特訓

 翌日からフィアの訓練が始まった。

 場所はカークランド家の庭である。

 互いに日中は、講義やら学業やらがあるので、夕方の一時間ほどという限られた時間となった。

 

「さぁ、私はこれから何をすればいいんだっ!」


 ウォーミングアップがてら、手にした木剣で軽く素振りをし始めるフィア。

 ちなみに木剣はクローディアが手配してくれたもので、高級木材から職人が削り出した逸品であるらしい。

 確かに軽いし、ちょっとやそっとでは壊れない丈夫さも備えてある気がする。


「そうですね……とりあえず」


 シロンは木剣を構えた。


「ふむ。そうだな。まずは腕試しだな」


 フィアも間合いを取り、木剣を構える。

 一瞬にして纏う空気が変わった。

 

 白狼流免許皆伝というのは伊達ではないようだ。

 シロンはフィアの隙のない構えに内心唸る。

 これは本当に教える必要があるのだろうか。

 少々、烏滸がましさを覚えてしまうシロンであったが、その疑問はすぐに解けることとなる。

 

「来ないのなら、こちらからいかせてもらうっ!」


 フィアが一気に距離を詰めてきた。

 速い。


 しかし、


「フンっ!!」


 大上段から振り下ろされたフィアの剣をシロンは余裕を持って防ぐ。


「まだまだっ!」


 フィアは激しく打ち込んできた。

 右から、左から。そのどれもをシロンは受け流す。

 十数回打ち込んだフィアは、後ろに飛び退いた。


「ちぃ、余裕だな……では、これならばどうだっ!?」 

 

 何か来る、と一瞬身構えたシロンであったが、フィアは真っ直ぐ突っ込んできた。

 そして上段からの打ち込みを繰り返した。


 シロンはその全てを受けきり、後方に跳び、木剣を下ろした。


「まだ終わっていないぞっ!? 構えろ!」

「いや、十分です……」


 シロンはポリポリと左頬を掻く。

 というか、最初に感じた緊張感を返して欲しい。

 言うべきか迷うところであったが、小さく嘆息して告げる。


「フィアさん」

「なんだ?」

「打ち合ってみた感想を率直に申し上げてもいいですか?」

「ああ、忌憚なく言ってくれ」


 褒められることを期待しているのだろう、フィアの目がキラキラと輝き始める。

 シロンは言いづらいと思ったが、彼女のためを思って心を鬼にすることにした。


「まず、攻撃が単調です。動きも直線的で、相手に読まれやすいです」

「っ!? し、しかし、白狼流は押して押して押しまくるのが神髄だ!」

「残念ながら、押されるほどの手数も脅威も、僕は感じませんでした……」

「そんな……では、私は……」


 白狼流で何を学んできたのだろうか。

 打ちひしがれたフィアは膝を衝く。


「シンプルな攻撃であっても、そこに力強さと速さが加われば十分脅威です」


 純粋なパワーとスピードがあれば、小細工など必要ない。

 ある意味潔い、男の剣術だと言える。


「フィアさんには、そのどちらも欠けています。特に力強さに関して言えば、鍛えてどうにかなるものではないかと……」


 差別的な意味ではなく、生物学的な男女の差である。筋肉量は、やはり男のほうが多い。


「じゃあ、どうすれば……っ!?」


 半分涙目のフィアが声を震わせる。


「お、落ち着いてください! フィアさんに合った戦い方、剣術をお教えしますから、大丈夫ですから!」

「……わかった」


 今にも涙がこぼれ落ちそうになるも、頷いてみせるフィアに、シロンは安堵した。


「フィアさんに足りないのは、攻撃のバリエーションだったり、相手の虚を突くしたたかさとかです。剣術の基本は出来ていると思います」

「そうか! だが、騙し討ちのような真似は……」

「気が引けますか? では逆に伺いますが、フィアさんは将来、騎士になるつもりですよね?」

「ああ、そのつもりだ。騎士となり、北部騎士団に入り、故郷の平和を守りたい」


 それが先の話とどう関係があるのだ、とフィアは首を傾げる。


「北方は帝国とのが今もなおあり、その矢面に立っているのが北部騎士団だと聞いています。小競り合いとはいえ、実戦には違いないでしょう? きったはったの命の遣り取りをするのに、剣の綺麗も汚いもないと思いますが?」

「それは、そうだが……」

「フィアさんのお気持ちはわからなくもないですが、はっきり申し上げます。もし、今あなたが戦場に出れば、間違いなく命を落とします」 


 ただ殺されるだけでは済まない。うら若き女で、かなりの美人ともなれば、敵にとっては格好の慰み者だ。

 シロンはそこまで口には出さなかったが、女であるフィア自身も、それは気づいているのだろう。ビクリと体を震わせる。


「そうならないための剣をお教えするつもりです。だから、一旦、白狼流は置いて、僕の指示に従ってください」

「わ、わかった!」

「じゃ、早速はじめましょうか」


 シロンは、いまだ膝を衝くフィアに立ち上がるように促した。

 それから彼女は、シロンの言いつけに逆らうことなく木剣を振るう。

 飛び散る汗もそのままに、夕日に染め上げられながら励んだ。

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空と風のまにまに 吉高来良 @raira_yoshitaka

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