空の蒼さに憧れて

boly

第1話



 三年の教室の前を通り過ぎて生徒会室へ向かう。待ち合わせはいつもだいたいそこで、「なんで教室じゃないんですか?」と聞くと、先輩は「別になんとなく」。それから少し、くちびるの下に人差し指をあてて何か考えるようそぶりをした後に、「ちょっと特別感がない? 教室って開放的すぎるから」とはにかむように微笑んだ。


 流行は去ったであろう時期にインフルエンザに罹った委員長の代わりに、ジャンケンに負けて図書委員長代理として生徒総会の打ち合わせに出たのは先月。上級生の中できょろきょろしている一年生が目立ったのか、その日以来先輩はときどき声をかけてくれるようになって、この頃は用事を言いつけられることもある。今日みたいに。


 教室の引き戸とは違い、ドアノブのついた生徒会室の扉をさっきから三回ほどノックするけど、中から返事はない。ピカピカに磨かれたノブを右に回すと扉は開いて、こちらに背を向けて座っている背中が目に入った。コホンとひとつ咳払いすると、それに返すように「遅い」と声がして、くるりと椅子が回転する。低めの声とは違いその表情は柔らかで、つられて頬が緩む。


「何か言うことは?」

「せんぱ……、あ、生徒会長をお待たせしてすみません。でした」


 でした、でぺこりと頭を下げると、


「よくできました」


 それだけ言うと椅子から立ち上がり、髪をわしゃわしゃと撫でてくれた。

 帰るか、とカバンを手にした先輩にハイと答えると「悪い、それ取って」と入り口の脇に掛けてある鍵を指さす。これもだいたいいつも通り。


 職員室へ鍵を返して校舎の門を出ると、前の通りを大型のトラックが熱風とともに通り過ぎていった。


「委員長が許してくれたので、貸し出しカードは代わりに自分が書いておきました。今回だけの特例です」


 厚めの本と、装丁がきれいな薄い本の二冊を手渡すと、ぱらぱらとページをめくり「ありがと」。

 週のはじめ、昼休みに不意に教室へやってきた先輩から、『今月の図書だよりにあったお薦めの本、読んでみたいんだけど』とお申しつけが。その日はあいにく二冊のうちの一冊が貸し出し中で、今日になって返却されていることがわかった。


「お礼にあそこの自販機で、なんでも好きなもの一本選んで」

「今日は、なんとなくアイスが食べたい気分です」

「暑いもんな。じゃあ、付き合っちゃお」

 やった、とグーを握りつつ、

「お礼でごちそうしてもらうのに、それに本人が付き合うってなんか変ですよ」

 そう言うと、「いいんだよ」とまたしても髪をぐしゃっとつかまれる。もしもこれと同じことを図書委員長がしてきたら、たぶん全力で拒絶する。


「行くよ」と、コンビニエンスストアへ入っていく先輩の背中を追いかけた。





 end

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空の蒼さに憧れて boly @boly

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