宇宙の電撃戦(ゲレ・エクレール)3

星系Rことストゥントレン星域にて行われた会戦は、終始先手を取り続けた統合共同体対帝国部隊の優位に進んでいた。

敵艦隊のワープアウトの際に生じた艦列の乱れをキルヒハイムが立て直すことを図っている間に持ち前の機動力をもって接近した対帝国部隊はその横っ腹に大きく風穴を開けることに成功した。

この際に敵艦隊が前後に大きく分断された隙をヤン・シェモヴィト司令官は見逃さなかった。部隊を第四・第六の二つに速やかに分けて包囲殲滅を図ろうとしたのである。

第四艦隊司令官のクレアス・ラザフォード中将が担当したのは後方に分けられた部隊である。

「大胆な機動と突撃により分断、速やかに包囲殲滅に移る、ですか。まったく、教科書に載っているのを再現したかのような鮮やかな機動戦術だ。」

第四艦隊参謀長のフリッツ・オイゲン大佐は作戦用スクリーンに目を凝らしながらそうごちた。

もっとも、クレアス提督の作戦立案能力だけでは作戦が成立しないということは理解していた。ヤン中将の鍛え上げられた部隊運用能力により速やかに殲滅に移れたのだ。そういう意味ではオイゲンはヤンの艦隊運用能力を認めていた。

現在のところの戦況は第四艦隊一万一千七百八十二隻が密集している七千隻と思われる敵艦隊を半包囲しているところであった。

このとりかかっている敵がたいへん厄介なもので敵の旗艦が存在している部隊と分断されているにもかかわらず、どうも指揮系統が乱れてはおらず速やかに立て直し、横陣を組み粘り強い防御を行っているのである。

とりわけ第四艦隊から見て左翼、小惑星帯を境に展開している帝国軍部隊の抵抗はすさまじいものであった。この部隊は千隻ほどの小規模な部隊であったが閉所を巧みに用いて防御し、時には小惑星帯から進出して攻撃をかけ無視できない損害を与えるこの部隊は到底見過ごせるものではなかった。

「半包囲に追い込んだ以上いずれは擦り切れるだろうが、これではこちらも支障を与えるほどの損害を被るだろうな。」

クレアスは神妙な顔つきで立体スクリーンを眺めながら唸った。

「情報参謀!第六艦隊の状況は?」

クレアスは情報参謀のミハエル中佐に友軍の状況を問うた。

「第六艦隊は多少苦戦しておりますが犠牲を覚悟しての突撃が功を奏し敵本隊への肉薄に成功、敵旗艦を射程内に収めております。」

この分だと増援に回せる数はあまり期待できないだろう。報告を聞き第六艦隊の損害データをにらみながらクレアスはさらに唸った。

現時点における第四艦隊の損害は二千五百であるがこのまま鉄壁の防御を敵が維持し続ければうなぎ上りに上ってしまうだろう。それでは出世に響いてしまう。結集党書記長を最終目標としている彼にとって現在の状況は何としても打開すべき状況であった。

何とか後ろに回り込みさえすれば好転はするのだが。

「どう打開する?」

確信が持てなかったのか、クレアスはオイゲンに意見を求めた。

「普通の戦場なら左翼を突破して回り込むべきでしょうね。ですが左翼は御覧の通りだ。ならば右翼か中央の突破を試みるか迂回して後ろに回り込むべきでしょう。」

突破を試みるのはクレアスも同意見であった。しかし中央ともなれば速やかに合流できるよう配置してある右翼の部隊から抽出されて中途半端な結果に終わるだろう。

かといって右翼はどうか。これも厄介で左翼、中央と比較してかなりの数が配備されており、なおかつ縦深も厚い。

「別動隊を編成して繞回進撃をさせるのはどうだ?」

繞回進撃、すなわち回り込みをさせるという案は彼が第二案としていたものであった。というのもわざわざ時間をかけて敵の後ろを衝くというのは右翼なり左翼なりを突破するのに比較して時間がかかるうえ、迂回を試みた部隊が途中で敵艦隊に察知され、抑え込まれるなり場合によっては殲滅されてしまったらかえって戦力の浪費になりかねないからであった。そんなことになれば党内での彼の立ち位置が危ういものになるが、成功すればおつりが返ってくるほどの名声を得るだろう。もっとも、肝心なのはもう一つの敵艦隊を殲滅できるかどうかであるが。

クレアスはこの部隊の編成にあって可能な限り高機動、高速力の艦船をもってこれに当たるつもりだった。幸いにも第四艦隊が参謀長であったクレアスの戦術思想のもとに編成されていたこともあり、高速艦艇は約四千隻とほかの艦隊よりも多めに配備されていた。

「まあ、やってみる価値はあるでしょうね。仮にやるとしたら別動隊は誰に指揮をさせるのです?」

「第三分艦隊のアンブリス少将に指揮させる。あいつなら無茶な行軍でも十分こたえてくれる。」

クレアスは敵艦隊突入の際に先鋒を務めた指揮官、アンドリュー・アンブリスの名を挙げた。彼の真価は共同体の艦船の特徴を十二分に生かした速度戦にあり、繞回進撃の際十全に戦果を挙げるだろうと見越しての人選であった。

「私としてはコナリー少将でも行けると思いますがね。まあいいでしょう。」

「コナリーは別の局面で活躍してもらう。あいつに任せるには向いてないからな。」

クレアスはそう言ってから「アクイレイアにつなげ。」と情報参謀とその麾下の通信スタッフに命令した。

程なくして第三分艦隊旗艦アクイレイア、すなわちアンブリス少将の座乗艦に通信がつながった。

通信スタッフとの間でいくつかのやり取りを終えると、クレアスの前に一つの、少将の階級章をつけた将官服を着込んだ長身の影が現れた。

「参謀長、いや今は野戦任官で司令官殿か。第三分艦隊に何か用か。」

長身の提督は言葉の節々に嫌味を込めながら何用か尋ねた。長い間戦場一筋に生きてきた彼にとってみれば党とべったりで出世欲だけは大きい頭でっかちのクレアスは最も苦手な人物であった。

「アンブリス少将、これから前方で厭味ったらしく抵抗を続ける敵艦隊に対してとどめを刺そうと思う。貴官に頼みたいのはその第一段階だ。」

クレアスにしてみてもアンブリス少将は能力だけは評価していてもその性格と主義主張だけはどうしても好きになれなかった。党軍関係を肯定するクレアスと否定するアンブリスはお互い一つ違いの先輩と後輩であるがどうしてもクレアスにとっては先輩とは認めたくなかった。

「ふん、貴様のさらなる出世のための第一段階か。」

「成功すれば貴官にも功績が出る。お互いのためになるじゃないか。」

「…で、何をすればいい?」

アンブリスは腕を後ろに回して一寸呼吸すると自分のなすべき役割を尋ねた。

「繞回進撃を試みる。そのための別動隊を編成するので貴官にはそれの指揮を執ってほしい。編成は高速艦中心で千隻ほどだ。」

「私は本当に運が悪いな。憎たらしい後輩が司令官代理でそいつが死んで来いと命令する。」

「何も死ねとは一言も言っていない。敵がそちらに回してこないよう全力で食い止める。貴官はただ敵の後ろを衝けばいい。そのあと我々が前進して敵をかみ砕く。」

「ふん、簡単に言ってくれるな。」

「貴官は我が部隊が敵艦隊の横っ腹に突貫するときに見せたはずだとは思うのだが。それとおんなじことだ。」

アンブリスはやれやれといった様子で首を左右に何回か降った後、顔を再び通信装置に向けて

「了解した。至急艦船や航路等のデータを整えてこちらに送れ。お望み通り敵を食い破ってやろうじゃないか。」

と言うと、もう二度と顔も見たくないとばかりに通信装置を切ったらしくすぐに立体通信装置から消え去った。

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