宇宙の電撃戦(ゲレ・エクレール)2

「斥候として先行させている第一七駆逐隊によれば敵艦隊の動きはどうも変なのです。」

「変とはどういう訳なのかねヴァルテマール少将、説明したまえ。」

立体通信越しに如何にも武人然とした厳つい大将に内心苛つきながらルドルフは旗下の部隊が掴んだ敵艦隊の動向から感じたおかしな点を報告していた。

「敵艦隊は我が艦隊が補足してから付かず離れずの距離を維持しているのです。我が艦隊が二分してからでも同じで相も変わらずこれを維持しています。」

「どうせ補給切れを狙って襲い掛かる寸法だろう。叛徒どものことだ。卑しい戦略しか考えていないだろうよ。」

厳つい大将ことボグロフスキー大将はかか、と笑い飛ばしながらそう言った。

「…小官としては二分した艦隊の距離が離れ次第どちらかに襲い掛かるものであると愚考します。ここは鎮撫軍第二艦隊と合流し速やかに敵要地の奪取を行い、補給線を断ち切るべきかと。」

「貴官は同数の敵に質で勝る我が帝国艦隊が敗北するとでも思っているのか!?それに第二艦隊の指揮官はキルヒハイムだ!戦場の冷厳帝とも称される奴が負ける道理がない!」

この無能者めが。古ぼけた名声に酔うのみならず股肱の友を信頼するゆえに柔軟さを見失うとは。堕ちた英雄とはまさしくボグロフスキーのことだ。

ルドルフは右拳を怒りに握りしめながら、じっと前方の立体映像を見やった。

「っ!なんだその目は!やはり蛙の子は蛙、貴様にも父同様反逆の血が流れているようだな!もういい!不愉快だ!その顔を見せるな!」

どうも自分は彼に対して睨みかけていたらしい。ボグロフスキーはおびえたような表情を出してそのような言葉をルドルフに投げかけてから通信装置を切ったらしく、前方に展開していた厳つい男はすぐさま消え去った。

ルドルフとしては腸が煮えくり返ったような気分であった。指揮官としてあるまじき無能をさらけ出した挙句叛徒としての過去をほじくられたからであった。彼としては今すぐボグロフスキーの旗艦「グンダハール」に駆け込んで彼のいかつい顔をたん瘤にまみれた顔にしてやりたいくらいの気分であった。

所詮英雄と元はやされようが彼は旧来の貴族社会に染まった人間だった。ルドルフはその事実を侮辱の言葉とともに改めて思い知ることになった。

「…提督、お気持ちはわかりますが一端落ち着きましょう?司令官が動揺したとあっては兵に示しがつきませんし、何より作戦行動にも支障をきたします。ここはいったん深呼吸して落ち着きましょう?」

副官のマルグリット・レニエ中佐が後ろから落ち着くように促した。この中佐は平民出身でありながらなかなかできる副官であり、ルドルフにとっては前任のレンベルク大尉と並び立つほどのお気に入りであった。

「・・・ああ、ありがとう、レニエ中佐。もう大丈夫だ。」

二、三回、深く呼吸してから、ルドルフは副官に礼を言い、そのまま踵を返して豪勢にあつらえられた旗艦「オルトリンデ」の指揮座に戻り、すぐさに腰掛けた。

「いやはや、良い副官が当たったものですなぁ。器量よし、能力良しとなかなかできた人材だ。私もああいう副官が欲しいもんだ。」

参謀長のシュトロハイムが先ほどの有様を見て感嘆の声を上げた。一言余分でさえなければ十分な参謀長なのだが、とルドルフは思った。

「シュトロハイム、敵艦隊の動向についてだがどう思う?」

ルドルフはいつも一言余分なことを言う参謀長に敵艦隊の動向についての意見を訪ねた。なるべくここで不気味に動く敵艦隊の対処法を練り上げておきたいというのが彼の考えであった。

「まあおおむね提督と同じ考えですな。あれは間違いなくどちらか片方を攻撃するつもりでしょう。都合よく分散させてしまった以上はそれしかありませんからな。」

シュトロハイムは鎮撫軍司令官の作戦ミスを遠回しに攻め立てながら意見を上奏した。シュトロハイムとしてはルドルフと同じく大軍である以上数の利を生かして短期で決戦に持ち込むべきであったと考えていた。

「まず敵は片方を攻撃する際に戦力の完全な撃滅でなく兵力の漸減、可能であれば指揮系統に攻撃を加え事実上の行動不能に追い込むと考えられますな。」

「削りながら一撃必殺を狙うという考えか。戦力が限られている以上はまあ妥当だろうな。」

まったく面白い作戦を考えてくれるもんだとルドルフは笑いながらそう思った。可能であればその作戦を立てた奴を一目見てみたいものだ。もっとも、それが叶うことはないだろうが。

「さて、我が司令官閣下と太鼓判のキルヒハイム中将はどのように対処するのかな?」

ポッポ・フォン・キルヒハイム中将はボグロフスキーと双璧を成すかつての帝国軍を支えた名将であった。ボグロフスキーが攻撃に本領を発揮するのに対してキルヒハイムは防御に定評がある将であるが、最近になってもっぱら精彩がかけてきたと噂されている。さて、少し多いばかりの敵艦隊が襲撃してきた際にどのように対処するのであろうか?

「提督、第一七駆逐隊司令官のコリニー中佐より連絡です。」

通信参謀のシューベルト中佐から旗下部隊、それも先行させてあった第十七駆逐隊から連絡が入ったとの報告がルドルフの耳元に入った。シューベルト中佐は将校としては脂ののった年齢に差し掛かった将校であり、この艦隊の通信参謀に就任するまではかの情報部の剃刀ことアベル・コヴァルチック大佐のもとで働いていた生粋の情報将校であった。

「繋げ。」

数瞬後、先ほどボグロフスキーが移りこんでいた立体映像投射装置は、軍艦の中にいるのが似合わないほどやせこけた男を映し出した。

「やあ提督、一日ぶりですなぁ。元気そうで何よりです。」

「連絡とは何だ。敵艦隊に動きがあったのか。」

「ええ、敵艦隊に動きがありましてね。どの艦隊に向かうかの判断材料になればと思い通信させてもらいました。」

やせこけた初老の中佐は後頭部を頭を右手でかきむしりながらそう言うと、すかさずいくつかの点とそれを結ぶ線からなる立体図を展開させた。作戦宙域、叛徒の間では帝国側国境宙域と呼ばれる宙域図であった。

「まず敵艦隊は星域Dから星域Gへワープアウト、その後二、三日の時間を待って星系Sへと移動しました。」

「つかず離れずの距離を維持しているわけだな。」

ルドルフは星系D、G、Sとアルファベットで割り振られた点とそれを結ぶ線を移動する黄で標識された敵艦隊を目で追いながら敵艦隊の動きを振り返るように言った。

「Sでまた二日ほど待機した後、すなわち先ほどですね。星系Sから星系Rへと移動を開始しました。目下これを追跡中であります。」

黄色の点が帝国側、すなわち星系Rと呼称された星系へと移動を開始しているさまが立体図に映し出された。

「…キルヒハイム艦隊が星系Eにおいて制圧行動を終了したタイミングだな。今は星系Rへのワープインの準備をしている最中だ。」

「左様です。敵は間違いなくキルヒハイム艦隊に向かっております。」

「先手を打って戦場に到着しワープアウト後の艦列の乱れを突いて壊滅させる気か。」

キルヒハイム艦隊を表す青い点と黄色の点が星系Rと呼ばれる点で重なり合った。おそらくここで最初の会戦が帝国の圧倒的不利という形で行われるだろう。果たしてあの精彩を欠いたキルヒハイムにそれが防げるかどうか。

「分かった。無駄だろうがボグロフスキー提督にも伝えておく。第十七駆逐隊は引き続き敵艦隊の監視を行うように。」

「それは殺生ですなあ。キルヒハイム艦隊と合流しろとおっしゃるのですか。」

「いや、合流しなくてもいい。可能な限り距離をとって敵艦隊の動向を行え。」

「左様で。」

そう言ってから初老のやせっぽち将校は通信装置から消えるように姿を消した。

「それで、ボグロフスキー提督にはどのように報告を?」

シュトロハイムは作戦上の主君たるルドルフのさらに主君、ボグロフスキーに対してどのように報告を行うかを尋ねた。

「通信文による報告を行え。あのようなことを言った男だ。顔を出す義理はない。」

「提督もお人が悪いようで。まぁ、これでボグロフスキーも冷や水を浴びせられるでしょうな。」

「さあな。冷や水を浴びても案外ケロッとしているのかもしれないぞ?」

「あの男に限ってそれはあり得ますなぁ!」

シュトロハイムはそう言うと、艦橋に響くほどではないが、近くにいるものにはよく聞こえる響いた笑い声を出して笑った。

キルヒハイム艦隊と敵艦隊の衝突の報がグンダハールに届いたのは、それから一時間も満たないほどであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る