お姉様って呼ばれたい!

黒うさぎ

お姉様って呼ばれたい!

 私立百合ヶ崎女子学園。

 この学校には一風変わった風習があった。

 それは敬愛する相手を「お姉様」と呼ぶというものだ。


 敬愛の対象に年齢の壁はない。

 自分が認めた相手なら同級生だろうが年下だろうが「お姉様」と呼ぶ。

 それがこの学園である。


 ◇


(お姉様って呼ばれたい!)


 その望みこそ、美春がこの学園に入学した理由の全てだった。


 美春は自身の幼い容姿がコンプレックスだった。

 幼い頃は皆に可愛がられ、嬉しく思ったものだ。

 しかし、年齢が上がるにつれ同級生からも可愛がられるようになり、中学に上がった頃には後輩から頭を撫でられるという屈辱も味わうようになった。


 皆から向けられる好意はありがたいと思う。

 しかし、だからこそ美春は誰かに慕われるということに飢えていた。


 そんなある日、この学園にある風習を聞き、一縷の希望を見出だした。


(この学園なら皆に慕ってもらえるかもしれない)


 こうして美春は私立百合ヶ崎女子学園に入学することとなった。


 ◇


「おはよう、麗華」


「おはようございます、美春さん」


 登校した美春は後ろの席の麗華に挨拶した。

 彼女とは入学してから知り合った仲である。


 柔らかな物腰の麗華は入学間もない現状、美春にとって唯一の友人だ。


 そして、美春にとって大切な第一妹候補でもあった。


(学徒総お姉様って呼ばせちゃうぞ!計画の達成のために、今日こそ麗華にお姉様って呼ばせてみせるんだから!)


 フンスと気合いをいれる。


 今日は一時間目から中距離走の授業がある。

 そこで麗華にお姉様力をみせつけてやるのだ。


 美春は運動神経が良かった。

 さすがに陸上部には劣るが、並みの運動部員に引けを取らないだけの自信があった。


 麗華は美春と同じく手芸部に所属している。

 そんな彼女に勝つことは容易いだろう。


 しかし、ただ運動神経の良さを見せつけることが目的ではない。

 本命はそのあとである。


 遅れてゴールした麗華に柔らかなタオルを手渡しながら、「お疲れ様。よく頑張ったわね」と優しく微笑み、迎え入れてあげるのだ。

 この溢れ出るお姉様力を前にしたら、思わず麗華も「美春お姉様……」と呼んでしまうに違いない。


 穏やかに微笑む友人を前に、美春はほくそ笑んだ。


 ◇


「よーい、スタート!」


 教師の声に合わせて、一斉に走り始める生徒たち。

 つい周りのペースに流されてしまいそうになるが、美春は淡々と己のリズムで足を動かした。


 数分が経過し、ゴールを駆け抜けた美春はしかしながら、足を止めることはなかった。

 麗華がゴールする前に、麗華用のタオルを取りにいかなければならないからだ。


 疲れた足に鞭を打ち、歩を進める。

 だが、疲労から思わず足をもつれさせてしまった。


「うわっ」


 前のめりになる体は、しかし地面に転がることはなかった。


「大丈夫ですか、美春さん?」


 頭一つ分違う身長差のせいで胸に埋めてしまった顔を上げると、そこには心配そうに見つめる麗華の顔があった。


「……麗華、もうゴールしてたんだ」


「ええ、少し前に。

 美春さんもお疲れ様です。

 手芸部員なのに、よく頑張りましたね」


 温かな笑みを浮かべながら、柔らかいタオルで額の汗をそっと拭われる。


「……お姉様」


「美春さん、何か言いましたか?」


「……はっ!

 べ、別になんでもないわ!」


(危ない……。

 思わず麗華のことをお姉様と呼んでしまったわ)


 今回は失敗してしまったが、次こそは。


 美春の学徒総お姉様って呼ばせちゃうぞ!計画はまだまだ始まったばかり。

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