技術(アーツ)が止まらない
ウッカリデス
技術(アーツ)が止まらない
――パァン
あまりにも軽い音と共に、"私"の人生は終わりを告げた。
未だに心臓は動いているが、そんなことはもはや意味がない。
人生の目的としていたことが完遂した今、ここにいるのは"私"ではない。
その"人生の目的"とは、目の前に転がっている女の亡骸――今や物言わぬ死体になった両親の仇のことだった。
* * *
……私がこの道に転がり込んだのは16の頃だ。
当時は女子高生だった私だったが、変わり果てた両親の姿を見た瞬間から全て変わった。
両親の仕事が非合法な存在ということは知っていた。
それが殺されても仕方のない仕事だということも。
だがそれでも、……私には良い両親だったのだ。
復讐相手が女だと知ったのは程なくしてだった。
その女は二十代後半といった若さにも関わらず、最強の殺人請負人として有名な存在だった。
その腕の凄まじさは、自分が同じようなことをし始めて、初めて理解できたように思う。
本物の銃は思ったよりも重く、最初は持ち上げるだけで苦労した。
ナイフで肉を貫く感触は不気味で、吹き出した血の匂いを嗅いだだけで嘔吐した。
そんな様から両親の仇と戦えるようになるまで、十余年の歳月を費やした。
その頃にはあの女は初老に差し掛かる年齢になり、私はあの頃の女と同じぐらいの年齢になっていた。
それから更に文字通り身を削り、心を削り、数年後、――ついに絶好のチャンスが巡ってきた。
女が飼っていた弟子たちと分断させ、罠を仕掛けた廃工場に誘い込み、徹底的に弱らせた。
だが肉体の最盛期を超えてなお、女は強かった。
二重三重に張った罠を見切り、こちらの予測を超えて迫ってきた。
こちらの銃弾が相手の足にあたったのは、正直運が良かったに過ぎない。
赤錆の浮いた、鉄柱に背を預けた女の前に姿を表し、銃口を突きつける。
女の足からは大量の血が流れ出している。
動脈に当たったのだろう。どう見てももう助からない。
だというのに女の前にわざわざ姿を表したのは、自分の手で決着を付けないと気が済まなかったからだろう。
そして、即座に引き金を引いた。
言い訳も何も聞く気はなかったから、顔を見合わせた直後に撃った。
だから長年追いかけていた両親の仇とは、生涯一度たりとも言葉を交わすことがなかった。
死ぬ直前の絶望する表情、それだけで十分だと思ったからだ。
だが、最後の瞬間、女は確かに。
「ーー何で、笑っていた」
それだけがわからない。
満面の笑みを浮かべたまま、女は死んだ。
私の心にわだかまりを残したまま、手の届かないところまで旅立っていった。
そしてその場に残されたのは、すべてを失った空っぽな自分が一人。
そのままどれだけの時間呆けていただろう。
自分の意識を引き戻したのは、背後で撃鉄を引き起こす音だった。
とっさに振り返った自分の目に飛び込んできたのは、一人の少女だった。
年の頃は十代後半。顔は資料で見たことがある。
確か、あの女が飼っていた弟子の一人だ。
「師匠を……よくも……!」
その目に浮かぶのは、まっすぐな憎しみ。
どうやら身内には良い師匠だったらしい。
しかしその目には見覚えがあった。
そう、初めて会うはずなのにその目つきには見覚えがあった。
『――そりゃあ毎日見ていたんじゃないのかい? 鏡とかで、さ』
耳元で聞いたことのない女の声が聞こえる。
それが今しがた自分が殺した女の声だと、何故だか理解できてしまった。
『撃たれる瞬間になんで笑っていたかだって?
そりゃあね、後継者が現れて、単純に嬉しかったからだよ』
幻聴は止まらない。
意識から締め出そうとしても、内部から響く声には耳をふさげない。
『アンタはアタシを殺すために、アタシを調べ、その技術を吸収してくれた。
アタシ自身が手づから育てた弟子たちよりも、よほど立派にね』
こんなものは妄想が聞こえさせる幻聴だ。
だというのに、その声を否定する言葉が、どうしても出てこない。
『まあ、そりゃあそうだよね。
弟子どもはアタシを真似るばかりだった。
でもアンタはアタシを超えなくちゃならなかった。だから吸収した上で、その先に行こうとしたんだ。
単純な話さ。だけどアタシもその事に気づいたのはつい最近だったけどねぇ』
幻がキシシ、と耳障りな笑い声を立てる。
それがあまりにも不快で、否定するように心のなかで叫び声を上げる。
ふざけるな。お前は両親の仇なだけで、それ以上でもそれ以下でもない、と。
『ああ、それも間違いない。だけど……それだけかい?
アタシの技術を知るうちに、”それ"に心惹かれた瞬間が一瞬でもなかったと言えるのかい?』
その言葉に愕然とする。
そうだ、女のことは憎い。それは確かなことだ。
だが、女の緻密かつ柔軟性に富んだ計画を知ったときの、銃の狙いを定める時の靭やかな動きを見た時の、研鑽された果てに辿り着いた技術(アーツ)に対して、私が抱いた感情は――。
『なあ、そこで一つ提案なんだが……アンタもどうだい?
幻が囁いてくる。
だがその声は、いつしか自分の声と重なって、境界線が曖昧なものになっていた。
『目の前の子は
煮るなり焼くなり好きにするといいさね』
少女が持つ銃口は照準がずれている。
体を半軸ずらすだけで当たることはないだろう。
一方で手元の銃にはまだ銃弾が残っている。反撃で殺すのは容易だ。だが――
目の前の少女の顔に怪訝なものが交じる。
ああ、きっと
だって、今、自分が浮かべている表情は、きっと――。
技術(アーツ)が止まらない ウッカリデス @ukkaridess
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