09:《飛行魔術》
「二人はいったいどこにいるんだ?」
食事の会計を済ませ、酒場を出たのはいいものの。マールウッドの街中に飛び込んだゼファーは、アリステラとリタの二人を見つけられないままでいた。
二人が見つからないなら聞き込みをしてみるかと思い、町人や兵士に尋ねれば「お前も同じようなことを聞くのかよ」みたいな目で見られたので、彼女たちも聞き込みをしているのは間違いなさそうだ。
そんなこんなでマールウッドの街を彷徨い小一時間。空に上がって街を俯瞰してみようか、とゼファーが思い始めたちょうどその頃、彼の眼前を通り過ぎる人影があった。
「僕は……母さんのために……っ!」
震える声を押し殺し、溢れそうになる涙をぬぐいながら街を走るその少年。
ははあ、親子喧嘩でもしたんだなと、彼の涙の理由を推測したゼファーは、一度彼に目をくれ、そして二度見した。
少年は目元にやった手とは反対の手で、黒い艶を放つ卵を抱えているではないか。間違いない。魔物――ブラッククロウ――の卵である。
「……お、おいおい、彼が原因かよ」
目の前を走り去っていった少年が、魔物の森を荒らした下手人だったのだ。
予想もしていなかった犯人像に驚き意識を取られたゼファーだったが、すぐにこんなところに立ち止まっている場合ではないと思い直す。
「まずい。あの子から早く卵を取り返さないと」
今はまだ、ワーベアもブラッククロウも大人しくしているが、いつその堰が崩壊するかはわからない。それに、魔物の卵を抱えたままわかりやすく街を走っていれば、あの男の子だってただでは済まないはずだ。上空を舞いながら犯人を捜すブラッククロウに見つかってしまったら、あの少年など簡単にそのくちばしで引き裂かれてしまうだろう。
「おっと……もう見失った。子供の足は速いな」
自分にもあんな頃があったっけ、と苦笑しながら、ゼファーは先ほどの少年の特徴を脳裏に思い描いていた。茶髪で、年の頃は八つか九つくらいか。小脇に魔物の卵を抱えていて、サンダルを履いている。
「よし。特徴はこんなところだ。……風よ、迷える旅人に道を示せ」
唱えて、ゼファーが右手を軽く振るう。すると、今まで風の吹いていなかったマールウッドの街にそよ風が吹き始めた。
町人や兵士たちは特に気にする様子でもないが、ゼファーだけは知っている。
この風向きが変わることはない。
風塵魔術の一つ、《
「あ……。これでリタたちを探せばよかったな」
鉄火場から当分離れているためか、便利な魔術を失念していた自分に苦笑しつつ、ゼファーは緩やかな風に身を任せて街を歩いた。
この風に従えば、必ずあの少年の元に辿り着く。
「あの子、街外れに行くつもりだ」
かの少年は大通りに出たかと思えば路地に入ったりを繰り返してはいるものの、一直線に足を進めている。その目的地は、マールウッドの街のはずれにあるらしい。
やがて、少年の足取りを追った先に、ゼファーはある建物の前に辿り着いた。
「教会か」
ゼファーの目の前に聳えるのは、ヴェルメア帝国の国教、そしてオルデラ大陸で最大の信徒数を誇るプレシス教団の教会であった。マールウッドの中心街からはずれ、静かな場所に建造されている。
マールウッド住民の信仰への思いを一手に引き受けているその教会は、十二分な寄進を得ているに違いなかった。灰色の煉瓦を積み重ねられた教会の外壁にはヒビも汚れも一つもなく、その脇の花壇には色とりどりの花が咲き誇っている。生活に余裕のある証拠だ。
もっともゼファーには信心などかけらもなかったので、教会が綺麗だろうがぼろぼろだろうが知ったことではなかったが。
「さて、ここのどこかにいるはずなんだが」
風はまだ穏やかに吹いている。
少年は教会の中にいるのだろうか。そう考えゼファーは中を覗いてみたが、誰もいない。教会の陰になるところも見てみたが、そこにもいなかった。
しかし風は止まない。探し人を見つけない限り、この風は止まらない。あの少年は、必ずこの付近にいるのだ。
あと、ゼファーが見ていないところといえば。
「……教会の屋根か。かくれんぼがお上手で」
教会の屋根を見つめ、ゼファーはニヤリと笑った。
* * *
煉瓦造りの教会の屋根は、常日頃からフレッドがお気に入りとしている場所だった。うるさい大人たちばかりのマールウッド中心部と違って、街のはずれに建てられた教会は祈りの時間を除けばいつも静かだ。
陽光の降り注ぐこの屋根で、やわらかな風を受けて横になるのがフレッドの大好きな時間の使い方だった。
だが、今日は全くそんな気分にならない。原因は全て、自らの目の前にある黒いお宝にあった。
「母さんのバカ……」
膝を抱え、フレッドは瞼の裏に浮かぶ母カーラへ毒づいた。
日ごろから息子のフレッドに気を使ってばかりで、結局自分の体調を崩してしまったカーラ。母が薬代を切り詰め、自分の食事や衣服などに充てていることは、幼子のフレッドにすらわかっていた。母は気づかれていないと思っているだろうけれど。
だからこそ、フレッドは母を助けたいと思うその一心で、魔物の森に潜ったのだ。「魔物の森はまだ拓かれていないから、中にはお宝がたくさんある」……かつて酒場で酒を飲んでいた旅人が、酔っぱらいながらそんなことを喋っていたのを覚えていたから。森からお宝を持ってきて、お宝を売ればきっと、母さんがこれ以上苦しまなくてよくなるはず。
魔物の森に入ってはいけないということは、フレッドも今よりさらに幼い頃から両親に聞かされていた。だけど、そんな決まりが何だというんだ。森のお宝で母さんが助かるんだったら、それでいいじゃないか。
森からお宝を持って帰れば、母さんも喜んでくれるはず。褒めてくれるはず。
そう考えて、森で見つけたお宝を抱え、喜び勇んで持ち帰ってきたというのに。
カーラの口から飛び出してきたのは怒声だった。
どこへ行っていたの、まさか魔物の森じゃないでしょうね、そんなものいらない、早く返してきなさい。
母さんのために取ってきたんだよ、と言っても、母さんはにこりとも笑ってくれなかった。早く返しなさい、ただ頑固に、そう言うだけだ。
「僕は……母さんのことを思って……」
母の怒りと焦りの混じった形相を思い出し、フレッドはさらに暗い気持ちになった。膝を抱きこむように身体を縮こまらせ、顔を伏せて涙を流す。
「ははあ、そういう理由で取ってきたのか。親孝行だな」
「えっ!? だ、誰!?」
突如背後からかけられた言葉に、フレッドは顔を上げて驚き飛びずさった。
黒く光るお宝を胸にかき抱いて声の主を探すと、いつの間にか自分の後ろに黒髪の男が立っていて、フレッドはもう一度驚いた。
黒髪の男は、面白いものを見るかのような表情でフレッドを見つめている。
「はじめまして。俺はゼファー。君の名前は?」
「ふ、フレッドだけど……」
ゼファーと名乗る男に尋ねられ、フレッドは思わず自分の名前を教えてしまった。怪しい人に名前を教えちゃいけないよ、というカーラの声が頭をよぎったが、後の祭りだ。
「そうか、フレッドくんというのか。大体の事情はわかったよ。君はお母さんのためにそれを森から持ってきたんだね? 優しい子だ」
突然これまでのフレッドの行動について推測を述べたゼファー。目の前の男を怪しいと思っているのに、自分の行為を認めてくれたような気がして、フレッドはたまらず頷いてしまった。
「ぼ、僕、これを売って母さんの薬を買いたいんだ……」
「なるほどね。でもそれはやめたほうがいい」
ゼファーは一瞬の間を置いたのち、口を開いた。
「フレッドくん、突然だけど。その卵が何か君は知ってるかな?」
「た、卵? これは僕が魔物の森で見つけたお宝だよ……」
「なるほど、お宝か。まあある意味ではそうかもしれない。だけどそれは卵だ」
いったい、目前のゼファーは何を言っているのか。黒く丸いこれは、宝石や光石の類ではないのか。黒く艶やかに光る丸い宝玉。
改めてお宝を抱きなおしたフレッドは、胸元のお宝がかすかに動いたような気がして思わず飛び跳ねてしまった。
「えっ、動いた……」
「動いただって? それはまずいな……」
「な、なにがまずいの?」
さっきまで怪しい男だと思っていたのに、フレッドはこの現象を知っているような口ぶりのゼファーに思わず尋ねてしまう。
そして、ゼファーはフレッドを今日一番驚かせる言葉を放った。
「フレッドくん、君が大事そうに抱えているそれは、卵といっても魔物の卵だ。しかも動いたからには、孵化する直前だ」
――このお宝が、魔物の卵だって!? しかも、孵化する直前!?
「君はそれを森で見つけたんだろ? その卵は、大きい岩の上にぽつんと置かれていなかったか? まるで宝物のような置き方をされて」
「さ、されてた……。岩の上に、置かれてた……」
「やはりね。間違いないよ、それは魔物の卵……そう、いま俺たちの上を飛んでるブラッククロウの卵だ」
上空を指し示すゼファーの指に従って首を上げてみれば、教会の上をぐるぐると旋回する、カラスの何十倍もの大きさもある黒い怪鳥がフレッドの視界に入った。何で気づかなかったんだろう。
それに、いま僕が抱えているこの卵が、あのブラッククロウの卵だって?
そう聞くとフレッドは自分が大切に抱えるこのお宝――卵がひどく恐ろしいものに思えて、思わず手を放してしまった。
「……あっ!」
フレッドの胸元から卵が零れ落ち、コロコロと屋根の上を転がっていく。
このまま行けば卵は屋根から落下して、割れてしまう。卵が割れた結果、上空のブラッククロウがこちら目がけて急降下してくる様を想像して、フレッドは思わず目をつぶった。
「風よ」
ゼファーが何事かを呟いているが、フレッドはただひたすら身体を固くして瞳を閉じていた。痛くない痛くない、きっと大丈夫、そう念じて。
「……フレッドくん、目を開けていいよ。卵は無事だ」
「……えっ?」
「ほら」
ゼファーの言葉に従って目を開くと、さっきまでフレッドが抱えていた卵がふよふよと宙を浮いて、フレッドの目の前までやってくる様が見えた。確かに卵は割れていない。だが、どうしてこの卵は空中に浮いているんだろう。
フレッドがおずおずと卵を抱きしめたのを見て、ゼファーが再び口を開く。
「さて、フレッドくん。魔物の森の魔物たちが仲良しって話は聞いたことがある?」
「うん。魔物の森の魔物たちはみんな仲良しで、誰かがいじめられたら誰かが必ず助けに来るって」
「そう、その通り。実は上のブラッククロウを助けるために、街道にはワーベアが繰り出して道を塞いでるんだ」
「えっ……。それって、僕が卵を取っちゃったから?」
そうだね、と言って、ゼファーは頷いた。
僕が卵を取っちゃったから、ブラッククロウはワーベアに助けてもらおうとしたんだ。どうしよう。
「ぼ、僕、卵を返したら、許してもらえるかな……」
「ああ、許してもらえるさ。君は卵をずっと大事に扱っていたからね。ブラッククロウのつがいもそれをわかってるらしい」
フレッドを安心させるようにゼファーが言って、上空を見上げた。
「君のお母さんが君を心配するのと同じように、あいつらも君が持ってる卵を心配してる」
言われて、フレッドは頭上を舞うブラッククロウがつがいなのだと初めて気づいた。
そして、子を心配する気持ちに人間も魔物もないのだ、と。
フレッドがゼファーに抱いていた警戒心はいつしか霧散していた。むしろ、目の前のゼファーは頼りになる存在だという思いが強くなっている。
「あの……ゼファー、さん。卵……返すの、手伝ってもらえ、ますか?」
不安混じりに、フレッドはゼファーに問うた。
ここで断られてしまったらどうしよう……。そんなフレッドの弱気を吹き飛ばすかのように、ゼファーが力強く頷いた。
「もちろん。いまから一緒に、ブラッククロウに卵を返しに行こう」
「え、でも、どうやって?」
ブラッククロウは遥か空の彼方を飛んでいる。どうやって返すというのか。
「空を飛ぶんだ」
「そ、空を?」
そう、空を。そうやって頷くゼファーだったが、フレッドは疑問に思った。空って飛べるものなのかな。どうやってそんなことをするんだろう。
「魔術師に不可能はないのさ」
卵をしっかり持っていて。ゼファーはフレッドにそう伝えると、瞳を閉じて何事かを唱え始めた。
「風よ。汝のもと、我らは夢幻の翼を携えん。《
ゼファーが唱え終わるのと同時、フレッドは身体全体がふわりと浮遊感に包まれるのを感じた。足元を見てみると、すでに自分の足は教会の屋根を踏んでいない。
「え、あっ、あ?」
フレッドはゆるりと宙へ浮き上がっているのだ。驚きつつも、胸元の卵を落とさないようにそっと抱いた。
フレッドは知るよしもないが、この魔術は当代一の魔術師が己の腕を磨き上げて作り出した、世界に二つとない特殊なものだ。驚くフレッドを見て、ゼファーが頬を緩めた。
「あまり下は見ないほうがいい。目がくらんでしまうから」
「う、うん……」
目の前にいるゼファーも一緒に浮き上がっているようで、フレッドは安心した。これで自分一人だけ空に上がっていたら絶望していたところだ。
「……僕、空を飛んでるよ」
「ああ。フレッドくんは空を飛んでる」
下は見ないほうがいい、と言われたが、フレッドは好奇心に負けて足元を見た。すでに結構な高さを飛んでいて、マールウッドの街が一望できてしまう。
こんなところに来れるなんて! フレッドは胸が高鳴るのを感じた。
「あれが酒場で、あれが町長さんの家、あ、あれは僕の家だ!」
「へえ、どれどれ?」
ゼファーとともに、マールウッドの様々な建物を指さす。あの家って上から見るとあんな形なんだ、なんて発見が多くて、フレッドはどんどん楽しくなってきた。
「すごいねゼファーさん。こんな高くまで来れるんだ」
「ああ。ブラッククロウの元まであと少しだよ」
「う……」
ゼファーに言われて、フレッドは現実を思い出す。そうだ、僕はブラッククロウにこの卵を返しに来たんだ――。
ずっと下を見ていたのでいざ上を向いてみると、ブラッククロウはもう、あと少しのところに見えていた。地上で見るよりもずっと大きいその威容に、心が竦む。
震えそうになると、肩に温かいものが触れた。……ゼファーの手だ。
「大丈夫だフレッドくん。ブラッククロウに食われやしないさ。俺もついてる」
「う、うん……ありがとう。ゼファーさん」
フレッドはゼファーの顔を見つめて頷き、改めてブラッククロウを見据えた。
君たちの卵を取っちゃってごめん、いま返すよ――。
* * *
リタ=フロストルムがそれを見つけたのは本当に偶然だった。いつもポーカーフェイス(とよく言われる)リタが、それを見た時の顔といったら。
もしもアリステラがリタのその顔を見たらきっと驚くくらいに、普段の平静さが崩れた顔だった。
幸いにしてリタの先を走るアリステラには見られてないからいいものの……。
(ゼファーさん……なんで空なんか飛んでるんですか!? しかも真上にブラッククロウがいますし!)
口には出さず、心の中でゼファーにツッコむ。
リタの視線の先、当のゼファーはといえばカーラから尋ね聞いた街外れの教会そばで空を飛んでいるではないか。
なんで飛んでるんですかいやむしろ何で飛べるんですか、と大声で叫びたい気持ちには蓋をして、リタは再び目の前を走るアリステラに視線をやった。
大丈夫、アリステラ様はゼファーさんが空を飛んでる様子を見ていない。
ゼファーが空を飛んでいるのは飛行魔術によるもので間違いないだろう。しかし、そんな魔術を使える人間なんて、世界ひろしといえどゼファーくらいのものではなかろうか。とすると、そんな彼が飛行しているさまをアリステラが見てしまえば、ゼファーは高名な魔術師ではないのかとおそらく考えてしまうわけで。
(空を飛べるような魔術師が護衛についてるなんてなったら絶対荒れるし拗ねる……)
リタは幼馴染のアリステラの性質をよく理解していた。かなり負けず嫌いだし、下手な騎士よりも腕が立つから護衛とつく名のものが嫌いだ。いまはゼファーといい関係を築けているが、その彼が《狂飆》で、プリンセスガードと知ったらどうなることやら。
リタはもう一度ゼファーを見た。もうだいぶ高空まで飛んでいるのでその顔は見えないが、隣に彼よりも小柄な少年がいるのが確認できた。ひょっとするとあれはフレッドくんではないのか。
目に見えた情報から、リタの頭脳がゼファーの行動の動機をはじき出そうと動き出す。
――魔物の卵。フレッドくん。上空のブラッククロウ。ゼファーさん。飛行魔術。魔物の結束。
(……ブラッククロウに卵を返しに行くということですか!?)
なんて無茶をするんだ、とリタは呻いた。そもそも返せるのかもわからないし、ゼファーがブラッククロウに卵を返そうと画策しているのならば、二人はまだまだ宙に浮いているはずだ。そのうちにアリステラが彼らに気付いてもおかしくはない。
(とりあえず……力技で行きますか)
そう決めて、リタはもうかなり遠くに行ってしまったアリステラの背中を目指して駆け足になった。皇女の侍女は伊達ではない。家庭教師から逃げるアリステラの背中をいったい何度追っただろうか。
リタは一度たりとて、勉強を嫌がり修練場に逃げるアリステラを逃がしたことはなかった。
「アリステラ様っ」
「えっなにリタんむっ」
よし、まだゼファーさんを見ていない。アリステラの態度から一瞬でそれを見抜いたリタは、アリステラの両眼をその白雪のような指でふさいだ。まさに力技。こうしておけばアリステラが空を飛んでいるゼファーを目撃することはない。
「もーリタ。急になに?」
「特に理由はありませんがたまにはスキンシップも悪くないのでは?」
「特に理由なく皇女の視界塞ぐことある?」
「妙に皇女であることを推してきますね……」
「いや一般論だけどね……」
アリステラは寛大な皇女だ。正直言ってかなり不敬なことをしているのにもかかわらず、本気で怒るようなそぶりを見せない。そんな彼女を少し誇らしく思いながら、リタはゼファーたちに気を払った。
空を舞う彼らは、いよいよブラッククロウと同じ高度に位置していた。魔物と相対するフレッドが手に持つ何かを差し出すと、ブラッククロウはそれを一瞥してその鋭い爪で奪い取る。
(よかった。卵を回収したようですね……)
卵をフレッドから取り戻したブラッククロウは、つがい二匹でその卵をまじまじと見つめたのち、フレッドの目前で口を大きく広げて見せた。おそらく、自分たちの卵を盗んだ犯人を威嚇しているのだろう。
二度とこんなことをするな、次はないぞ。そんなことを言っているのだろうか。
空で腰を抜かしかけたフレッドを、ゼファーが支える。さすがです、とリタの口から称賛の声が漏れた。
フレッドを威嚇し終えて満足したのか、ブラッククロウは彼らから離れ、魔物の森の方角へと飛び去って行く。ゼファーとフレッドは、魔物の卵を傷つけることなく、無事に元の持ち主へ返したのだ。
ゼファーがフレッドの頭を撫で、彼らはゆるやかに下降していく。やがて彼らが教会の元まで降りたであろうことを確認してから、リタはようやくアリステラの顔から手を外した。
「はー。やっと離した。なんだったの急に」
「特に理由はありませんよ。でも、たぶん私たちの仕事はもう終わりです」
「なにそれ?」
聞かず、リタは教会へと歩みを進めた。アリステラはぶぅぶぅと文句を吐くが、やがて諦め言葉足らずな侍女の背中を追う。
そして、それから。
皇女と侍女の荷物からは金貨が入った袋がひとつ消え、喧嘩をしていたという親子は仲直りをし、マールウッド東への街道をふさぐように立ちはだかっていたワーベアは魔物の森へ去っていったのだという。
めでたしめでたし。
「ねえリタ、これカーラさんに大見得切ったわたしが恥ずかしい奴じゃない?」
「無事に解決したのだから、それでいいのですよ」
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