたゾ!」

と、叫ぶとともに、藤子の方に拳銃をむけている。他の数名も同じようにこちらを狙う体制に入った。

 竜也は、素早く、対岸のホームからこちらを狙っている数名の手元の銃に視線をやった。そして、首を、フイッと横に僅かに振る。対岸のホームの彼らの手から、急に銃が消えたのだ!ニッコリと、ほくそ笑む竜也。それを見つめる藤子だった。藤子のお付きの者達は、一人は藤子の盾になっていた。もう一人は対岸のホームに走って現れ、サイレンサー付き銃で、彼らを残らず眠らせたのだ。


 一応、無事に藤子達は、帰りの新幹線に乗り込むことが出来た。

 安堵する竜也。皆、上京した時と同じ席次で、下り新幹線のグリーン車に坐った。

(何だったのだ?サッキは)

(通常の人の生活体験ではない。絶対ない!)

(これから、まだまだ、コンナことが起こるのか?)

(藤子さんから、離れてはいけない。一時でも離れては守り切れない!俺が、藤子さんを守らなければ)

 興奮状態の、竜也であった。

 ふいに、

「有難う、・・・ございます」

と、藤子が竜也に礼を丁寧に言った。

「ところで、彼らの銃は、何処に飛ばしたの?」

と、藤子に聞かれ、竜也は、チラリッと藤子のキャリーバックに目をやってしまった。

「エッ⁉」

 藤子(トーコ)は、素早くキャリーバックを開き、中を確認する。

 キャリーバックの中には、元々入っていたマシンガン級のベレッタM93Rの他に、コルトに、ルガー、デザートイーグル等、数丁の銃が入っている。

「・・・」

「何んか、検査されたら、完全に捕まるヨネ、これ・・・」

 竜也は、

「いや~、咄嗟だったので、それしか思いつかなくて・・・」

と、頭に片手をおいて、下に頷くように詫びた。

「ううん、有難う、感謝してます。家の奴らに良いお土産が出来た!」

 一、二度、首を横に振って、竜也に微笑みを返す藤子であった。


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