王様と罪

@ns_ky_20151225

王様と罪

 昔々、豊かな王国がありました。豊作が続き、大漁が日常で、家畜はたくさんの子を産み、乳は溢れんばかりでした。人々は少し働けばのんびりと暮らせます。皆空いた時間に遊びました。王国は周囲を海、山、川に囲まれ風光明媚でしたので、余暇を楽しむには充分すぎるほどでした。


 しかし、この王国に浮かない顔の人々がいました。王と貴族たちです。彼らはこの豊かな王国の基礎を築き、発展させ、維持してきました。けれど、もう挑戦すべき困難はありません。大きな問題は片付き、時たま発生する小さな問題は先例に従えば難なく解決できました。だからもう何をしていいのかわからなくなったのです。


 今朝もすっきりしない顔が朝食の片付けの終わった食卓に並んでいます。王が口を開きました。


「退屈だ。退屈極まりない。今日何をしよう? 明日はどうする?」


「どうです、狩りなどは?」

 年長の貴族が答えました。

「もう飽きた。なるほど初めのうちは面白かった。象や獅子。獰猛で、こっちがやられるかもという恐ろしさ。それを克服して狩る。でも……」

 王はため息をつきました。

「……結局、対処法が分かってしまえば何でも無いただの動物だな。こうして来たらこうする、ああ来ればああする。子供の頃に習った計算と同じでやり方を当てはめていけばいいからもう面白くない」


「遠くの国から珍味を運ばせましょう」

 太った貴族が言いました。

「いや、珍味珍味と食い飽きた。色々と食べてきたが、大体味などそう変わるものではない。肉なら肉、魚なら魚、野菜なら野菜、それぞれに味の範囲があってそれを超えるものは無かった。今はもう見ただけでどんな味か予想がつく。詰まらん」


「異国の女性は?」

 別の貴族でした。王は手を振ります。

「ふん、それは一番最初に飽きた。女も男も変わらん。世界中どこでも人間は人間だ」


「戦争は? そろそろ領土を拡張しては? それとも世界征服はいかがです?」

 片目の貴族がにやりとしました。

「それは退屈しのぎにはいいかも知れんが、遊びにはならん。わしとて身の程はわきまえておる。今の豊かさを失うかも知れんのは嫌だな」

 他の貴族たちはうなずき合いました。国をまとめる過程で経験した幾度もの戦いを思い出したのです。さすがにそれは遊びとは言えません。片目の貴族は行き過ぎた発言を取り消しました。


「ああ、問いを変えよう。お前たち、最近胸が踊ったこと、わくわくした事はないか? それを真似してみたい」

 王は全員を見回しながら言いましたが、貴族たちは下を向いて黙ってしまいました。誰も思い当たる事が無かったのです。


「あのう……」

 一番下座の若い貴族でした。本来なら列席だけで発言は許されていない身分なのですが、王は許しました。

「かまわぬ。申してみよ」

「はい、私、昨夜わくわく致しました」

「ほう」

「スープにパンを浸してみたのです。あまりに堅かったので。作法の教師からは絶対にしてはいけないと言われていたのですが。しかしながら、してはいけないと言われた事をすると胸が、こう、締め付けられるような開放されるような、なんとも言えない心地でした」


 居並ぶ貴族たちは馬鹿にしたように笑いました。王を前に何を言うのだ? こいつは子供か。

 しかし、王は考え事をするかのように顎に手をやりました。貴族たちは笑いを引っ込めて黙ってしまいました。


「なるほど、してはいけない事をする、か。思いもよらない観点だな。しかもスープにパンを浸す程度なら戦争と違って大事にはならない」


 その朝はそれで終わりになったのですが、王はずっと考え続けました。

 そして一ヶ月が経った朝食後、王は貴族たちに命令しました。


「いい退屈しのぎを思いついた。国を傾けるほどではないが、我らの渇きを癒やす程度の遊びだ」

 貴族たちは興味深げです。

「わしは罪を作ろうと思う。絶対に犯してはならないものだが、誰かが大きな損害を被るようなものであってはならん。それはすでに法律で決まっている。わしの作りたいのは何となくやってはいけないといった空気のような禁忌だ」


 皆戸惑っています。王は何を言い出したのだろう。


「分かるか? 行儀作法のようにふんわりとしたやってはならない行動の一揃いを作れ。破った場合の罰は厳しくせよ。王や貴族であっても死罪や地位身分の剥奪を含めるのだ」

「王よ、反対するわけではありませんが、そのような厳しい罰を与える権威はどのような存在なのでしょうか。法律は王と我ら貴族の権威のもとに機能しております。しかし、今おっしゃられたような条件を機能させるような規則は誰が与えるのですか」

「天だ、あるいは海だ。地の底かも知れん。そんな権威は自然には存在しないから超自然的存在を作れ。理屈をこねるのはお前たちの得意技だろう」

「何の目的ですか。そのような規則が遊びになるのですか」

「はは、分からぬか。破ってはならぬ厳しい規則を作って破るのだ。ばれたら終わりと考えながら禁忌を犯すのだ。これは恐ろしく楽しいに違いない」


 貴族たちは驚き、一時は王の正気を疑いました。しかし、しばらく考えてみると皆その考えに引かれました。なるほど、面白いかも知れないな。


 計画が始動しました。超自然的存在を創作し、その存在から示されたと言う禁忌一揃いが作られ、広められました。同時にその種の罪を犯した者を取り締まる専門の役職が設置され、王国民は常時監視化に置かれました。

 一方で、禁忌を守らせるため、逆に守る事で報奨が与えられる仕組みも作られました。かといって具体的な金品を与えていたのでは財政が傾くので、死んでからの安らぎとか来世の幸福で報いられるとしました。

 人々は禁忌を犯さぬよう注意し、報いを得られるような行動を進んで取るようになりました。おかげで平和な国内がさらに平穏になったのは予想外の副産物でした。

 もちろん、罪を犯した罰は王と貴族たちにも適用されます。何と言ってもこれは王を超える超自然的存在から与えられた禁忌なのです。とうとう地位剥奪され、半ば強制的に隠居させられた貴族が出ました。それからは皆真剣に守るようになりました。


 深夜。城の食料貯蔵庫に覆面で顔を隠し、黒ずくめの王が現れました。音を立てないように儀礼用の剣や飾りの金鎖は外し、裸足でした。

 王は居眠りをしている番兵に気づかれないよう通り抜け、貯蔵庫に入ると調理済みの肉をひとかけら、チーズをひとかじりし、酒を一口飲みました。

 これは罪でした。盗みではありません。城の全ては王のものなのですから。しかし、食事時間以外に決められた量以上を食べる、すなわち貪食は禁忌でした。超自然的存在が明確に禁じ、罰を与える行動です。


 王の胸は高鳴りました。もし見つかったら王の地位を追われ、食べた量によっては首が飛びます。そう思いながら食べる肉やチーズの美味さ、酒の芳醇さは食卓での味とは大違いでした。


 王は思う存分罪という美味を味わい尽くすと、用心して自室に戻りました。

 そして、枕に頭を乗せると満足の吐息をつき、安らかな眠りに落ちていくのでした。


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