04:剣と槍の皇女殿下、アリステラ

「それじゃあ、あとは若い二人でごゆっくり~」

「ああ、ありがとうアリアンロッド。あとで顔を出す」


 見合いをセッティングした仕掛人のような台詞を吐きながら、アリアンロッドがひらひらと片手を振って退散していった。その背中を眺めつつゼファーが礼を述べると、アリアンロッドは振り返らぬままサムズアップをして見せる。


 さて、と思い直して、ゼファーはリタへと視線を返す。アリステラ殿下の入学試験について何か一案があるらしい彼女に、その仔細を聞くのが今回の訪問の理由だ。

 あとは……、フォエルドの家名をどこで知ったか、聞き出せるなら聞いておきたい。


「ゼファー様は」

「ん?」

「アリアンロッド殿下と仲がよろしいのですね。あんなに機嫌のいい殿下はそうお目にかかれません」


 目を細め、口元に手をやりながら上品に笑ってみせるリタ。笑えるのだな、とゼファーは少し失礼なことを考えた。


「アリアンロッドはいつでも上機嫌ですよ。嫌気がさすくらい」

「殿下がゼファー様に気を許されている証拠でしょう。私ではとても」

「そうでしょうか?」


 リタの言葉に少し疑問を抱いたゼファーだったが、本題はアリアンロッドではないと思い直し、改めてリタへ問いかけることにした。


「失礼、リタさん。アリアンロッドから聞いたのですが、あなたもマギウスへ向かわれるそうですね。アリステラ殿下の侍女として」

「はい。アリステラ殿下の供として同道させていただきます」

「私も殿下の護衛の命を受けました。マギウスではどうぞよろしく」


 謁見の間で皇帝アルフレドから下された帝命を思い返しつつ、ゼファーはリタへと右手を差し出した。少し驚いた様子でゼファーの右手を見つめたのち、リタもゆっくりと右手を差し出し握り返してくる。


「《狂飆》のゼファー様が付いておられれば、私としても安心です」

「あなたは私が《魔導六煌》であるとご存じなのですね」

「もちろんです。アリステラ殿下はご存じありませんが」

「アリアンロッドに聞きました。殿下が嫉妬するから実力は隠せと」

「まあ、ふふ」


 ゼファーの実力を知ったアリステラがどのような反応を返すか脳裏で想像したのだろう、リタが控えめに笑みを零す。その姿があまりにも画になっているものだから、ゼファーは少し見惚れてしまった。これはなかなか、彼女に懸想する男は数多いに違いない。


「確かに、ゼファー様のように高名な魔術師が専属の護衛に付いていると知れれば、アリステラ殿下はきっとお怒りになられるでしょうね」

「やはりそうなのですか。参ったな」


 アリステラ殿下の雷が落ち、槍や剣で追い立てられたらどうしようか、とゼファーは少し顔を曇らせた。


「僭越ながら私がご助力いたします。ともにアリステラ殿下をお守りしましょう?」

「リタさんが助けてくれるなら心強い」

「ふふ」


 氷のようだ、と感じていたリタは、しかしよく頬笑みを零してくれる話しやすい女性であった。彼女とならばアリステラ殿下の護衛もなんとかなるかもしれない。

 リタはそんな希望を抱かせるに足る雰囲気を持つ魅力的な女性として、ゼファーの目に映った。


「ああ、そうだ。リタさんにお聞きしたいことがあるんですが」

「なんでしょうか」

「アリステラ殿下の入学試験は、どのように切り抜けられるおつもりで? もう入学は確定しているにせよ、試験の様子は衆目に晒されますが」


 ゼファーの問いかけに、リタは一瞬目を伏せたのち、ゼファーの瞳を力強く見返してきた。

 そして、左手をゼファーの目前に掲げる。その中指には、きらりと光る指輪が嵌められていた。

 魔力環マジックリングと呼ばれる、魔術道具の一種だ。魔力環の効果はいくつかあるが、もっともシンプルなものは魔力を貯めて放出する貯蔵器のような効果である。


「この魔力環に私の魔力を貯めています。入学試験ではアリステラ殿下にこちらの魔力環の魔力を用いて魔術を行使していただくおつもりです」

「なるほど」


 要は魔力環に貯蔵したリタの魔力を、アリステラの魔力と見せかけ放出し、試験を切り抜けるという作戦だ。確かにギャラリーがいる中で入学試験を一応は問題なく突破するためには、もっともシンプルで分かりやすい手段だろう。


「しかし、話に聞くアリステラ殿下がそのような手段を良しとしますか?」

「それは……」


 ゼファーの指摘に、リタがたじろぎ目を逸らした。

 直接アリステラと面識がないゼファーでさえ、漏れ聞こえてきた彼女の噂からその人格を想像すれば、アリステラがこのような手段を良しとするような人物には思えない。アリステラの侍女として彼女をもっとも近い距離で見続けてきたリタなら、なおさらそうだろう。


「ですがアリステラ殿下が衆人の嘲笑を浴びぬためにはこれしか……。私は殿下が何も知らぬ方々に嘲笑われるさまを黙って見ていたくなどありません」

「ええ、そうでしょうね。だから馬鹿正直に魔力環を渡してはダメだ」

「え?」


 何かほかに手段があるのですか、と問うてくるリタの視線を浴びながら、ゼファーは笑顔で答えた。


「剣と槍の皇女殿下なら、肌身離さずお持ちの武具があるのではありませんか? それこそ、マギウスにすら持っていく心づもりの武具が」


 言われ、リタがはっと目を見開いた。


「あるにはありますが、まさかゼファー様」

「そのまさかです。武具に魔力を込めましょう。それなら皇女殿下にはバレない」


 不敵に笑うゼファーを前にして、リタもゼファー同様、彼の存在に心強さを感じていた。彼となら、間違いなくアリステラ殿下をお守りできる。




「あれ、君、見ない顔だね」


 中庭での作戦会議後、すぐに取って参りますとゼファーの前を辞したリタを待つこと約十分。魔術師のローブを脱ぎ、中庭の陽光が当たるベンチでのんびり休んでいたゼファーの前に、予想だにしない人物が現れた。

 

 すらりと伸びたしなやかそうな体躯に、騎士が纏うものと同様の軽装の鎧を身に着け、腰には剣を佩いている。

 血筋なのだろう。燃えるような赤毛を後頭部で馬の尾のようにまとめ、好奇心に煌めき光る深紅の瞳をゼファーに向けている。目鼻立ちはまだ若干の幼さを残すものの、将来はアリアンロッドに並び立つ美貌へ進化するであろうことに疑いの余地はない。


 《灼華》アリアンロッドの妹にして、ゼファーの護衛対象たる少女、ヴェルメア帝国第三皇女アリステラがゼファーの目前に立っていた。


「あ、アリステラ殿下っ?」

「うん、そうだよ。アリステラ=ティスカ=ヴェルメア。はじめまして。隣座ってもいいかな?」


 ここで会うはずではなかった。マギウスで初対面になる予定だったのだが、と考えてももう遅い。後の祭りである。

 ゼファーの答えを待つことなく、アリステラはゼファーの隣に腰を下ろした。ふぅ、と深呼吸して、隣に座るゼファーを見つめる。中庭で一人佇んでいた謎の少年(ゼファー)が気になるのか、アリステラの瞳は興味津々だ。


「君、名前は? どうして宮城にいるの? もしかして城下町から潜り込んできた?」

「……あ、名前はゼファー、宮城にいるのは知り合いに会いに来たからで、まあ確かに城下町に住んではいますが……」

「ふーん、そっか。わたしは修練場で汗を流してきたところ」


 別に聞いてない、という言葉は飲み込んで、ゼファーはアリステラに視線をやった。

 ゼファーが魔術師だとは気づいていないらしい。ローブを脱いでいて正解である。

 

 いずれは出会うことになるのだから、その時間がただ早まっただけだ。

 アリアンロッドから学んだ切り替えの早さを活かして、ゼファーはアリステラについて情報を集めることに決めた。伝聞でしか彼女のことを知らないので、目の前に本人がいるのは好都合だ。


「……アリステラ殿下はマギウスの魔術学院へ入学を希望されているそうですね」

「えっ? よく知ってるね。情報早いなあ……誰に聞いたの?」


 ゼファーの牽制に一瞬驚いた顔を見せたものの、すぐさま気を取り直してアリステラが答えた。今度はゼファーが質問に答える番である。


「風の噂で。剣と槍の皇女殿下が次は魔術か、とみんな沸き立っていますよ」

「え、そうなの? なんか照れちゃうなぁ……」


 えへへ、と頬を緩ませながら頭を掻くアリステラ。どこの馬の骨とも知れぬ少年の言葉を容易く信じてしまうその姿を見て、ゼファーにも皇帝と姉が彼女を心配する気持ちがよく分かった。危なっかしい。


「……でも、わたしの実力で魔術学院に入学できるか不安なんだ」


 そんなゼファーの感想を知るわけもなく、不安を滲ませた声音でアリステラが呟いた。


「そうでしょ……いえ、そんなことは……」

「いまそうでしょうねって言わなかった?」


 まさか! と大仰に手を振って誤魔化す。今のは口を滑らせたゼファーが悪いが、妙なところで勘が鋭い。この勘の良さがアリステラを戦場で救ってきたのだろうな、と変な感想を抱いた。


「ま、合格できなかったら出来なかったで、才能がなかったって諦めるだけなんだけど」

「……」

「それでも、わたしは魔術師になりたいんだ。アリアンロッド姉さまみたいな立派な魔術師に」


 アリステラが決意を込めて呟いた言葉に、ゼファーは昨日のアリアンロッドの言が嘘や吹かしでなかったことを知った。アリステラは立派で大好きなアリアンロッドの力になりたいと強く願っているのだ。


「魔術が苦手なわたしを姉さまはいつも励ましてくれたんだ。『魔術が苦手なのはアリステラの一面であって、アリステラの価値を決めてしまうものじゃない』って。それで、いろんな魔術をわたしに見せてくれたの」

「アリアンロッド……殿下が?」

「うん。姉さまは武術が得意じゃないから、わたしが隣に立って助けてあげたいの。かつてアリアンロッド姉さまの言葉で救われた分、ちゃんと恩返ししなくちゃ」


 そう言って、アリステラがはにかんだ笑みを見せる。


「だから魔術学院にはぜったい入学したいんだけど……魔術苦手だからなぁ……」


 と思った次の瞬間には、肩を落としてはぁ、とため息を吐く。くるくると表情が変わって忙しい人だな、と思うが、同時に親しみやすさを覚えさせる存在でもあった。


「アリステラ殿下なら合格出来ますよ、絶対」

「え? あ、ありがとう、ゼファーくん。変な話しちゃってごめんね」


 ふと、ゼファーの口から洩れた激励の言葉は、まごうことなくゼファーの本音だ。裏口入学が決定しているとかしてないとか、そんなことは関係なく、彼女が魔術学院に入学できるといいな、と思ってしまった。


「へへ、応援してもらったら元気出ちゃった。もう一回くらい汗流してこよっかな!」


 頬を染め、勢いよくベンチから立ち上がるアリステラ。陽光を背に、ゼファーに向けて見せるのはとびきりの眩しい笑顔で、思わずこちらの頬も染まってしまいそうだ。そして、その笑みにゼファーはアリアンロッドの面影も見た。やはり姉妹だ。


「たぶん、もう会うことはないだろうけど。話聞いてくれてありがとうね、ゼファーくん!」


 ぶんぶん、と手を振りながら修練場の方へ中庭を駆けていくアリステラを見送り、ゼファーは彼女に元気な小型犬みたいだな、と不敬な感想を抱く。




「ゼファー様、何をにやにやされているのですか……?」

「う、うわっ、リタさん!?」


 アリステラを見送ってすぐ、胡乱げな瞳でこちらを見やるリタに驚き飛びずさってしまうゼファーであった。


「アリステラ殿下と楽しそうでしたね」

「ずっと見てたんですか……?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る