これは死んだあなたに贈るラブレターです

花陽炎

拝啓 幼馴染の貴方へ


『拝啓 最期まで独りだった貴方へ。


今日もこっちの地方は広く晴れ渡っています。

貴方がいつも心配していたご家族も、元気に過ごしています。

村のみんなも相変わらずで、よく貴方の話をしています。


私も元気にやっています。

貴方に掬い上げてもらった命を大事に、生きています。

だから何も心配しないで―――』



書き途中だった手紙を、筆を持たない方の手でぐしゃりと握りしめる。


そしてまた新しい便箋を用意して筆を持ち直す。



『拝啓 最期までお人好しだった貴方へ。


貴方がいなくなってから一年が過ぎました。

時が経つのは早いもので、ご家族の方と貴方の話が上がれば

いろんな思い出話ばかりです。

小さな頃の貴方は実はとても恥ずかしがりやでいつも人の陰に

隠れて様子を見ていたり、犬が苦手だったり。

私の知らないことばかりです。

貴方はいつだって私の前では胸を張っていたから。


村に買い出しに行けば、また私の知らない貴方の話を聞きます。

貴方はよく私に『朝は弱いんだ』と言っていましたよね。

でも本当は、夜遅くまで村のお手伝いをしていたからなんですって。

だから貴方はいつも寝坊して―――』



これも違う。


女性は静かに緩く首を横に振って、書きかけの手紙を脇に避けた。


もう何十回と繰り返した似たような同じ行動。


書いては違うと手紙を破棄して新しい言葉を探す。


本当に伝えたいことは何なのか。どうしても見つからない。


そうしてまた、次の便箋へと手を伸ばす。



『拝啓 貴方へ。


どうして貴方は私に黙って逝ってしまったのですか。

どうして貴方はそうやって身勝手なのですか。

残された人たちの気持ちを考えたことはあるのですか。


私の気持ちを考えて―――』



殴り書きのような文字列の上に、点々と染みる透明な雫。


女性は漏れそうになる嗚咽を必死に堪えて手紙を破り捨てた。


今更気づいてももう遅いのに。今更嘆いても、彼は戻らないのに。


明かりの灯らない部屋の片隅で、大きな窓から差し込む月明りだけを頼りに書いて

いた、書き切れない一通の手紙。


どんな文字で飾っても、どんな羅列で表現しても、まだ足りない。




翌朝。女性は一人で墓参りに来ていた。


何度も書き直した手紙、何度も向き合おうとして出来なかった現実。


もうこれで最期にしよう――?



『拝啓 最期まで変わらなかった貴方へ。


今まで気づかなくて、ごめんなさい。

愛しています。だからもう、さようなら。』



冷たい物言わぬ墓石に手紙を添えて、手を合わせる。


女性のすぐ傍を一陣の優しい風が撫でるように吹いていく。



―――…『       』



風の音に微かに混じって聞こえた懐かしい声。


それは気のせいかもしれないし、本当に聞こえたのかもしれない。


女性は涙で濡れた頬を拭って、静かにそっと微笑んだ。

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