天暦一五三三年十月 宇宙の電撃戦(ゲレ・エクレール)

宇宙の電撃戦(ゲレ・エクレール)1

惑星ウルティマの統合共同体首脳部は一種のパニック状態に陥っていた。諜報部と連動した通商破壊作戦が壊滅したのみならずそれを口実に帝国軍がペルセウス腕に攻めてきたためである。

首脳部によれば共同体の他二正面で作戦を行っている帝国はせいぜい二万から三万の兵力で攻めてくるものであり、対帝国部隊二万五千八百三十二隻で十全に防げると考えていたわけである。ところが今回攻めてきた兵力は四万五千隻という大兵力であった。

彼らにとっての不幸はこれだけではない。いざ迎撃作戦をとろうとした司令官ミハイル・ネメチッチ上級大将が突如倒れ、まもなく死亡したのである。五十五歳、死因はくも膜下出血であった。

指揮権は同部隊を構成していた第六艦隊司令官ヤン・シェモヴィト中将に引き継がせることで事なきを経たものの問題はネメチッチが率いていた第四艦隊の方であった。上級大将亡き後の第四艦隊の現時点での最高階級は少将であり、同階級の保持者が参謀長と各分艦隊司令官に多数存在していたからである。

紆余曲折あって結局は参謀長の方に野戦任官で中将に昇進させ、第四艦隊臨時司令官と作戦部隊副司令官の職に据え置かれることとなった。

そのようにして臨時司令官に出世した元参謀長クレアス・ラザフォード中将は、その吊り上がった眼に笑みを浮かばせて、立体通信映像に浮かび上がった一人の男とこれからの作戦行動について議論を交わしていた。男の名はヤン・シェモヴィト。対帝国作戦部隊の臨時司令官であった。

「どのような理由であれ、敵は中央宙域進軍の橋頭保としてヴェルケラエ星域を通ることとなる。ここで決戦を挑むべきではないだろうか。」

如何にも垂れた顔をした中将は統合共同体全域図の中間地点、星雲の中に存在する点を指しながらそう言った。

「確かにヴェルケラエならば効率的な防御によって出血を与えることができるでしょう。ですが、敵は二万隻ずつに分散して行動しているのです。これはすなわち各個撃破してくださいと言っているようなもの!今こそ革命軍の伝統、電撃的な攻勢に移るべきです!」

クレアスは立体星図の敵艦隊行動地域、すなわち帝国側国境地域を指さしながら自信に満ちた笑顔でそう言った。

「しかしだな。」中将は咳払いしてから「その作戦の場合一方に壊滅的被害を与えたとしてもこちらも目減りしているだろう。その状態でもう一度決戦を挑むつもりかね。」と不満そうな声で指摘した。

「一方に壊滅的被害を与えるころになれば中央からの援軍も到着するでしょう。速やかにそれと合流ししかるべき補給を行ってから敵艦隊に再度決戦を挑めばいいのです。」

「簡単に言ってくれるな。合流途中にどちらかに攻撃を仕掛けられた場合は?」

「中央にはなるべく高速艦艇を動員させるよう要請しておきました。あとは司令が敵の位置を警戒していれば難なく合流できることでしょう。」「

「高速艦艇か。まあ注文通りになることを期待しようじゃないか。」

中年中将は咳ばらいを二、三回してから「ヴェルケラエでの会戦は第二プランとして組み込んでおく」といい、クレアスの眼前から霞のごとく消え去った。

「ふん、退役意識だけは旺盛なおいぼれめ。」

クレアスは先ほど通信した老人に対して軽蔑の意を込めてつぶやいた。

「あなたもいつかはそのおいぼれになるんじゃないですかね。人が生物という枠組みに囚われている以上老いからは逃れられませんよ。」

彼のつぶやきに対して後ろからニヒルなセリフで返す者がいた。元作戦参謀で現参謀長のフリッツ・オイゲン大佐であった。

「おいおい、オイゲン。俺はあのおいぼれとは違ってああなる前には手を引いてよい老後を過ごすぞ?」

「その前に党書記長になるんでしょ?安心した老後になるとは思えませんね。」

「絶対的な権力を握れるようにしたらそうはいかなくなるだろう。誰も老後には手出しはしようとは思うまいよ。」

「さあ、どうだか。そんなことより。」

オイゲンはそう言って軍用の携帯端末をクレアスに渡した。端末には自らが提案した電撃戦(ゲレ・エクレール)と題された作戦が電子の二次元上で一連の流れを演じていた。

「もうちょっと改良が必要かなとは思いました。」

「具体的には。」

「この第一段階、仮称第二任務部隊の撃滅の後についてですが、ここから先に通商破壊のニュアンスを詰め込ませることはできませんかね。」

クレアスは一瞬ほど思考の海に身を沈め、それから瞬時に引き上げた。

「部隊を分散させて補給を断たせようってか?なかなかいい案だがまとめて攻めてこられたらおじゃんだ。」

「違います。補給の大本を断ちます。」

「まさか、テオーデリヒスハーフェンを陥とそうというのか?やめとけやめとけ。あそこを落とせたためしはないんだ。」

クレアスはオイゲンが考えているであろう作戦を否定した。ペルセウス腕とオリオン腕を結ぶ唯一の通路であるビフレスト回廊を塞ぐテオーデリヒスハーフェンは過去七回ほど攻略戦が行われたが強固な防御システムと強力な要塞主砲「バルムンク」によりその全てが悉く失敗に終わった。今回の作戦は迎撃作戦であり攻撃作戦ではないので彼も回廊を超えて攻めるつもりは毛頭なかった。

「いえ、違います。その手前の星系を攻めるんです。テオーデリヒスハーフェンが兵站の要である以上はね。」

「…手前となるとベルフェゴールか。確かに補給部隊は回廊を超えたらあそこを通るしかなくなるな。」

クレアスは回廊ペルセウス側の出口である難所の星系を思い浮かべた。変則軌道をとる二重連星からなるその惑星は、重力バランスの不安定さとそこから生じる小惑星帯の多さから大規模な会戦には不向きとされる難所の中の難所であり、天然の要塞そのものであった。そこを大規模な補給部隊が難なく通過し補給拠点をこしらえる帝国の恐ろしさを改めて知った気分であった。

「あそこに部隊を進めたらさすがのボグロフスキーでさえも取って返すはずです。」

「そしてそれを星系内に引き込んで倒すというのがお前の考えという訳か。なかなかいいアイデアだ。だが補給はどうする?一回ドンパチした後だ。弾薬も食料も心もとないだろうよ。」

「それについては閣下が先ほどおっしゃったように指定地点で事前に補給を受けてから進撃させます。」

「なるほど。補給、増援を受けてコンディションを整えてから敵艦隊を回り込んで補給を断つというやつか。」

「さすがにそこまで行くと敵も心もとなくなるでしょうからね。」

「そうだな。」

俺はつくづくいい部下を持ったもんだな。党書記長になったら何かしらの職に就かせることとしよう。クレアスは目の前の亡命者将校を眺めながらそう思った。

「それじゃあその作戦を作戦ファイルにまとめておいてメインコンピューターにぶち込んどいてくれ。ヤン提督へは俺が説明しておく。」

「ありがとうございます。うまくいったら革命英雄勲章ものですね。」

オイゲンは少ししわが目立ち始めた顔に笑みを浮かばせながら冗談を飛ばした。まったく、元帝国人が叛徒の勲章をもらいたがるとはなと元参謀長はそう思った。

「第六艦隊旗艦『クリクスス』より連絡!これよりヴェルケラエ宙域へ歩を進める!貴艦隊も補給を終え次第出航すべし!とのことです!」

いよいよ自らの新たなる栄達のため、そしてその先の栄光のために戦う時が来た。参謀としては何度も戦地に立ったが、指揮官としては初めてだ。彼の心は高揚感と静寂間の入り混じった気持ちに包まれて、第四艦隊旗艦オーギュスト・シャヴィエールの艦橋に立っていた。

「全艦に通達!機関を温め終え次第指定航路にてヴェルケラエに向かえ!以上だ!」

それから数瞬後、第四艦隊は高エネルギーの膜に覆われて外部と艦内の時間の乖離を消し飛ばし、国境地帯の枢要たるヴェルケラエ宙域へと飛び立った。

かくして、歴史の歯車をより速く回すこととなる戦いが、千億の星に見守られながら生起しようとしていた。

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