僕の親友

ケー/恵陽

僕の親友

 首と胴が離れた親友が目の前に倒れている。

 口からこぼれるのは「え」とか「あ」とか言葉にならないものばかり。一体なぜこんなことになったのか。


 僕と正助は小学四年の時、選択クラブで一緒だった時からの仲だ。当時生物クラブに入っていた僕らはメダカの世話をするうちに親しくなった。毎日餌を上げ、時々水を替えてやれば、メダカにしてやれることはそんなにない。

 餌にがっつくメダカたちを眺めながら僕と正助はいろんな話をした。僕の家で飼っている犬のサンの可愛さ。正助が帰り道でよく遭う野良猫の警戒心の強さ。朝よく聞こえる小鳥たちのおしゃべり。水族館や動物園の話になると二人とも熱が入った。

 小学校ではついに同じクラスにはなれなかったが、中学に入って同じクラスになった。好きな話を気の合う友人といつでも出来ることが楽しかった。互いの家にも遊びに行くようになり、僕もサンを紹介した。ただ正助は動物は好きだけれど、動物と走り回ることがあまりできない体の弱さを抱えていた。

 心臓が弱いらしく、体育は大体見学。加えて月に数日は病院に行くということで学校を休んでいる。だから大体遊ぶときは家の中だ。

 今日も正助の家に遊びに行き、ボードゲームをして遊んでいただけだ。けして外でボール遊びをしたり、追いかけっこなどしていない。ただトイレを借りようとして部屋を出る時に振り返っただけだった。振り返った拍子にすぐ後ろにいた正助に腕が当たるなんて、誰が予想できるだろう。

「しょ、しょぉすけぇ……」

 情けない声が僕の口からこぼれる。

 肩を揺らすべきなのか、それとも頭を立てるべきなのか。転がっている頭に手を触れられない。もし僕を見る目が責め立てる、恨むものだったらと思うと震えてしまう。

 つまりは情けなく声を掛けるしかできない。

「あら? あら、あら!」

 聞きなれた軽快な声に肩が震える。

「真くん? 来てたのね。いらっしゃい」

 こちらに近づいてくる足音にこんなに恐怖を感じたことはない。それでも逃げることもできず、ただ顔を青くして僕は罵倒の言葉を待った。

「あ、あらぁ……。もしかして、それ、正助かしら。……やだ、ごめんなさい。まさか頭が取れるなんて。あ、でも首がギシギシするって言ってたわね。来週メンテナンスに行く予定だったからいいかと思って気にしてなかったけど、もしかしてネジが一つ飛んでたのかしら?」

 そっと肩に手を置かれた。困ったように微笑む女性は何度も挨拶したことのある、正助のお母さんだ。

 しかし責められる言葉ではなく、慰めるように肩をやさしく叩かれた。

「泣かないのよ、真くん」

 何故か彼女は困ったように笑うだけ。もうダメだ、息子を殺したと怒られるのだ、と思った僕にゆるりと首を振った。

「人間の首が簡単に取れるわけがないでしょう」

「……え?」

 言われて、気づく。どんなに体の弱い人間であっても、頭と胴が簡単な衝撃で分かれる訳がない。言われてみればその通りだ。暗い気持ちが薄れてきた。代わりに湧いてきたのはいっぱいの疑問符だ。

「……真くんみたいなやさしい子が正助の友達でうれしいわ」

 その顔は本当にうれしそうだった。

 笑った表情のまま、頭と胴の離れた正助はすぐさまお母さんの手によって元に戻される。

 首のネジが一つ抜けていたわ、と苦笑いを浮かべてドライバーを持ってきたときにはまだ疑っていた。しかしきっちりと頭を嵌め、いつもの正助の姿になると一分ほどで彼の意識が戻ってきた。ここまできては認めないわけにもいかない。とても、とても信じがたいが、正助は人間ではなかったのだ。

「ん? あれ? あ、お母さんいつの間に帰ってきたの? おかえり」

 正助は首をコキコキと言わせながら母親の姿を見つける。音が鳴る首に気が気でないが、喋るわけにもいかない。何しろ、正助自身は自分が人間ではない、などということは知らないのだ。

「マコ、なんか泣いた? 目が腫れてるけど……」

「あ、ああ、さっき正助にぶつかった時、僕も転げちゃってさ」

 正助のお母さんと、少しだけ打ち合わせをした。実際、正助の頭が外れたことで動転していたのか、膝に大きな青あざが出来ていた。落ち着いてみるとじんじん痛む。

「正助、ちょっと意識が飛んでたみたいよ。来週先生に診てもらう時に注意してもらいましょう」

「……そんな大事にしなくていいよ」

 僕の方を見て、少しバツが悪そうにする。親の前というのが恥ずかしいのだろう。でも事情を知ってしまったら、しっかり診てもらいたい。本当に、心から。

「僕のせいでもあるからさ」

「……まあ、一応、わかったよ」

 頬を掻きながら、正助は頷いてくれた。

 その後は僕の方でぎこちなさはあったものの、何とか普通を保って遊ぶことが出来た。というか時間が経てば僕もついいつものように過ごしてしまった。ぶつからないように気を付けていたのに、時々腕を叩いたりしてハッと冷静になった。


 帰宅時間になり、正助とお母さんと別れた。別れ際、こっそりと彼女とは連絡を交換することになった。何か可笑しな言動や気になることがあった時は伝えることにしよう。

 星が瞬き始めた空の下を歩く。今日は本当に疲れた。なんでもない、いつもと同じ日だと思っていたのに。楽しい遊びは恐怖に変化し、衝撃をもたらしてくれた。

 けれど普通だと思っていた友達が普通ではないなんて、どうしてくれるんだ。正助が起きた後、僕の態度がぎこちなかったことを不思議に思われていた。こればかりはどうしようもない。そんな簡単に切り替えられるわけがない。

 ただ正助のお母さんに言われたことがずっと頭に引っかかっている。僕みたいなやさしい子が友達でよかった、なんて言われたら拒絶することなんて出来ない。するつもりもなかったが。あの時、うれしさと同時にホッとしていたようにもみえた。

 どんな経緯があって、正助が正助になったのか。理由は知らない。正助はどんな正助であってもあのお母さんたちにとっては大事な子どもなんだろう。お母さんの正助を見守るやさしい表情に、そう自然と思える。

 完全に夜の町になった後、僕は家に帰り付いた。


「ただいま」

 引き戸の玄関から中に入れば、廊下の先の台所から母とサンが顔を覗かせた。

「遅かったわね、真。暗くなる前になるべく帰ってきなさいよ」

「まあ、いろいろあってね」

 洗面所で手を洗いながら濁すと、母が近寄ってきた。なんとなく馬鹿にされたような気配を感じる。

「……まあ、中学生もいろいろあるんでしょうね」

「あるんだよ」

 冷蔵庫からジュースを取り出してコップに注ぐ。そして椅子に座ったところで喉を潤す。足元ではサンが僕の足の匂いを嗅いでいる。

「正助君と遊んだんでしょ? 何かあったの?」

「だから、いろいろだよ」

 あんなこと言えるわけがない。言いたくて仕方ない気持ちもあるが、言ってしまっては何もかもが崩壊する。主に僕と正助の間に明確な溝が出来る。

「ふうん?」

 僕の態度に首を傾げながら、母は隣の椅子を引いた。

「言えないことかあ」

「そうだよ、言えないこと。だから聞かないで」

「それは正助君と仲良しでいたいから?」

「そう。正助はいいやつだからね」

 そう、いいやつなのだ。僕の話に相槌を打って、同じ動物好きとして大いに盛り上がる、貴重な友人だ。

 考えれば考えるほど失い難い相手だ。

「真は一生ものの宝をもう見つけちゃったんだなあ」

 ほんのり寂しそうに、けれど喜びはにかむ母の顔に僕は言葉を失くす。大げさな、と反論したくなったが出来なかった。中学生の身の上で一生ものなんて大それたことだ。けれど今の僕には正助とこれからもずっと仲良くしている未来しか思い浮かばなかった。

「よかったね、真」

 母の言葉にどうしてか目の奥が潤んだ気がした。


 翌日もいつもの正助だった。

「マコ。おはよー。サンもおはよー」

「おはよう、正助」

 僕はいつものように挨拶を返し、サンが正助に向かって、キャンと鳴く。他愛のない話をしながら学校へ向かう。

 それは今日も、明日も、明後日も、その先もずっと。僕と正助は親友である。





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