12:脳筋と脳筋
ゼファーたちが魔術都市マギウスに到着して二日。
ゼファーは、ついにマギウス魔術学院の入学試験当日の朝を迎えていた。
「……よし、準備はこんなものだな」
帝都ヴェルマーズの魔法伝書から受け取った受験票を手に呟く。
服は着替え、宿の裏手にある井戸で顔を洗い、朝食も口にした。
普通にやっていれば、ゼファーが入試で滑ることはない。自分自身の進退については全く気にかけてもいなかったが、ゼファーはアリステラが無事に魔術学院の入試を突破できるか、その一点がどうにも心配であった。
すでに入学は確約されているとはいえ、大衆の前で心を傷つけられるようなことがなければいいのだが。
入試までの猶予期間であるこの二日間。特にやることもないのでマギウスの街をぶらついていたゼファーは、リタの鬼指導から逃げ出し街を疾走していたアリステラを目撃していた。大丈夫だろうか。なんか不安になってきた。
「いや、まあ、リタがいれば大丈夫か……」
それに、リタとともに魔力を込めた短剣がある。アリステラが短剣から魔術を放出すれば、すべては杞憂に終わるのだ。気を取り直し、ゼファーは今一度持ち物のチェックをしてから宿の部屋を出た。
「お」
「あ」
部屋を出たところで、隣の部屋を取っていた(ゼファーが取ってあげた)バッシュと鉢合わせる。バッシュはゼファーの姿を確認するとにんまり笑い、その肩を抱いた。先日の食事の際、魔導六煌には触れない形でお互いに様々な話をしたところ、予想以上に話が盛り上がり、二人の仲は急速に進展していたのである。
「よお、ゼファー! いよいよ本番だな、え?」
「ああ、おはようバッシュ。試験の準備はできてるのか?」
「ククク、まあバッチリよ!」
自信ありげに親指を立てて見せたバッシュを見て、ゼファーは静かに感心した。
酒場で夕食をともにした時は魔術を使えないと語っていたが、何か解決策を見つけたのだろうか。この二日ともにバッシュとは一度も顔を合せなかったので、部屋の中で受験勉強に精を出していたのかもしれない。
「オレの秘密兵器をぜひとも教えてやりてえところだが……それはお互い入学してからのお楽しみだぜゼファー」
「バッシュが魔術学院に入学できること、心から祈ってるよ」
「おうおう、自信たっぷりだな。言ってくれるじゃねえかよ、このやろ」
ぐりぐりとバッシュに拳で頭を突かれながら、ゼファーはアリアンロッドのことを思い出していた。そういえばなんとなくバッシュって言動がアリアンロッドに似てるような気がする。だからどうにも好意的になってるのかもしれないな。
そんな自己分析をしながら、バッシュに肩を抱かれつつ階段を下りる。店主が入試頑張ってくださいね、と応援してくれるのに二人そろってサムズアップで答え、二人はマギウスの大通りに出た。
「フー……まあ、とはいえ入学試験っつーのはちっとは緊張するな」
通りを歩き始めてからようやくゼファーの肩を離したバッシュが、顎に手をやりながらそんなことを言った。見た目に反して繊細な台詞を繰り出すものだから、ゼファーは吹き出してしまったが。
「あっ、おいゼファーお前。オレが悩みのひとつもない単純なヤツだと思ったろ?」
「思ってない思ってない」
「笑いながら答えられても信憑性に欠けるぜ。ったく」
バッシュとそんなことを言い合いながら歩いていると、通りに面した高級な宿から出てきた、灼髪と銀髪がとても目立つ少女二人の姿が目に入った。
「おーい、ゼファーくーん!」
歩いてくるゼファーに気が付いたのか、ぶんぶんと大きく手を振る片方の少女は無論、アリステラだ。隣に控えているリタも、実はちょっとだけ手を振っている。
やがてゼファーがアリステラたちに近づくと、彼女たちはゼファーの隣を歩くバッシュを見て少し驚いたような顔をした。一方のバッシュも、二人を見てヒュウ、と口笛を吹く。
「ゼファーさん、もうご友人ができたのですか?」
「へえ……ぜったい腕立つじゃんこの人」
「こりゃえらく別嬪なお嬢様方じゃねえか」
この短い間にさっそく友人を作ったゼファーに驚くリタと、バッシュの腕前を一目で見抜くアリステラ、そして女性陣の美貌を誉めるバッシュ。皆、三者三様の感想を漏らす。全員と知り合いなのは自分だけなので、ゼファーはそれぞれを紹介することにした。
「バッシュ、こちらはヴェルメア帝国第三皇女のアリステラ殿下、そしてその侍女のリタだ。いろいろあって知り合いになった。で、二人とも、こっちはバルザンド闘士領出身のバッシュ。宿が同じだった」
「おいおいおいおいゼファーおい。皇女殿下っつったかおい。お前なんでそんなお方と知り合いなんだよ。ってかやっべぇ、宗主国の皇族様への礼儀作法なんか知らんぜオレは」
「あはは、いいよそんなの。わたし堅苦しいの嫌いなんだよねっ、と!」
似合わぬ畏まった態度を取ろうとするバッシュを笑いながら止めるアリステラ。だが、ふとその視線を鋭くしたと思った瞬間。アリステラは左足を軸にして、右足でバッシュの頭目がけて鋭いハイキックを放っていた。
皇女の急なご乱心にゼファーとリタがともに声を上げるが、バッシュはぴくりとも動かなかった。そんなバッシュの姿を見て、繰り出した蹴りをバッシュの頭に触れるか触れないかギリギリの距離で止めていたアリステラが笑みを漏らす。
「すっごい。受けようとも逃げようともしないなんて。度胸ある」
「アンタからはマジの殺気を感じなかったからな」
「おー、やるぅ。寸止めするって決めてると殺気出ないからなあ……」
足を戻し、ぱちぱちぱち、と拍手で褒めるアリステラ。何やら武芸に秀でた者にしかわからないような会話を交わす二人を見て、ゼファーとリタは目を白黒させることしかできなかった。
アリステラが拍手をやめたのと同時、今度はバッシュが動く。アリステラから少し距離を取り、どこに仕舞っていたのか、指に挟んだナイフをアリステラ目がけて投擲した。対するアリステラは驚いた様子もなく、じっとその動きを見つめている。
多分これは、互いが互いの実力を見計らう儀式のようなものなんだ。ゼファーが呟くと、隣のリタがなるほど、と頷いた。
一方、そんなことをしている間に、アリステラにバッシュの投げたナイフが迫ろうとしていた。しかし彼女は至って冷静に構えたまま、迫りくるナイフの下部を右の拳で打ち上げる。前進中に上方への力を受けたナイフが跳ね上がったところを、アリステラは左手でキャッチした。
「おぉ、あれを止めるかい」
「ちゃんと打ち上げやすいように刃を上にしてくれてたの、気が利くね」
「いやぁ……やるねえ。こりゃ面白ぇ……」
お互いに獰猛な笑みを口元に浮かべながら、アリステラとバッシュは距離を詰める。そして互いに右手を差し出し、力強く握手を交わす。
「まさかマギウスでこんな人に会うなんて。改めまして、わたしはアリステラ=ティスカ=ヴェルメア。いつか本気でやろうよ、バッシュくん」
「ああ、オレも想像してなかったぜ。オレはバッシュ=バロウズ。絶対負けねえからよ、よろしくな、アリスちゃん」
「アリスちゃん? あはは、そんなの初めて呼ばれた」
自分をアリスちゃんと呼んで見せたバッシュに対し、アリステラが心底面白そうに笑った。第三皇女である以上、あだ名で呼ばれることもなかったのだろう。
自分では到底引き出せないアリステラの笑顔だな、と、リタもゼファーも少しだけバッシュの性格を羨ましく思った。
「……では、次は私の番ですね。リタ=フロストルムと申します。アリステラ様のように腕が立つわけではないので、ナイフは投げないでください」
「はっはっは。安心してくれよ。ぜってえ捌ける、と思ったヤツにしかあんな真似しねえからさ」
「お眼鏡にかないまして恐悦至極」
がはははは、と顔を見合わせて笑うバッシュとアリステラ。脳筋同士気が合うのか、なんだかもう仲良くなってしまっているらしい。
「では安心ですね。あ……ちなみに。ゼファーさんとは男女の仲です」
「ええ!? うっそ!? リタいつの間に!?」
「なに!? ゼファーお前も隅に置けねえなぁ、えぇ!?」
言い忘れていました、みたいなノリで放たれたリタのカミングアウトに、脳筋二人が驚愕して目を見開く。どう考えてもリタの冗談だというのに、簡単に騙される二人が少し心配になるゼファーだった。だいたいリタが無言でVサインを繰り出しているぞ。俺じゃなくてリタを見てみろ。
「……それはリタの冗談だ。リタも二人をだますのはやめてやってくれ」
「あら。もうネタばらしですか? つまらないです」
本気でつまらなさそうな声を出すリタの性格が全くつかめない。ゼファーは頭を抱えたくなった。
「えっ、冗談なのかよ」
「あれ、冗談だったの?」
うそでしょ、と言いたげな脳筋二人だったが、嘘だろ、と言い出したいのはゼファーの方だった。百歩譲ってバッシュはまだいいとして、一緒にマギウスまで来たアリステラが騙されるのはどうなんだ。
「うーん。でもさあ、リタってゼファーくんの前だと結構笑顔がふもがががが」
「余計なことはおっしゃらなくて結構ですからねアリステラ様?」
何かを言おうとしたアリステラの口を神速で塞いだリタ。その頬に僅かな朱が差しているのを見て、バッシュがゼファーの肩を小突く。
「おいおいおいゼファーよぉ、あの子、案外まんざらでもないんじゃねえの?」
「……なんのことやら」
バッシュのからかうような視線と発言には完全な無視を決め、ゼファーはわざとらしくせき込んで見せた。
「あー……まあここで皆親交を深めるのも結構なんだが、そろそろ魔術学院に向かった方がいいんじゃないか?」
「あ、そ、それもそうですね。ええ。さあアリステラ様行きますよ」
「すんごい変わり身の早さですわねリタさん……」
ゼファーの言葉にすぐさま乗っかったリタにジト目をくれるアリステラ。そんな様子を見てニヤニヤと笑みを零すバッシュ。その視線に居心地の悪さを感じながら、ゼファーとリタは、脳筋二人を先導するように魔術学院への道を進んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます