最終章 そして新たな日々へ

第70話 バレンタインデーと進路

 それからの日々は瞬く間に過ぎて行った。その間、うちの文化祭に真澄たちが来たりとか、クリスマスのあれこれとか、色々なことがあった。


 そして、今日は年が明けて2月14日の日曜日。そう。あの、バレンタインデーというやつだ。去年までは真澄や朋美から義理チョコをもらっていたけど、今年は違う。なんといっても本命チョコがもらえる(はず)なのだから。


 ぴんぽーん。インターフォンが鳴る。いつ来るかなと待ち遠しかったのは秘密だ。


「おはよーさん、コウ」


 コートを着た彼女が立っていた。


「あー、ほんと寒そうだね。入って入って」

「お邪魔しますー。ほんと、さむさむや」


 真澄ももうすっかり慣れたもので、当然のように入って来る。


「あー。極楽極楽。もうここから出とうない」


 こたつに入るなり、そんな事を言う彼女。冬の寒さが厳しくなってきたので、なんと、部屋にも小型のこたつを入れてみることにしたのだった。


「どうだった?部の集まりは」


 今日は料理部の友達と遊びに行く約束があったらしく、夕方まで真澄は外に出ていたのだった。


 途端に、何故か顔が渋くなる。


「部の連中、まーた、ウチらのことからかってくるんよ。チョコは何を用意する?とかはええんやけど、夜のプレゼントとかなんとか、まあ……」


 夜のプレゼントとは一体。いや、なんとなく想像できるのだけど。


「そっか。大変だったね。お疲れ様」

「あ、そや。これ」


 と、手提げ袋に入った何かを渡される。中を見ると、チョコらしきものが入った包みがいっぱい入っている。


「え、これなに?まさか……」

「ちゃうちゃう。部の連中がな、コウ君に渡してあげて、やと」

「そういえば、料理部では凄い歓迎を受けたよね」


 夏の一時を思い出す。凄いノリだったよなあ。と思いながら、手提げ袋に入った大量のチョコに混じった、丸い色紙を取り出す。すると、


『ますみんとお幸せに』

『真澄からはどんなチョコをもらってるのかなー?』

『コウ先輩と真澄先輩の幸せを願って』


 などなど、好き勝手なメッセージが書かれていた。最後のは、奈月ちゃんか。


「相変わらず、凄い人気だね」


 少し呆れつつもそう言う。


「おもちゃにされてるだけやって」


 そう言いつつも、嬉しそうなので、まんざらではないんだろう。


「あの、それでさ。真澄からの……チョコなんだけど」


 自分から催促するのは少し恥ずかしいけど、素直にそう言ってみる。


「そういうと思って。はい、どーぞ」


 立派にラッピングされた箱を渡される。


「ありがとう!開けてもいい?」

「どーぞどーぞ」


 ということで、ラッピングをほどいて、箱を開けると、出て来たのは半月状のチョコレートだった。これって……


「ひょっとして、鎌倉半月?」

「大正解や!この形、結構苦労したんよね」

「いや、そこまでこだわらなくても良かったんじゃ」

「初めての本命チョコやし、ちょっと凝ってみたかったんや」


 しげしげと眺めてみると、見事に半月状に成型されていて、力の入れようが凄い。

 食べるのが勿体ないけど、ひとかけらを口に運んでみる。


「あ。なんか、あんまり甘くない。程よい甘さっていうか」

「甘すぎるのは苦手やろ?だから、ちょっと控えめにしてみたんや」

「助かるよ」


 ふと、本棚をなんとく見たら、受験のために買った参考書が目につく。


「そういえば、来年の今頃は受験だよね」

「今年みたいにゆっくりしてられへんやろうな」


 しみじみと言う真澄。

 確かに、来年の今頃は前期試験に向けて最後の追い込みの真っ最中だろう。


「結局、コウは志望校どないするん?」


 真澄の問い。それについては、去年の夏から考えていたんだけど。


「実は東都大学の文学部を第一志望にしようかなって」


 東都(とうと)大学は、都内にある国立大学だ。真澄の第一志望でもある。

 その答えを聞いた彼女は少し驚いた様子で。


「それってウチと同じやない?一緒に居たいから言うんなら……」


 言い募ろうとする真澄を制して言う。


「実のところ、そういう気持ちもあるんだ」

「え?」


 虚を突かれた様子の真澄。


「やっぱり、中高が一緒だったら、って思ったことは何度もあるし」

「言うても、それで進路曲げたらしゃあないやろ?」


 少し悲しそうな顔で言い募る彼女。


「別に曲げるわけじゃないんだけど」


 どう言えばいいのかな。


「中学の時の歴史の先生の言葉なんだけどさ」

「?」

「僕が東西に入ったきっかけの先生、て言ったらわかる?」

「ああ、そういえば、そうやったね」


 その先生は、入って1年で退職しちゃったんだけど。


「その先生の言葉なんだけどさ。「学問はどこでもできる。意思と時間さえあればな」そう言ってたんだ」

「そうは言っても、大学によって良い先生とか違うんやないの?」

「でも、東都も良い方だし、そこまで大学にこだわらなくてもいいと思うんだ」


 もちろん、やりたいことができなかったら悲しいけど、と付け加えた。


「それで、納得してくれないかな?」

「コウは一度決めたら曲げへんからな」


 諦めたようにつぶやく真澄。


「それに、ウチも一緒の大学行きたいのは同じやし」

「良かった。大反対されるかと思ったよ」

「コウがウチのために自分を犠牲にするようなら反対しとったかな」


 でも、と。


「コウは昔から自分の好きな道歩いてきとったからね。信用しとるよ」

「それって遠回しに変わり者って言われてる?」

「拗ねない拗ねない。そういうところもええところやから」


 そんな風にして、バレンタインの夜は過ぎて行ったのだった。このことで揉めたらどうしようかな、と思っていたのだけど、ほっと一安心だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る