第五章 剣舞祭
珍客
ヨーランたちと別れたシロンは、ほどなくしてレイラたちと合流した。
デートの最中にいなくなるとは何事か、と怒られたが、彼女たちはオーガの件について、まったく覚えていなかった。
直接、対峙したはずのメイドたちも「何の話ですか?」と首を傾げる始末である。
ヨーランたちの仕業だ。
彼らは記憶を消去する魔法を王都全域に施したのだ。
メイドの一人が、見知らぬ記者と肩を組んで貴族街に向かっていた、と不思議そうにしていたので、間違いないはずだ。
その記者が書いたと思われる記事が出回り、シロンは大いに頭を悩ませた。
なんせ四大貴族の二家が絡んでいるのだ。
王都の人々は、その青い三角関係の行方を固唾を飲んで見守っているのである。
当事者であるシロンは外を歩きにくくなり、逃げるように研究に没頭していった。
しかしながら、空を飛ぶ箒、その要となる動力機関の開発は難航していた。
先史文明で大活躍していた飛行艇をヒントにしているが、飛行艇の燃料は
魔晶石は大地を走る魔力、地脈の溜まりから生じる、魔力の塊である。
地中に眠っているのが常で、鉱石を採掘する鉱山からよく出ていた。
飛行艇の燃料のみならず、当時、日常的に使われていた魔道具のエネルギーとして活用されたので、現在は掘り尽くされ、入手不可能なのだ。
いざ動力機関を形にしても、魔晶石に代わる何かを見つけなくては、動かすことができない。
どうしたものか。シロンはウンウン唸りながら日々を過ごした。
気づけば二ヶ月半もあった夏休みは終わってしまった。
耐えがたい暑さが落ち着き、秋の気配がしてきた頃、とある人物がシロンを訪ねて来た。
カークランド王都別邸の自室にいたシロンは、エマに呼ばれ、応接室へと赴く。
テーブルを挟んだソファには、クローディアとレイラが並んで座り、反対側に見知らぬ女性が座っていた。
金髪碧眼の整った顔立ちをしているが、スカートではなくズボン姿である。
傍に執事らしき初老の男性を侍らせていることから、貴族だとうかがえる。
「おお! 待ちわびたぞ!」
シロンが入室して来るなり、彼女は立ち上がり、つかつかと歩み寄ってくる。
姿勢も良く、歩き方に隙がない。
何らかの武芸を身につけているに違いない。シロンはそう直感した。
「間近で見るとまだ若い、いや幼いな」
「え、えっと、あの……?」
見下ろしてくる彼女に困惑しながら、シロンはレイラたちに助けを求める。
「ちょっと、あんた! 初対面なんだから、まずは名乗りなさいよ!」
「おお、そうだったな」
シロンとの距離が近いことへの苛立ちを前面に出すレイラに、気後れすることなく頷いた彼女は一歩下がり、シロンに向き直る。
「申し遅れた。私はフィア・クロー・ノースモアだ。以後、お見知りおきを」
「ご、ご丁寧にありがとうございます。僕はシロンです」
フィアと名乗った彼女が一礼するので、シロンもつられてぺこりとお辞儀した。
「知っている。辺境の我がノースモア家にも、その名は轟いているぞ」
フィアがふふと微笑む。
ノースモア家は、帝国と隣接する北方一帯を治めている辺境伯家――四大貴族の一つである。
北方は、極寒の地より幾度となく攻め込んできた帝国軍を、悉く撃退した精強な北部騎士団のお膝元でもある。
その北部騎士団を率いるノースモア家も武闘派として知られている。
先ほど覚えた直感は当たっていたのだ。ノースモア家の次女であるフィアといえば、北方で盛んな
その彼女が自分に何の用があるのだろうか。シロンは訝しみながら、「それは、どうも……」と曖昧に返事した。
そんなシロンの態度を気に留めることなくフィアは続ける。
「今日、訪ねたのは頼みがあってのことなのだ」
「どういったことなんでしょうか?」
「実は私に剣の稽古をつけてほしいのだ」
「へ?」
「先日のウィンドルフとの決闘を拝見させてもらった。魔法使いが本職だと聞いていたが、いやはや、その辺の剣士も霞んでしまうほどの実力を持っているとお見受けした」
正直、あのときは本気を出すまでもなかった。
しかし、見る者が見れば、その実力を推し量ることは容易い。
だが、シロン自身、自分が強いと思っていない。
ランドルフが本気になれば敵わないし、先のオーガ騒動で出会ったエルフの兄妹とも、真剣にやり合え負けるだろう。
もっとも、比べる対象の凄さを正しく理解していないことは、自覚していないが。
「しかもその若さでだ。頼む! どうか、私に剣を教えてくれ!」
「え、いや、その……」
頭を下げるフィアに、シロンはオロオロしてしまう。
ハッキリ言って、気が進まない。
レイラとアルマとの関係を面白おかしく書き立てられたため、ほとぼりが冷めるまで大人しくしていたいし、何より、遅々として進まない研究をどうにかしたい。
最近では、魔法学院の授業でさえ億劫に感じるのだ。研究に専念する時間が欲しい。
だが、面と向かって一生懸命に頼み込まれると弱い。
困っている人がいたら助けてあげなさいという両親の教えが骨の髄まで染みこんでいるシロンは、うーんと唸ってしまう。
「あんた白狼流を皆伝しちゃったんでしょ? シロンに頼まないで自分で修行でも何でもやったらいいんじゃないのっ?」
シロンに悪い虫を付かせたくないレイラが横やりを入れる。
が、それはシロンも疑問に思ったことだ。
白狼流がどのような剣術なのかは知らないが、一流派を極めたのだ。わざわざどこの馬の骨とも知らぬシロンに教えを請う必要もないだろう。自らで研鑽して高めるなり、
「確かに私は白狼流の免許皆伝者だ。あの厳しい修行の日々は、血と肉になり、今の私を作っている……しかし、だ!」
フィアはグッと拳を握る。
「世界は広い! 今、通っている武芸学校でも首席を取ることは叶わん!」
白狼流を極めたフィアをもってしても一番になれないほど、武芸学校のレベルは高いらしい。
だが、それは至極当然のことだ。
趣味の芸事だろうが仕事だろうが、何事においても終わりはない。やればやるほど新たな課題が見えてくるものである。
「確かに上に上がいるものよね……」
わかるわー、と言いたげにレイラは嘆息した。
「そうだ。たとえ首席の者であっても騎士団の方々にはかなわん。私は白狼流で甘やかされていたのではないかと、ここ最近、思うようになってきたくらいに、見上げるとキリがない」
「フィア様は――」
「フィアでいい。敬われるほどの功績を残したわけでもないからな」
畏まるシロンを遮ったフィアは、自嘲気味に笑う。
「では、フィアさんは騎士団の方々にも勝てるくらい強くなりたいと?」
「そうだな。それぐらいでなければ
「えっと、その剣舞祭というのは?」
「知らんのかっ!?」
「え、いや、はい、すいません……」
「謝ることではないが、シロン殿ほどの腕ならば招待状が届いているはずだが……?」
無知を謝罪するシロンをフィアは訝しむ。
「そういったものは受け取っていないんですが……」
シロンは咄嗟にレイラに振り返る。
「なによ?」
「いや、なにか知ってないかなと思って」
「わ、わたしが知るわけないでしょっ? あんたのお母さんでも、お、お嫁さんでもないんだし……」
最後は俯いてゴニョゴニョするレイラの様子を、普段は一緒に住んでないのだから、それもそうかシロンが納得していると、それまで黙っていたクローディアが扇をパチリと閉じる。
「ああ、コレのこと?」
クローディアは大胆に開かれた胸元から一枚の封書を取り出す。
「どこにしまってんのよっ⁉︎」
「一度やってみたかったのよね」
悪びれないクローディアが「開けてみても?」と聞いてくるので、シロンは頷く。
「……シロンちゃんへの剣舞祭参加の要請ね。なんなら審判を務めても構わないと書いてあるわ」
「……それ、辞退することってできませんかね?」
「残念だけど無理ね」
「え?」
「返答がない場合は参加する意志があるとみなすらしいわ。そして返答期日は昨日」
「そんな……ちなみにそれが届いたのって?」
「いつだったかしら……」
クローディアは控えているエマに視線を送る。
「確か、一昨日の朝だったと記憶しております」
「返答期間、短っ⁉︎」
シロンは強制参加させようとする剣舞祭関係者の作為的なモノを感じざるを得ない。
「ま、シロンちゃんなら問題ないでしょ」
「ええ。最低でも優勝するでしょう」
クローディアとエマが頷き合う。
「評価していただけるのは嬉しいんですが……」
とにかく出場したくない。
やはり時間が惜しいシロンは苦笑いを浮かべる。
「なるほど。では私がシロン殿から一本取れるようになれば、優勝することも夢ではないということか……っ!?」
フィアは拳を握り、目を輝かせる。
すると、レイラがシロンの袖を引く。
「あんた、どうすんのよ? もう稽古受けるつもりでいるわよ?」
「うーん……正直に言えば、お断りしたいんだけど、直接頼まれちゃうと弱くて……」
「はっきりしないわね」
「っていうか、剣舞祭は出たくないんだけど……ちなみに、それ凄い大会なの?」
「そんなことも知らないのっ!? って、あんたはそういう奴だったわね……王国には三つの武芸大会があって、一つ目は〝
つまり、一番ガチなやつである。
シロンはレイラに「教えてくれてありがとう」と礼を言って、嘆息した。
「シロンちゃん」
クローディアが呼ぶので、シロンは向き直る。
「引き受けて差し上げなさい。そうじゃないと……お帰りになられそうにないわよ?」
クローディアは苦笑しながら、フィアに視線を向ける。
フィアは三つ指をついて、シロンに土下座する。
「ふつつか者ではありますが、どうかよろしくお願いします、師匠……!」
師匠と呼ばれる筋合いはないと喉元まででかかったが、確かにテコでも動きそうにないと判断したシロンは、フィアの頼みを聞いてあげることにした。
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