異世界強制救世記

@emojisan_FU

第1話 異世界転移はよく検討を



4月の中頃の日曜日、午前9時くらいだったと思う。同僚の中谷から電話がかかってきたのは。


「よお、壮我。ピクニックでもいかねえ?」


「眠いから外出はパス」


暖かくなってきても休日に外出もせず、狭いアパートでゴロゴロと自堕落な生活を送っていて、しかもそれが休日のベストな過ごし方と考えているとそういうのは正直つらい。眠くはなかったが、こういえば諦めてくれるだろう、そうだろう。



「入るぞー」


ノックも無しに中谷が入ってきた。鍵を閉めてなかったのをこれほど後悔した日は無い。


「お願いだからそのまま後ろ向いて帰れ」


「お前もついてくるならいいぜ?」


「そもそもなんで俺を誘うんだよ、俺より友達いるだろ?陽キャさん」


「お前のためを思ってだよ。実はな、綾瀬さんも来るんだぜ?」


「えっ?」



綾瀬さん。この名前が出てくるとは。俺が絶賛片思い中の女性である。


今までは遠くから眺めているだけのなんともむず痒い状態であったが、これはチャンスだ。


「よっしゃ行くぞ!今すぐ行くぞ!ほら行くぞぉ!」


「おうよ!せっかくのチャンス、無駄にするなよ!」


「わかってるって!用意するから10分くらい待ってろよ!」


「待て待て、行くのは明日だぞ」



人を期待させておいてこれである。本当に腹が立つ男だ。


「まあ、楽しみに待ってろよ。俺もサポートするからさ」


「ちょっと気が抜けたなぁ....まあうまくやるよ。サンキュな」



中谷を家から追い出し、明日に向けての用意をして、その日は眠りについた。


起きたら最高の1日が待っているはずだった。だったのだが....



「あ、お目覚めですね」



「あれ?俺の部屋じゃない....よね?寝てる間にリフォームしました?」


窮屈な部屋が、大理石で出来た無駄に広い聖堂に変わっている。天井はドーム状のガラスで、太陽の光が差し込んできて眩しい。目の前には水色の長髪が美しい女性がいた。真っ白なドレスを纏った姿は、天使のようだ。


なんというか感動的な光景だった。


が、今はそれどころではない。まず状況を確認しなければ。


とりあえず、女性に話しかけてみる。



「あのー....」


「はい?なんでしょうか?」


「ここはどこですか?あなたは誰ですか?なぜ俺はここに?」


「まあ混乱しますよね、普通は。現代の若者はおかしいんですよ。何ですかテンプレ展開キターって」


「質問に答えてくれると嬉しいのですが....」


「ああ、すみませんね」



「自己紹介からしましょうか。私は大天使エルロ。勇者を導く案内役です。そしてここは異界の門と呼ばれる建物ですね」


「あなたにはとある世界を救ってもらいたくてきてもらいました。まだ質問はありますか?」


聞いてもさらに混乱するだけだった。これは夢だろうか?


「あ、夢ではないですから」


「あっはい」


「ええと、わざわざ俺を召喚して救わせるのはなんでですかね?現地人に神の加護でも与えればいいのでは」


「気になりますよねー、そこ。フフフ、答えてあげようではないですか!」


なんか中谷と同じベクトルのウザさを感じた。



「えっとですね、ひとつひとつの世界ごとにひとりひとりの神が管理を担当しているんですが」


「その世界の神が手を加えられるのは最初の世界の地形とかの創造部分と、地震とか火山噴火とか疫病とかの災害を引き起こすことくらいなんですね」


「なんでそんな間接的な...」


「答えは簡単、直接的な接触は信仰を失う可能性があるためです」


「神様だって生き物なんです。ひとりひとり性格が違います。いい人もいればそれこそゴミのような性格の神まで... おっと、あんまり言い過ぎるとクビが飛ぶかもしれないのでこの話題はここまで」


「まあ、信仰を維持するために他の世界から勇者となる人物を召喚、力を与えて世界を救ってもらってるんですよ。神様が我々を救うために異世界から勇者を召喚してくださった! 神様万歳! ってなりますから。あ、もちろん報酬は出ますよ? 元の世界に返して、あの綾瀬さんって人と引き合わせるよう上司に頼んであげますよ。どうですか?」



説明を聞くたびにやる気がなくなっていた俺だったが、報酬の話でもう一度異世界行きを考え直すことにした。


そして出した結論は、



「すみません、元の世界に返していただけませんか」



やっぱり恋は自分で実らせなければ意味がない。納得してくれるはず....



「仕方ないですねぇ」


「世界を救ってもらわないと上司に怒られるんですがねぇ....あ!」



不穏な空気が流れた。



「異世界行かないなら綾瀬さん即地獄行きですけど、それでも行きませんか?」



.....は?


「お前マジでいってんのか?」


さすがに敬語を使う気にはなれなかった。


「はい、大マジでございます」


「ふざけんな!綾瀬さんは関係ないだろうが!」


「こちらもノルマがあるので....ノルマ達成できないと最悪の場合減給の可能性が.....」


「お前ガチクズだなおい!」


「ちょっと!そこまで言われる筋合いはありませんよ!」


「あるよ!拉致したうえに脅迫までするとかただの犯罪者でしかないよ!?」


「悪かったですねぇ犯罪者で!さあどうしますぅ~?自分の平穏な暮らしと一人の女性の命、どちらを取りますかぁ~?」


今すぐぶん殴りたいが、コイツを刺激するのは危険だ。無条件で綾瀬さん地獄行きルートに直行するかもしれん。


.....仕方ない。



「分かった!分かった!分かったよっ!!行くよ!異世界!!」


「おお、愛する人のために旅に出るとはご立派ですねえ♪」



「じゃあ力を授けなきゃですね!行ってもらう世界にあった力は...っと。」


「身体能力の強化、ですかね。あとあの世界の言語も分かるようにしないと。それっ」


俺の体が光に包まれる。光は徐々に消えていったが、あまり変化は感じられない。


「あ、安心してくださいね? ムッキムキになったりはしてませんから」


「え? ああ...」


「あとこれを渡しておきますね」


そう言うとエルロは透き通った青い一辺が3センチくらいの立方体がついたネックレスを手渡してきた。


「なんだよ、これ」


「私と通信をとるためのものです。肌身離さずつけていてくださいね」


「肌身離さずは正直嫌なんだけど」


「綾瀬さん」


「分かった分かった」


この調子じゃこの先が不安になる。



「じゃああちらの門にお入りください」


金色をした太く大きなドアフレームの中に、紫の靄のようなものがかかっている。


恐る恐る入って行き、完全に転送されかけた頃、エルロがこんなことを言いやがった。



「あ、身体能力はつよーくしときましたけど、あなたみたいな引きこもり気味の軟弱者だと負荷がきっと凄いので無理はしないようにしてくださいね~!」



奴に文句を言う前に、俺は広い草原に一人、突っ立っていた。

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