もう心霊スポットなんて行きたくない

時雨澪

もう心霊スポットなんて行きたくない

「リクだけなにそんなところでボーッとしてるの?」

 ずっと座り込んでいるのを心配したのか、一緒に遊びに来た友達のミカがやってきた。白いワンピースのような水着に、大きな麦わら帽子を風で飛ばされないように押さえるその姿はどこかのお嬢様のようだ。それに対し、僕は黒い半ズボンの水着に白いラッシュガードと、ミカに比べるとなんだか見劣りしてしまう。

「元気ないの?せっかくみんなで遊びに来たのに。」

 友達同士で海に来て遊んでいたが、自分は先に体力が無くなってバテてしまったのだ。

「完全にバテたね、みんな元気すぎるよ。どこからその体力が湧いてくるんだろうね。」

「リクは単に運動不足よ。ほら、水分補給くらい自分でしてよ?」

 ミカは水の入ったペットボトルを僕の頬にくっつけた。ひんやりと冷たい。

「ん?あ、ありがとう。」

 僕は水を一口飲んだ。冷たさが体の隅々に行き渡り、少し思考も冴えた気がする。

「ミカはどうしたの?まさか一人で涼んでるところにただ茶々を入れに来たわけじゃないでしょ?」

 ミカはそういう意地悪な性格じゃない

「ちょっと私が気になる所が……。」

「ミカの気になる所?」

 僕が聞くと、ミカはカバンからスマホを取り出して、あるページを見せてきた。全体的に黒く、なにか怪しい感じがするページだ。

「2020年のオススメ心霊スポット……?」

 書いてある事がイマイチよくわからない。

「そう、このページにここの近くの井戸が載ってたの。」

 僕には井戸より、年によってオススメ心霊スポットが変わるとか、そもそも心霊スポットにオススメがあるのかと、気になることは沢山あったが飲み込んだ。気にしてたら進まない。それで何の話……井戸?

「あー、その井戸に行きたいけど、独りは怖いからついてこいって?。」

「いや?べ、別に怖いってわけじゃないよ?ただ、リクも連れて行きたいなーって……。」

 怖いという単語でミカのからだがピクっと反応した、これ明らかに怖がってるじゃん。からかってみようかな。

「ミカが怖くないなら僕は遠慮しておくよ。まだしんどいし。1人で行ってきなよ、感想待ってるね。」

「あー待って!怖い!冗談抜きで心霊スポット本当に怖いから!お願い!ついてきて!」

 手のひら返しが速い。ちょっとかわいそうだ。まず怖いなら行かなければいいのに。

「しょうがない、僕も怖いのは嫌だけど、ついていくよ。」

 ここで拒否しても、いいよと言うまで食い下がられそうだった。

「やったー!じゃあ早速行こっ!」

「え?僕はいいけど、ミカは水着のままでいいの?」

「別に人も居ないし私は恥ずかしくはないよ。まだ海にも入ってないから冷えることもないしね。」

 ……海にも入らずビーチボールだけであんなに楽しめるのか。すごい体力だな。


 2人は、堤防のすぐ側の道を歩いていた。海がキラキラと輝いている。この道はカーブが多く、道沿いにいろいろな店が構えている。寂れて今はしまっているが。

「近くとは言ってたけど実際どこにあるの?」

 あまり歩いてないが、近くならそろそろ出てきてもいい頃だ。

「もうすぐそこだよ、ほら、あそこ。」

 ミカが指さす先には、2つの建物に挟まれた路地があった。ここからでは先が見えないが、薄暗さと不気味さはここからでも感じ取れた。

「なんか、もう近寄りづらい雰囲気が出てるな。」

「そうね、でもここまで来たんだから入っちゃおうよ。」

 帰りたかったが、どうせ帰ろうとしても引き留められるので、仕方なく一緒に入る事にした。

 路地に入ると、今が夏かと思わせるほどひんやりしていた。

「みて、あれ。」

 ミカが指さす先にポツンと井戸らしきものがあった。

 石を積み上げ丸く囲った枠だけを明滅する照明1本だけが照らしていた。奥に道は無く、ここが行き止まりみたいだ。

「なんだか本当に不気味だね」

 ミカは体を縮こまらせていた。

「そうだな。ここには……井戸しかないのか。」

 僕はそう言いながら井戸に近づき、中を覗き込んだ。街灯の意味はなく、中の様子は分からなかった 。

「なんだ、何も無いじゃん。」

 リクがそう言って井戸に手をかけた瞬間、


 カチッ……


 どこかで音がした。

「なぁミカ、今どこかで音が鳴らなかったか?」

 ミカの方を振り向き驚いた。ミカの顔は青ざめ、足がガクガクと震えていたのだ。

「どうした?!体調でも崩したか?!」

「違うの、井戸が……井戸が光ってるの……!」

 僕が気づいた時にはもう遅かった。

 2人の周りを青白い光が包んでいた。もう逃げられない。

 光が視界を全て包み込み、何も見えなくなる。僕は何かに吸い込まれるように感じたが、すぐに気を失った。



 気がつくと、僕は井戸に続く路地の前の、大きな道路に倒れていた。夏の日差しが僕を容赦なく焼いて、黒いアスファルトの照り返しも合わさってとても暑かった。

 とりあえず今この状況を確認しないと。体を起こすと、隣にミカが倒れていた。

「おいミカ!大丈夫か?!」

 リクが体を揺さぶると、ミカは少しうめいたあと、目を覚ました。

「大丈夫かミカ?」

「うーん、大丈夫だよ。それより、私たちどうなったの?」

「わからない、気づいたら井戸に続く道の前で何故か2人で倒れてたんだ。」

 ミカは不安そうな顔をしていた。

「そんな顔するなよミカ。何もなかったから良かったじゃん。さっきの事は忘れててはやくみんなが居るところに帰ろ?それ1番いいでしょ?」

「そうだね……。」

 ミカがよろよろと立ち上がり、歩きだそうとした時、突然強い風が吹いた。

「あ!私の帽子!」

 ミカの帽子が風に吹き飛ばされ飛んでいった。

 リクはその帽子を目で追った時に、ふと見てしまったカーブミラーに映された物に驚いた。

「……ミカ、ちょっとこっち来て!」

 リクは小声でミカを呼ぶと、ミカの腕を引っ張って近くの自販機の裏に隠れた。

「ちょっとリク、そんなに慌ててどうしたの?」

「カーブミラーに僕達と全く同じ姿の歩いている2人組が映ってた。」

「それって見えたのは私たちのじゃないの。」

「僕達は止まってたのに、鏡の中では歩いているなんておかしいでしょ。」

 その時、近くから


『キャーッ!』


 悲鳴が聞こえた。


「おい、今のは。」

「私の悲鳴……?」


『飛んできた帽子が消えた?!』


「今度はリクの声だわ。」

「一体何が起こってるんだよ。」

 まさかさっきの光に包まれた後にこんな奇怪な現象に襲われるなんて。


『近くとは言ってたけど実際どこにあるの?』

『もうすぐそこだよ、ほら、あそこ。』


 あれ、この言葉……聞き覚えがある。

「ねぇ、リク。さっき聞こえた言葉、井戸に来る前に私が言った言葉じゃない?」

「確かに言った気がする。」

 ここでリクに1つの仮説が浮かんだ。

「なぁミカ、少しバカらしい話するけどちょっと聞いてくれる?」

「うん。」

 ミカはリクの目を真っ直ぐ見つめていた。

「多分、あのそっくりさんは過去の僕達だ。」

「なんで過去の私達がこんな所にいるの?」

「過去の僕達が現れたんじゃなくて、僕達が過去に来たんだ。ミカの飛んで行った帽子が消えたのもそれが原因だと思う。」

「それはあの井戸のせい?」

「多分ね。」

 この話をしながらも過去の僕達は徐々に井戸に近づいていく。

「そして、ここからは賭けになるんだけどいい?」

「いいよ。」

「もしもあの2人が過去の僕達だとしたら、2人が井戸に行かないようにすれば、過去が変わって僕達は戻れるんじゃないかなって思ってる。」

「じゃあ今から過去の私達と話したら解決するじゃない!私行ってくる!」

 ミカはそう言って立ち上がので、すかさず腕を掴んだ。

「ちょっと!なんで止めるのよ!」

「さっき飛ばされた帽子のことは覚えてる?過去の僕達の前で消えたんだよ?もしかしたら同じようにミカも消えるかもしれないよ。」

 ミカの顔が青ざめた。

「僕が思うに、全く同じ存在が2つあるなんて普通に考えておかしいでしょ。だから片方が消えるんだと思う。元々居た方じゃなくて、別の時間から来た僕達の方が消えるのは別におかしい話じゃない。作り話なら良くあることだよ。」

「じゃあ姿を見せずに過去の私達をここから動かさないといけないって事?どうすれば良いのよ……。」

 ミカは恐怖や絶望からか両膝をついて空を見上げていた。

 何とかしないと。リクはミカから貰ったペットボトルの水を全部飲み干した。

 そこで気づいた。

 僕達は心霊スポットには来たものの、本当は怖いのが苦手で、過去の僕達は目の前でミカの帽子が消えるという恐怖体験をしている。

 ここでもう一押しすれば必ず井戸には行かないだろう。何故確信が持てるのかって?あれは時間軸が違うだけで僕達ということに変わりないからね。

「ミカ、ちょっとそこから動かないでね。」

 リクはそう言うと、持っていたペットボトルを大きく蹴りあげた。

 ペットボトルはリク達が隠れている自販機の上を通り、過去のリク達の目の前に落ち、消えた。


『キャー!』


 過去のミカの悲鳴が聞こえる。

 そこに畳み掛ける様にリクは叫んだ。とびきり低く声を変えて、できるだけ怖いイメージを与えるように。


「立ち去れ!ここから先へ進んではならぬ!取り返しのつかない事になるぞ!」


『うわぁ!すみませんでした!』


 向こうから過去のリクの怯えて震えた声が聞こえ、そのあと走り去る足音が聞こえた。


「私達、戻れるのかな。」

「大丈夫だよ。きっと。」


 そう言う2人を青白い光が包んでいた。

 2人の意識は吸い込まれていった


「それにしてもペットボトルのコントロール凄かったね。サッカーでオリンピック狙えるんじゃない?1年延期になったし、今なら間に合いそうだよ?」

「あんなのまぐれだよ。なんでできたか僕にもよく分からないし。」

「でもあの時のリクはかっこよかったよ。」

「ちょっ?!からかうなよ!」

「あはは!」

 無事に戻ってこれた2人は、木陰で休みながら話をしていた。他の友達はみんな海で遊んでいるが、そこに混ざれる元気は無かった。

 最後に思うこととしては1つ、もう心霊スポットなんて行きたくない。

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