宇宙の電撃戦(ゲレ・エクレール 4)

「旗艦カタリナ・ケートヒェン・フォン・ハイルブロン三世の反応、消失しました‼」

「第八歩兵分艦隊旗艦チューリッヒより入電!『我後方より攻撃を受けたり、会頭し応戦を試みるも間に合わず!』」

「前方の敵艦隊、前進を開始!このままでは押しつぶされます!」

「戦艦ラインフェルデン応答せよ!」

ひっきりなしに報告が飛び交う艦橋の中、まだ少壮の将官であるカール・ゾンネフェルト准将はいつか来るであろう終わりの時が今であったことを悟り、その結果を受け入れようとしていた。

突然の急襲であった。次なる作戦行動を行わんと星系Rに展開したキルヒハイム艦隊がワープ直後に索敵範囲内に収めたのは圧倒的速度で突入してくる敵艦隊の姿であった。

キルヒハイム中将は即座に艦列を立て直そうと尽力したはいいものの時間のなさと性急な命令がかえって仇となり、混乱の中で艦隊は二つに分けられた。ボグロフスキー艦隊から敵艦隊来襲の恐れありとの報を受けたのはその三十分後、あまりにも遅い報告であった。

後方の艦隊でキルヒハイム提督より一時指揮を委ねられたのが彼であった。彼は分艦隊群に広がる混乱を行動が可能な範囲まで収拾し、密集し横隊を組んで敵の攻撃を何とかいなすことに集中した。

左方に小規模な小惑星群があったのが何よりの救いであった。彼はこれを最大限に生かすこととし、その隙間を動ける規模の部隊を配した。

その代わりに右翼に四千隻ほど配置し、さらにそれにより薄くなるであろう中央に部隊の一部を迅速に配置換えできるよう部隊配備にも気を配った。

こうして敵の息切れを狙いそこから突破を図ってキルヒハイム中将の本隊と合流するというのがこの会戦における彼の構想であった。が、それもすべて無駄になってしまった。

キルヒハイム中将の部隊を担当していたと思わしき部隊が多大な犠牲を払い突撃を敢行、その後に続く総攻撃により中将は直衛部隊ごと大宇宙の宇宙ゴミと化したのだ。

本隊はもはや頭を落とされ組織的抵抗力を失い、殲滅されるがままになっていることであるだろう。救援を求めることなど土台無理な話だ。

そして今まさしく彼の指揮する七千隻は前方と後方から迫りくる敵の牙にかみ砕かれようとしていた。前方の敵は突如として激しい砲火を浴びせかけ、その数時間後に回り込んだ千隻ほどの敵支隊が後方から突撃をかけてきたのだ。それと同時に敵艦隊は前進を開始し、しばらく何もしなければ七千隻の戦闘用宇宙艦艇が瞬く間に宇宙ゴミに変換されるであろう。

降伏信号を送るという選択肢は彼にはなかった。叛徒が帝国に対する憎悪によって成り立つ国である以上、彼らに降伏するという選択肢は帝国軍人には存在しないものであった。

「閣下、急ぎ指示をお願いします!閣下!」

参謀長のバッチャーニ・フェレンツ大佐が吠え立てるように叫び、指揮官に打開策を求めた。

「大佐、もう無理だ。数でも戦況でも逆転された。こうなってしまったらもうどうしようもない。帝国憎しの彼らのことだ。いまさら降伏したところでそれを受け入れてもらえないだろう。完全なるチェックメイトだ。」

「諦めないでください!まだ我々の組織的抵抗力は残っています!せめて敵に一矢報いるなりなんなりしましょう!」

「その組織的抵抗力ももうすぐなくなるというのにか?我々には時間も、戦力も、もう何もないんだぞ!」

カールはそう言うと深くうなだれて激しくため息をついた。今までのストレスがここにきて爆発する形となった。

無責任なことを、とフェレンツは思った。確かに戦力も時間も残されたものは何もない。時間が来てしまえば挟まれて組織的抵抗力すら失い、本隊と同じく宇宙の藻屑となることだろう。

かといって抵抗を投げ出してもいいのだろうか?この部隊の兵や士官は彼を頼って戦ってきたのではないか?そんな彼らをできるだけ多く生かす手立てを最後まで考えるのが指揮官の本懐のはずなのに。

「・・・!!」

フェレンツは何を思ったのか、眼前の、諦めきっており精も根も尽き果てたような表情をしている上官のその表情を見やると、彼の頬をぴしゃり、と打ち付けた。

「・・・!!!貴様、一体何をする!!ついにどうかしたか!」

「どうかしているのは閣下の方です!指揮官たるものが兵を一人でも多く生かすよう努力しないでどうするのですか!」

フェレンツは息を荒げながら眼前で絶望と諦観の念に打ちひしがれた指揮官を叱咤した。

「もう逆転は望めないんだぞ!このまま死を待つばかりなんだぞ!皇帝陛下は此度の敗戦をきっとお許しにはならん!どっちみち死ぬしかないんだ!」

フェレンツは再び殴りたくなる気持ちに襲われたが、ここはぐっと我慢して試衛館の説得を続けることにした。彼としてはこれ以上これから先の軍法会議で罪を問われたくなかったからだ。

「司令、彼らをご覧ください。今目に見える範囲で懸命に働く彼らを、です。」

カールはフェレンツの指示した手の先、オペレーターらに目を向けた。

彼の目に映ったのは様々な目を向けたオペレーターたちであった。ある者は今や情けない姿をさらした司令官に対する失望の念を、ある者は状況を切り抜ける指示を待つ懇願の目を、またある者は先ほどまで奮戦していた司令官なら何とかしてくれるといった期待の目を、それぞれが彼の向けられていた。

「次に周りの者をご覧ください、彼らもまた懸命に働いています。」

カールは周りをぐるりと見渡した。

そこにはオペレーターらと同じ目を向けた幕僚らがいた。フェレンツは当然として作戦参謀のゴルヴィッツ、情報参謀のノルデン、後方参謀のキュスティーヌらが彼らと同じ目をして見つめていた。

「分かりますか、司令。彼らは大なり小なりあなたを頼っているんです。あなたを頼るしかないんです!指揮官とは、兵とともに勝利も敗北もすべて背負う者でしょう!一兵でも多く彼らを生かすんです!まだ組織的抵抗力も時間もあります。生存者を一人でも収容しつつ、ボグロフスキー提督の艦隊と合流しましょう!他ならぬ、全ての兵のために!」

フェレンツがカールに出来た精いっぱいの、そして一世一代の諫言であった。もはや軍法会議でどのような罪にかけられたっていい。生き残ることに比べれば小さいことではないか。

一方のカールの心中といえば先ほどの絶望と諦観の念が一転して上から目線で説教を垂れる部下に対する怒りに変わり、しばらくたってどうも自分の有様を客観視したらしく、今度は一転して恥ずかしさが込みあがってきた。自分は彼らのことも考えもせず、その責任から逃げようとしていた。むしろ怒りがこみ上げる有様だったのだ。彼らを生かさないまま死ねば卑怯者として扱われるのではないか。誰にでもあるような自尊心が彼の気持ちを少しばかりであるが上向きに押し上げていた。

カールは額に手を当てて三度、首を横に振ると、立ち上がって「ありがとう。私はまだ卑怯者にはなれないな。」とフェレンツに対して礼を言った。

「大言壮語を吐いたのだ。大佐、作戦はあるのだろうな。」

「即行のものですがあります。ゴルヴィッツ中佐、例のファイルを。」

ゴルヴィッツ中佐ははっ、と返答すると作戦が映された端末をカールに手渡した。

「少し粗がありますが、これならなんとか行けます。」

ファイルに目を通してみるとなるほど即行で作ったのは嘘ではなく多少は粗のある作戦であるのがよく分かる。が、それを考慮してもなお理にかなった作戦案ではある。カールは作戦ファイルに穴が開くかの如く目を通しながらそう言った感想を抱いた。

「…なるほど。急ごしらえのものとしては悪くない作戦案だ。大佐、さっそく第三騎兵分艦隊に連絡を取ってくれ。一世一代の大博打だ。期待はずれにさせるなよ?」

カールは端末をゴルウィッツ中佐に渡しながら、先ほどとは打って変わって覚悟を決めた顔でフェレンツにそう言った。


天暦一五三三年十月十六日午後四時十三分二十五秒のことであったと言われている。

共同体軍に分断され包囲された帝国軍部隊にとどめを刺すべく司令官クレアス・ラザフォード中将は前後より挟撃を試みようとした。

いよいよその咢が閉じられようとしたその時、帝国軍艦隊に動きがあった。部隊を大小二つに分け迫る共同体軍に相対する形となったのである。

当初クレアスとその参謀オイゲンは敵が抵抗を諦め、なるべく多くの艦を道連れにしようと試みているものであると考えた。が、敵が体勢を立て直す前にアンブリス分艦隊が敵を食い破ることには変わりない。彼らの運命はどっちみち変わらないのだ。と結論付けるに至った。

接敵まであと一光秒の距離となったその時である。何を考えたのか帝国軍はアンブリス艦隊に対して突撃を仕掛けてきたのだ。

アンブリス艦隊に相対していた帝国軍艦隊は総数六千三百隻のうち五千七百隻であった。

五千五百もの突撃を食らったアンブリス艦隊は当然ながら大混乱に陥った。圧倒的多数の敵が突然突撃をかけたらだれだって混乱に陥るのは当たり前のことであった。

しかしそこはアンブリス少将であったのか混乱を速やかに収束させたがその時になるともうすべてが遅かった。敵艦隊は包囲の外に出てすでにワープに入っていたのである。

この時アンブリス艦隊が受けた損害は千二百隻中四百隻ほどであった。

クレアス、オイゲン、アンブリスがこの無謀ともいえる突撃に唖然とした後、残って交戦していた艦隊の降伏信号を受け取ったという。会戦ののちこれらの部隊を見分するとすべてが無人操艦モードに切り替えられていたという。

こうして「一五三三年度のペルセウス腕叛徒討伐戦」あるいは「第三十六次革命防衛戦争」の第一線たる「ストゥントレン星域会戦」は、一応は統合共同体の勝利に終わった。が、この会戦だけで五千隻ほどの損害を生み出した統合共同体宇宙軍は、その後の増援部隊到来までしばらく動けない状態になったことと引き換えであった。

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千億の光、遍く世界を見守り マツヒラ カズヒロ @kuwakaz999

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