殺伐感情戦線
鈴元
テーマ:憧憬
「バンドでラップをしたいんです」
その言葉が初期衝動。
あいつはそんなことを言った私の隣で目を丸くしていた。
馬鹿みたいな顔をしていた。
なのに、それなのにね。
『今日のゲストはLil-Mの難波さんです~』
『あはは……どうもー』
あぁ、誰だ、こいつの名前を企画会議で出したのは。
たまたま立ち寄った定食屋、贅沢は出来ないけれど健康も捨てられずにまたやってくる。
いつものメンバーはみんな欠席で私一人で食事をする。
棚に並べられたおかずの中からサラダとアジフライを盆に乗せてレジへ。
いつもの通り、いつもの通りに。
変わらない動作。
心は凪で構わない、今この瞬間は植物のように徹していればいい。
「いただきます」
わざわざ声に出して食べ始める。
この不愉快な音をかき消して欲しくてたまらない。
私の前の席に座ったサラリーマンがモニターを見上げている。
見るな、そんな目であいつを見るな。
誰も彼もが向ける視線が腹立たしい、嫌いだ、とことんまで。
「……」
参った、まったくご飯の味がしない。
私は何をしているんだ。
めまいがする。
白米の山に出来たくぼみの中に何か黒い点が生まれたように思える。
私は何をしているんだ。
指がかすかに震える。
願わくばこの耳の奥そこから血が湧きたてばいい。
あぁ、あぁ、あぁ、鬱陶しい。
どこまでも、とことん憎らしいやつ。
私にないものを持って生まれた人間。
嫌いだ。
『えっと、音楽を始めたのは高校の軽音楽部で……』
そう、そうだ、あの頃から私たちは。
「あ、あたしは……カラオケとか好きで……」
私の次に発言したのはあいつ。
今も忘れない、なんてことのない話。
軽音楽部に来る奴なんて好きなバンドに憧れたり音楽をやってたからやってきたみたいなのばっかりで、こいつみたいに歌うのが好きってやつも珍しくはない。
『でもそれは所詮カラオケで友達と遊んでるのが楽しいんでしょ?』っていうのが私の言い分で、私は私のやりたいことがあってきた。
それを意識の高さだなんだって笑う奴もいたけれど、それでも私は私と一緒に音楽をしてくれる人を探していた。
幸運だったのか不運だったのか分からない、お互いがボーカルを担当することになっていたことは。
あいつがもしも別のパートだったらどうだっただろうか。
それでもこうなっていただろうか。
カラオケが好きというだけあってか、歌は上手かった。
それは高音がうまく出ます、ビブラートがうまく出ますの領域ではなかった。
人によれば少し下手な歌、人によれば味のある歌。
変な声でもない、何かおかしな動きをしているわけではない。
それでも彼女が無意識のうちに出している癖だけで彼女の色に変わる。
どこまでも難波美咲の音。
あいつのバンドがやる曲は、はやりのバンドやアニメ・声優の曲ばかりだったけれどそれでもただのコピーバンドにならなかったのは彼女の歌声があったからだと思う。
他のメンバーには悪いけれどバンドで、各々のパートで抜きんでた能力を持っていたのは間違いなく難波だったから。
一方で私はどうだろう。
音楽性や指向で値踏みされた。
自分たちで作った曲は人は首をかしげる。
今も当時も変わらず私は私の思うことを歌詞にした。
私からすれば鉄板ともいえる曲したけれど、その曲だって観客の誰も知らない。
知らないグループの曲と、このバンドのボーカルの書いた曲、それが私たちのバンドのセットリスト。
バンドメンバーはよく一緒になっていてくれたと思う。
他にバンドがないからヤケになっていたのかもしれないけれど。
彼女がいるだけで私たちの代はそれでよかった。
彼女が人気で、それ以外は横並び。
それが卒業する三年間の結果であり、私たちの思い出であり、私の傷。
誰かの歌を歌っているだけで人に認められるのだから彼女からすれば割のいいことだったろう。
確かに歌は上手い、でも私にはどれだけいい歌唱もカラオケに見えて。
それでもあいつは評価されて。
「……くそ」
どんな思いをしても私は私の音楽を続けた。
彼女が頂点でいい、私が最下層でいい、私は私の中にある一つの思い出にしがみつきながら何度もそう唱えた。
時は二年の文化祭にさかのぼる。
すでに難波は注目されていて、それで私は早くも部の主流から外れた人間だった。
文化祭は中庭に簡易的なステージを使ってライブをする。
私もあいつも一日目、そして出番もそう離れていない。
私たちが出番と片づけを終えたあたりであいつのバンドの演奏が始まった。
演奏できる曲はそう多くない。
三曲程度で交代だから難波はその時のはやりの曲を三つするだろう。
私はそう考えながらあいつのバンドを見ていた。
「なんで」
気付けばそう呟いていた。
一曲目、自分たちのバンドの演奏の顔。
難波美咲は自分で歌詞を書いた曲をやった。
噂やライブでの実績が広まって彼女のバンドが最も多くの観客を集めていた。
その観客の反応が微妙に悪い。
意味も分からずに盛り上がっている阿呆たちの中に混じる、首を傾げた人間。
私たちのバンドでよく見る観客の表情がそこにあった。
いつも誰もが知る曲を演奏しているからこそ、そういうことになったのだと思う。
無様にも私はその記憶を糧に生きている。
どれだけ頂点に立つ人間だと思っていた彼女でもそんなミスをする。
あいつ自身の書いた歌詞はまだ人に届かない。
私の届く歌詞とそう変わらないんだと。
あいつの客はただぼうっと並ぶ客たちだ。
餌を待つひな鳥だ。
知る曲に首を振るだけの存在だ。
だから私だっていつかは。
二曲目以降、いつも通りの盛り上がりを見せた演奏をしている姿などかすんでしまう一曲目。
今でも忘れない、あの曲の名前は―――――――――
もうやめよう、こんなことを考えたって仕方がない。
あいつにこだわればこだわるだけみじめになるだけだ。
これからあいつはもっと売れるだろう。
今はまだ売り出し中の存在だけど、いずれあいつがしていたようなバンドが演奏する曲をやるだろう。
誰かの用意した音の上で輝いてくれればいい。
私の醜い思い出の中の存在でいてくれればそれで。
一瞬だって私と並ぶことなく生きていればそれでお互いに幸せなんだ。
私は味のしないご飯をかきこんで店を出た。
今日はライブの日なんだから、前を向かないと。
*****
今日もいいライブだった。
あたしの好きな曲も生で聞けて嬉しかったし、サプライズで新しいアルバムを物販に出してくれたのも嬉しかった……もう持ってるけどまた買ってしまった。
買ったけれど、売ってくれたのはあの子はいなかった。
高校の頃からずっと知ってる人、梅田文子ちゃん。
高校の軽音楽部で一緒であの子はいつも一回は自分の曲を歌ってた。
彼女の持つもの全てが歌になっているみたいで憧れていた。
誰かの歌をなぞるだけのあたしとは違っていて、羨ましくて。
運よくメジャーと契約が出来たけれど、あの時と同じであたしは誰かの作った曲を歌っている。
私の曲に頷いてくれる人たちも結局あたしの背中にいる誰かの歌詞を聞いているような気がして、時々気持ちが落ち込んでしまう。
だからこそ、彼女のように自由に音楽がしたいと思う。
あのね、あたし一度だけ貴方の真似をしたことあるんだ。
二年の文化祭の時、全然上手く出来なくて皆に言われたのもあって封印しちゃったけど。
その曲はね、あなたに向けた曲なんだよ。
文子ちゃんの曲は哲学的だったり内省的だったりするけど、それでも時々感じるあなたの人間性が大好きだよ、なんていつかは音の上で話してみたいな。
その時は私の書いた歌もちょっとは上手く出来るかな。
その歌の名前はね『To My Yearning』っていうんだ。
*****
どれぐらいの時間が経っても、覚えてる。
殺伐感情戦線 鈴元 @suzumoto_13
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