第8話 秘密

通話を切り小走りで近づいてくる。

少し息を上げているが深呼吸をして落ち着かせる姿はうむ。素晴らしい。


「おはようございます!」

「あ、おはよう」


クールな見た目とは裏腹に意外にも気さくな雰囲気で、あの日はまじまじと見れなかったが今日改めてみると本当に美人だ。

スタイルも申し分ない、それどころか男の理想を詰め込んだような子だ。

出るとこも出……これはやめておこう。


こんな子と知り合えたのだ。あの日外に出て正解だった。


「お散歩、私もご一緒していいですか?」


もちろんだとも!!心の声はそっとしまって


「じゃ、そこら辺歩きましょうか。暇だし」と大人ぶって見せる。


他愛もない会話。なぜだか自然と息が合う。特に困ることもなく淡々と言葉が出てくる。


「あ、そういえば東山さんておいくつなんですか?」

「あー、今年で24になります」

「あ、やっぱり。なんかお兄さんみたいで話しやすいです。ちなみに私20はたちなりたてです!」

「なりたて?」


「実は…あの日誕生日だったんです」

と苦笑いを見せる彼女。


「え!そうだったの?とんでもない誕生日になっちゃったね。家帰ってから大丈夫だった?親御さんとか」


何気ない質問に言葉を詰まらせる彼女。


「…あ、はい。いなかったので」


その言葉だけで十分だった。大抵の相手なら話してるだけで感情が読み取れる。

特に顔色を伺って生きてきた俺の数少ない人生経験のスキルだ。

人には触れられたくないこともある。特に家庭環境なんてものは千差万別。深く触れることじゃない。


「じゃ、忘れられない誕生日になったね」

「そうですね、はははっ。それに…東山さんにも会えたし」


ドキッ


焦るな焦るな。ただの社交辞令だ。


「あ、なんか食べる?朝歩くと体活性化されて腹減る」

「…。そうですね!お腹空きました」


ニコッと笑った彼女。


「どっか適当に入ろっか。嫌いなものない?」

「好き嫌いはしない主義です!って、食べるの好きなだけですけど」

「それにしてはモデルみたいなスタイルだけど?」

「そ、そんなことないです!ここら辺とかほんともう…」

ぷにぷにと二の腕を摘まんで見せる。


「あー、はいはい。痩せてる子に限ってそういうこと言う言う」

少し意地悪な言い方をした。

案の定ムスッとした表情の彼女。

期待通りの表情に思わずクスッと笑った。


「なんで笑うんですか!」

「いやいや、西条さんって意外と単純なのかなって」

「た、単純って酷くないですか?」

「悪い意味じゃなくて、いい意味で!」

「いい意味の単純って…なんだろう」

「なんだろね?」

「もう!」


話せば話すほど声のキーが上がっているように感じるが俺との会話が楽しいのだろうか?

もしかしてこの子、俺のこと……なんてラブコメ主人公みたいな感情を調子に乗って起こせば地獄を見るケースが数多存在しているのを知っている。


「いらっしゃいませ!!何名様でしょうか?」


「二人です」と2本指を立て席に案内される。


言ってもまだ朝の8時すぎ。こんな時間にやってるのはファミレスくらいしかなかった。

だが、モーニングセット(目玉焼きハンバーグ+サラダ+スープ+ライスorパン+ドリンクバー)600円は破格だった。


腹も満たされ会計へ行く。

財布を取り出す彼女に


「あ、いいよ。このくらいご馳走する」


少し驚いたが彼女は

「いや、大丈夫です!自分が食べたものくらい払います!!」

「え、でも。そうだな、誕生日!こんな安上がりで申し訳ないけど」

とだいぶ無理がある理由を放った後に


「あと…ちょっとばかり格好つけたい、年上だし?」

とこれが隠していた本心だと照れながら笑う俺を見て


「ふふふっ。…では、お言葉に甘えます。ご馳走さまです!」

と口元を両手で覆い笑顔で深く頭を下げる彼女。

人間なんてこんなもんだ。ましてや男なんて生き物は、女性の屈託のない笑顔を見るとこんなことでも素晴らしいことをしたと勘違いする。まるで募金箱に1円玉を数枚入れた程度のことだとしても。


店を出て街と街を遮る川の側を歩いていた。

風になびく髪を少し抑えつつ耳にかける姿を後ろから見ていた。川を見つめながら歩いている彼女はとても眩しく見える。親御さんもさぞ自慢の娘なんだろう。と親になったこともない俺でもそう思えるほど彼女は出来すぎているように感じた。

ふと振り返る彼女。


「東山さんは今お仕事何されてるんですか?」


「…」

正直一番触れられたくない質問だった。

ここまで会話でこの質問が出てないだけ不思議だったが安心していた。

それ故にいざ聞かれると言葉が出ない。


「え、あの」

「…フリー」

「フリー?…ランス?ター?」

「ター」

「そうなんですか。またどうして?」

「…大学んときいろいろあってさ。それからなんとなくやる気出なくて。24にもなってみっともないよな」

顔を背けるように言う俺。目は自然と彼女から離れていく。


「そうですね。って言った方がいいですか?」

「ん。いっそ罵られたほうが気が晴れそうだけど…」

「私、フリーターが悪いとは思いません。現に私もフリーターです!何にも縛られず自由に生きていけるって素晴らしいことだと思いませんか?」

「まぁ…」


励ましてくれてるのだろうか。

気を遣って言ってるようには感じない。なんとなく本心なんだろうと思った。


笑みを少し見せた彼女はまた前を向いた。

その後会話はなく、ただひたすらに歩いているだけ。空を見上げてみると鳥も気持ち良さそうに空を旋回している。


「西条さんは将来の夢とかあるの?」


唐突な質問。

決して話題がなく無理矢理に会話をする気で放ったわけではない。彼女の言動がその質問を引きずりだした。

そう。彼女にすごく興味が湧いた。


「私は…。私に将来の夢なんて語る資格ない…ですね」

「え?なんで?」


黙る彼女。


風が強く吹き付ける。

その風を嫌がるように顔を伏せる俺。顔を上げると彼女も同じように伏せていた。

少し間を空けて彼女も顔を上げた。それと同時にとんでもないことを口にした。




「私、母親を殺したんです」




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愛の在り処、罪の在り方 航海計 @nyan-koyomi

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