最終話 婚約者な彼女と僕
それから4月に入って本格的な受験勉強が始まった。幸い、僕も真澄も成績は良い方だったから、ついていけずに四苦八苦ということはなかったけど、勉強することは多く、一緒に遊ぶ回数は少し減った。正樹は数学が苦手らしく、僕が教えたり、4人で集まって勉強会をしたりもしばしばだった。
夏には、一緒にプールに行ったり、一緒にお祭りに行ったり。秋になればお互いの文化祭を見に行ったり。冬は冬で受験を控えながらも、クリスマスを祝ったり、バレンタインデーにやっぱり手作りのチョコをもらったり。
そして見事、僕は東都大学の文学部、真澄は同じく理学部に合格したのだった。
――
「にしても、今日から一緒に住むことになるとは」
荷物が運び込まれたばかりの新居を眺めながら、ぼやく。
「ちょっと荷解き手伝ってくれへん?」
「はいはい、ただいま」
同じ大学に進学することになった僕たちだけど、どこに住むかでひと騒動あったのだった。できるなら近いところにしたいということで、二人で物件を探したのだけど、なかなかいい空き物件がない。結局、一番良かったのは、駅近で徒歩5分、2DKで築40年のマンション。
困った僕たちは同棲でいけないかという話を親に持ち掛けてみたものの、いきなり同棲は早いだの、別にいいんじゃない?だの色々意見が出て。その結果、結婚を前提ならということで晴れて一緒に住むことになったのだった。
というわけで、今の僕と真澄は正式に婚約者という間柄になっている。いつ結婚するかは決まっていないのだけど。
「コウー。ちょっとこっちこっち」
荷解きの途中でアルバムを見つけたのか、それを見せてくる真澄。
写っているのは、小学校の時の僕と彼女。でも―
「これ一体何の写真?」
たぶん、真澄の家の庭で撮られたと思しき写真で、「こんいんとどけ」とひらがなで書かれた紙を僕に差し出そうとしている彼女と、何やら微妙な表情をしている僕。
「たぶん、おままごとしてたときの写真やろな」
「「こんいんとどけ」っていうのがそれっぽいよね。にしても……」
「コウが微妙な表情しとるのがおもろいな」
「この時の僕、何考えてたのかな……」
うーん、と考えていて、ようやくそのときの光景を思い出した。
――
「はい。こんいんとどけ」
『おっとになるひと』の欄が空欄の紙を、真澄ちゃんが差し出してくる。
「いや、大人にならないと結婚はできないんだよ」
おままごと、を理解できなかった僕はついそういう返事を返してしまう。
「じゃあ、おとなになったら?」
僕と目の前の真澄ちゃんが、お父さんとお母さんみたいに大きくなったら、と考えてみるけど、うまく想像できない。うーん。
それに、結婚は好きな人同士がするものだ。だから―
「大人になっても、僕が真澄ちゃんを、真澄ちゃんが僕を好きだったら、かな」
なんて妙に冷めた返事を返したのだった。
――
「この時から凄い変な意味でマセてたんだなあ、僕」
この時の僕を殴ってやりたい気持ちでいっぱいだ。
「僕が真澄ちゃんをお嫁さんにする、とか言ってたらかっこ良かったのに」
そうすれば、実に甘酸っぱい幼いころの思い出になっていたに違いない。
「コウがそんなんやったら、ウチら付き合ってないわ」
可笑しそうに言う真澄。
「いやいや。この時の僕がもうちょっと空気を読めてればさ……」
と力説するも。
「コウがそんな風に空気読めてたら、ウチを助けてくれへんかったと思うわ」
「それって褒めてる?」
「褒めてるつもりやよ」
笑い出すのをこらえているような表情で、少し悔しい。
「ああ。でも、この後にウチが言った言葉思い出したわ」
ポンと手を叩く音がする。
「え、なにそれ。気になるんだけど」
想像もつかない。
「確か「ウチは絶対にコウ君のこと好きでいるもん」やったかな」
懐かしむ様子で口にする真澄。
「じゃあ、真澄はそのときから?」
少し期待してみるも。
「そんなわけあらへんやん」
と一蹴されてしまう。
「その後の言葉がな。確か「まあ、大人になったらわかるから」やったかな」
僕は、何を悟ったような言葉を言っていたのだろうか。しかも、上から目線だし。
「聞けば聞くほど、昔の僕、イタくない?」
そんな僕がどうして今の関係に至ったのだろうか。
「ウチも同い年のコウが大人みたいな事言い出すから、ムキになってな」
対抗して色々勉強したりしたらしい。それで、語彙とかも含めて僕に追いついたというのだから、人の縁というのは不思議だ。
「ま、コウはコウやからいいてことで」
「ちょっとモヤモヤするんだけど」
イマイチ納得がいかない。
「とにかく」
真澄の左手の薬指にはめられた指輪が光る。
正式に婚約者になったので、安物ながら、3万円くらいの指輪を送ったのだった。
「末永くよろしくな、コウ」
「うん。こちらこそ」
オカンな幼馴染と内気な僕 久野真一 @kuno1234
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます