13:入学試験 -《氷雪華》
「魔術学院の入学試験を受験される皆さんは受験票を用意してからこちらへどうぞ! ああ、ちょっと、敷地に入る前に受験票を用意して!」
ゼファーたち四人がマギウス魔術学院の正門付近へたどり着くと、正門外にわらわらと集まっている受験生たちの姿と、彼らを受験場へと案内する役目を仰せつかったのであろう若い女性の姿が目に入った。百は超えているであろう受験生を前に声を張り上げる彼女は魔術学院の教師なのだろうか。その表情には早くも疲れの色が見えている。
ゼファーたち四人は、少しでも彼女の負担を減らすべくその言葉に従って受験票を手にした。ゼファーとアリステラ、リタの帝都組三人の受験票の色は赤く、対してバッシュの受験票は白色だ。「この差はなんだろね」とアリステラが呟くと、その答えはすぐに四人の耳に届いた。
「受験票の色に応じて試験会場が異なりますから! ちゃんと移動してくださいね! 対象外の会場に行っても試験は受けられずに失格ですよ!」
案内人の言葉を聞いて、四人はなるほどと納得した。とすると、帝都組はまとめて同じ会場での受験だが、バッシュだけは会場がわかれることになる。
ゼファーがバッシュに視線を向けると、それに気づいたバッシュはニヤリと笑った。
「くくく、お前らにオレの秘密兵器をお見せ出来ないのが残念だぜ……」
「不合格になったら秘策を教えてもらえないからな。ちゃんと合格してくれよ」
「あたぼうよ! ってか、ゼファー、それにアリスちゃんとリタちゃんも、絶対合格してくれよ?」
「ふふ。次はこの学内でお会いできることを楽しみにしていますね」
「うー、わたしは自信がないけど……いやでも、わたしにも秘策があるから!」
だから頑張るよ、と拳を胸の前で握ってみせたアリステラの姿を見て、ゼファーとリタは二人顔を見合わせた。
魔力を込めた短剣には気づいていないだろうが、アリステラはどうやら自分で何かを準備していたらしい。やはり、アリステラはこの入学試験に本気で挑もうとしているのだ。自分たちの行いが彼女を侮辱するものにならないだろうかと、ゼファーはその時初めて心配になった。
「ほう、アリスちゃんの秘策か。そりゃ、オレも間違いなく入学して聞かせてもらわにゃな」
「うん、バッシュくんきっとたまげるよ。これがうまくいったらね」
「ほう。お互い頑張ろうぜ」
アリステラとバッシュが武芸者同士健闘を称えあったのち、四人は魔術学院の正門をくぐる。赤色の受験票を持つ受験生は『白の魔術修練場』、白色の受験票を持つ受験生は『剣術修練場』に向かうようにと書かれた看板に従って、ゼファーたちはバッシュと別れて白の魔術修練場へと足を進めた。
気の利くことに敷地には学内の主要な建物を示す標識が立っているので、道を迷う心配はない。加えて、上級生と思しき少年少女たちも敷地内の道沿いに立って、「赤色の受験生はこっちの道だよ」と教えてくれていた。
標識と上級生たちの案内に従い五分ほど歩くと、ゼファーたちの視界に白い外壁を持つ四角い建物が飛び込んできた。
五階建てくらいの建物で、外から見る限りかなり大きく、内部の広さも結構なものであることが想像される。魔術修練場の名が示すとおり、魔術学院の生徒たちが魔術の実践教育を行うための場所なのだろう。
「やあ、受験生のみんなだね? 入学試験、頑張って」
複数ある扉のそれぞれに魔術学院の生徒が立っており、受験票を見せると笑顔を見せながら中に招き入れてくれた。自分たちの後輩になるかもしれない受験生たちを見て、先輩としての自覚をより深めているのかもしれない。
ゼファーとリタは先輩からの激励にも至って普通に答えたが、アリステラは「ありがとうごじゃいまひゅ!」とがちがちに噛んでいた。試験会場に入場する段になって、いよいよ緊張がピークに達したらしい。
「アリステラ様、大丈夫ですよ。失敗しても死ぬわけではありません」
「心が死ぬ……!」
ごもっとも。隣で何やら言い合う二人の会話に内心相槌を打ちつつ、ゼファーは足を踏み入れた白の魔術修練場内部に視線を巡らせていた。
天井ははるか遠く、白い壁が見える。横幅も相当に広く、ヴェルメア宮城のダンスホール以上の広さがあった。
受験生を場所分けしなくとも、全員収まりきってしまいそうな広さだ。
そんなだだっ広い修練場には、だいたい二十人ほどの先客がいた。全員ゼファーたちと同じ魔術学院の受験生であり、その中にはマギウスに来た当日に魔術学院正門の前で見かけた金髪の少女や茶髪の少年の姿もある。
周りの受験生と話したり、一人で瞑想していたり、皆思い思いに入学試験の始まりを待っていた。
(あの女子は帝国、あの男子はマギウスだな、あの子は……プリシス領出身だろうか?)
いつもの癖で、そのほかの受験生たちの出身地を推測して始めるゼファー。
およそ半分の受験生たちの出身地をまとめ始めたところで、受験生たち皆の前に一人の女性が現れた。ざわついていた修練場が水を打ったように静まり返ったところで、ゼファーもようやくいつもの趣味から意識を離す。
「やあ、諸君。いよいよ入学試験の始まりだよ」
おお、と男子の間延びした声がどこからか漏れた。無理もない、目の前に現れた女性は非常に美しい容姿と優れたプロポーションの持ち主だったからだ。
紫の長髪を肩越しにまで流したその女性。釣り目がちで気の強さを感じさせる彼女は、右目に
鼻の下こそ伸ばさなかったにせよ、ゼファーもさすがに少しだけ視線を固定させられてしまった。アリステラとリタにバレてないことを願ったが、二人がそれなりに冷たい目でこちらを見ていたのでバレていたらしい。
「私はこのマギウス魔術学院の講師、ダリアだ。本日は君たちの試験官としてお相手させてもらうよ」
「え……。ダリア……だって……?」
自らの名を名乗った試験官。ゼファーはその名を聞いて、一瞬でも彼女に見惚れた自分を猛烈に恥じた。それはもう、めちゃくちゃに恥じた。いっそ穴の中に潜っていたい。そんなレベルで自己嫌悪した。
急に頭を抱え始めたゼファーを見てアリステラとリタがなにか可哀想なものを見るような目で見てきたが、全くそんなことすら気にならなかった。むしろダリアに目を取られた自分が嫌だった。誰か俺をぶん殴ってくれ。
ゼファーは、ダリアという講師を知っていた。それはもうよく知っていた。
そう、彼――ダリウスが変化魔術の達人であることを、だ。
「さて。君たちもご存じの通り、マギウスの入学試験はいたってシンプルだ。君たちの得意魔術を私に見せてもらい、私の琴線にふれるものがあれば合格。簡単だね。もちろん他にもいろいろ勘案はさせてもらうけど、一番大きいポイントはそこだ」
自分の美貌が変化魔術であるということはおくびにも出さず、ダリアが淡々と入学試験の説明を行う。
「まあ、とは言っても、そんなに難しい魔術を使おうとしなくてもいい。私がポイントとするのは君たちと、君たちが行使しようとする魔術との調和だからね。初球魔術の
受験生の得意魔術を確認し、入学試験とする。マギウス魔術学院の伝統入試のポイントを語り、ダリアは次のように締めくくった。
「君たちがその人生で磨き上げてきた魔術、ぜひ私に見せてほしい。では試験開始だ」
最後にそのまがい物の美しい笑顔で性別問わず受験生の心を撃ち抜いたダリアが、一番最初に試験を受ける者の名を呼ぶ。なお、その頃にはさすがにゼファーも平静を取り戻していた。
「――リタ=フロストルム。前へ」
試験官とギャラリーの前での魔術披露。頭ではわかっていても、さすがに先駆けとなると緊張が先に立って上手い具合に魔術を行使できないかもしれない。そんな不安を抱えている受験生が大半だったのだろう。リタの名が呼ばれると、胸を撫で下ろすような顔を見せた者が多かった。
「あら、私ですか。まさか一番とは」
「リタなら大丈夫、ガツンとかましてきて!」
一方、最初の受験生として名前を呼ばれたリタは泰然としていた。あ、自分なんですねくらいの雰囲気でダリアの元へと足を進めようとする。
彼女の隣にいるアリステラが自信満々のサムズアップを見せると、リタは少し口元を緩めて「お任せあれ」と答えた。
リタが横を通り過ぎる際、ゼファーも彼女に激励の言葉を贈る。
「期待してるよ、リタ」
「《
そんなことを
「ヴェルメア帝国出身、リタ=フロストルムと申します。どうぞお手柔らかに、試験官様」
優雅に一礼してみせたリタの如才ない動作に、ギャラリーたちがわずかにどよめく。良いところの子女なのではないかと囁きあう声が聞こえ、リタではなくアリステラが「わたしの侍女だもんね」と得意げに胸を張った。
「よし、間違いはなさそうだね。それではミス・フロストルム、君の得意魔術を見せてくれたまえ」
「承知いたしました」
リタはダリアからわずかに距離を取り、華麗な動作で再度一礼してみせる。淀みのない動きにギャラリーの皆の注目が集まるが、一挙に視線を集めても、リタは表情を一つも変えない。
今日次に笑うのは、ゼファーさんとアリステラさん、そしてバッシュさんとともに魔術学院に入学できたときにいたしましょう。
そんなことを心の中で決めながら、リタは右手と左手を重ね、その胸に軽く押しあてた。
「これよりお見せいたしますのは、偉大なるヴェルメア帝国が北方、肥沃なる中原に領地を賜りし我が生家、フロストルム相伝の氷雪魔術――」
重ねた両手に魔力を整えつつ、リタはより集中するために瞳を閉じる。
悲嘆に暮れていた幼い頃の私を救ってくれたアリステラ様のために。
そして、これからともに歩むゼファーさんのために。
――私はこの魔術を、あなた方のためにお見せいたします。
「舞い踊れ」
魔力を完全に整え終えた両手を、ゆっくりと眼前に差し出す。リタの掌の上には、小さい氷でできた、花の種が浮かんでいた。
ゼファーとアリステラが自分に向ける期待の視線を感じ、リタは見ててください、と心のうちに呟く。これはかつての私なのです。
リタが差し出した掌から氷の種がするりと宙に滑り落ちると、一つ所に留まった氷の種が徐々にその形を変えていく。
種から芽。これは親しい者を失った私が、アリステラ様に出会ったとき。
芽から蕾。これはアリステラ様のもとで、侍女として忙しなく生きているとき。
形を変えるたびに大きくなる氷を見て、ギャラリーが息を呑んだ。
続いて、リタが優しくその両手を開く。
「純なる白き、零下の華よ」
リタの口から洩れた呪文に呼応するように、蕾がゆっくりと脈動する。いまにも割れ、壊れてしまいそうな蕾を見たギャラリーが小さく声を漏らすのさえ耳に入った。
我が身に溜めたこの力。早く解き放ってくれ。そう言わんばかりに力強く鼓動する氷の蕾に向かって、リタが最後のピースを嵌めるため、その小さく美しい声を転がす。そして次は……ゼファーさんと出会ったとき。
「咲き誇れ――《
リタの詠唱が完了したと同時、氷の蕾が花開く。
溜めに溜めたそのエネルギーを解き放つかのように、力強く、何弁もの氷の花びらを重ね開いてゆく。蕾よりもさらに一回り大きく。その美しさを、皆に知らしめるように。
それはまるで、険しい土地に根付き、厳しい冬を乗り越えながら、春の訪れとともに自らの生を誇るがごとく咲き誇る、名もなき花のようだ。
見る者に勇気を与える、氷の華。力強く、誇り高く、咲き誇ってみせる氷の華。フロストルム相伝の氷雪魔術が、皆の心を打つ。
やがて氷の華が満開に咲き誇ると、固唾を呑んで見守っていたギャラリーが、リタに対して割れるような拍手を送った。
たとえ同じ受験生として、少ない椅子を奪い合うライバルだったとしても、いま眼前の少女が見せた氷雪魔術は、称賛に値する美しいものだった。それがわからない者たちではないのだ。
「……ありがとうございます」
ギャラリーに丁寧に一礼し、リタはダリアへ視線を返す。いまだ咲き誇る《氷雪華》をじっと見つめるダリアが、ややあってからその相好を崩した。
「まさか先駆けの君にこんな魔術を見せて貰えるとはな。フロストルム家相伝の氷雪魔術、《氷雪華》か……いやはや、これは素晴らしい。ミス・フロストルム、戻ってよろしい。すでに送られてはいるが、皆、彼女に惜しみない拍手を」
ダリアの評に頭を下げ、リタは再びギャラリーに頭を下げた。
よかった。《氷雪華》は試験官の眼鏡にも適ったのだ。
自らが作り上げた氷の華、そして自分に視線を向けるアリステラとゼファーに目をやって、リタは小さく手を振った。
――あなたたちにこの魔術を見せられてよかった。
そんなことを胸中で独り言ちながら、リタは二人の元へ戻っていった。
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