悲劇の後、歴史の始まり 今上帝アマデウス四世の場合

帝星オルベールの南半球温帯地域に位置する大平原地帯に存在する帝都特別行政区に存在する人類圏最大の宮城にして全人類の統一政体の政治的中枢である大天楽宮殿は絢爛な装飾に覆われた主宮殿と呼ばれる部分を中心に、官公庁を含む大小の建築物、庭園や果樹園、噴水、彫刻、東屋といった建物や設備が美しく配置され、そしてその宮殿を境に南北を帝国の国教たる帝国正教の大神殿を含んだ壮大稀有な大丘陵や大森林、そして帝国のどの都市よりも巨大な都市圏が広がる、まさしく人類世界の覇者の宮城にふさわしい威容を誇る宮城であった。

この宮殿で働く者は侍従、女官はともかく、周囲の官公庁の役人を含めれば軽く十万を下らない数となる。これほどの人数が難なく詰めることが出来る建造物は、人類の歴史を鑑みてもこの宮殿しか存在しないだろう。

宮殿にはベルトウェイやエレベーターといった設備は存在しない。宇宙を背負うものは自らの足で歩まねばならないというのが題目であるがその実これらの設備をこの宮殿に施すとなると維持費含め天文学的な数字が必要となるからである。歴代皇帝の中には先帝エルウィン二世のように輿を使った者やそもそも執務室から出てこなかった皇帝も存在する。

そのような人類が培った建築の精髄ともいえる宮殿の、星辰の間と呼称される部屋にて、何人もの男たちが話し合いに話し合いを重ねていた。

「これ以上の出兵は反対です!ただでさえ反帝国運動、蛮族と二正面に渡り戦線を維持しているのにこれ以上広げるとは愚策も愚策!」

長い髭と五分刈りが特徴的な男、アンブロシウス・フォン・カブラン地上軍大臣が、長机に右拳を強く叩きつけながら、先ほど出た意見に強く反対した。

「財政面から見てもその通りとしか言いようがありません。これ以上出兵に出兵を重ねたら財政の破綻は明らか。どうかご再考を。」

彼とは反対に怜悧かつ穏やかな声で反対したのはブルーノ・フォン・カプルッツィ大蔵大臣であった。

「お二方の意見、相分かった!しかし叛徒の狼藉は目下の大問題ではなかったか。今一度、陛下の意に服さぬ叛徒どもにガツンと分からせねばならぬ!」

左拳で殴る仕草をしながら出兵賛成意見を述べたのはアウグスト・フォン・メッペンドルフ宇宙軍大臣である。カブランとは対照的な髭のない厳つい顔が彼をにらみつける。

「面子だけでは国は成り立たぬ!フリードリヒ大帝はその冷厳さをもってして人類世界に覇を唱えたのではなかったのかぁ!」

「叛徒の侮辱行為は今に始まったものではない!このままみずみず見過ごそうとしたなら帝国の鼎の軽重が問われることとなる!それだけは避けねばならぬのだ!」

「お二方とも、落ち着きなされよ!今は御前会議の最中ぞ!帝国の中核をなす面々が冷静さを失ってどうする!」

宙陸両大臣の対立に内心辟易しながら彼らに自制を求めたのはマカリオス・フォン・カラマンリス航路大臣であった。

「黙って聞いておれば…!!!そもそもこのような事態を招いたのは航路省の怠慢ではないか!貴様らが取り締まりを徹底していればわざわざ戦線を広げるような真似をしないでよかったのだ!」

「然り!そもそもかのアウグスト冷厳帝の時に貴様らがもっと働いてさえいればペルセウスの蛮地に叛徒どもが巣食うという事態を防げたのだ!」

「…我ら航路省の苦難を分かっていないようだな!頭に筋肉しか詰まっていない能無しどもがぁ!」

どうも宙陸両大臣の批判はこの面子にあって秩序を重んじる性分であった航路大臣を激昂させたようであった。星辰の間は先ほどと比べさらに騒がしくなった。

「駄目ですな。」

ブルーノは老眼鏡を右手で治しながら三大臣の馬鹿騒ぎをそう評価した。

「どうも軍人というのは火が付きやすい性分らしい。戦場でならもっと生かせるのだろうが。」

宙陸両大臣を汚物を見るような目で評したのが文民統制論の最右翼アンドリュー・フォン・コーンウォリス民部大臣である。現役軍人を神聖な大天楽宮殿に上がらせたくないと公言するほどの軍人嫌いで名をはせた名士である。

「だから私は軍人を宙陸大臣に加えることに反対だったのだ。ここだけは蛮族を見習うべきだったのに…」

「まあそんなこと言いなさるな。そういえば枢密院議長がこの場に見当たらないが。」

「トヴェーリ公は園遊会だそうだ。」

「派閥を重視してここには来ない、というわけか。国難にあって足元を固めるのがそんなに大事か。」

あの獅子頭がこの騒ぎを見たらどう思うだろうな。もっとも、獅子頭は騒がしいのを嫌うから来ないだろうが。ブルーノはトヴェーリ公の独特の髪形を想起しながらそう思った。

もっとも、ここにいる諸卿も同類か。ブルーノは同じく議席に座っているほかの大臣のだんまりを決め込む有様を見てそう思った。

「さて、御前会議がこのような有様となったわけでありますが…太政大臣殿はどうお考えでしょうな?」

ブルーノはそう言って、自分から見て上座に当たる場所に座っている、一連を面白くない表情で眺めている老人に対して意見を乞うた。

「決まっているだろう。この度は陛下にご裁可いただく。」

老人こと太政大臣兼中務大臣である老人、テオドール・フォン・シュヴァンカウは星辰の間の最も上座に当たる場所に陣取る、輝くような長い銀の髪が特徴的な、玉のような若者こと今上帝アマデウス四世に視線を送りながらそう言った。


まったくいつまで馬鹿騒ぎを続けているのだろうか。汎人類星間帝国第四二代皇帝アマデウス四世は一連の諸卿たちの醜態を眺めながらそう思った。

全人類の志尊の位に就いて早五年。初めこそ戸惑ったものであるが今ではなんとも思わなくなってしまった。帝国における政治とはそういうものであると認識してしまったのだ。

確かにここに居並ぶ諸大臣たちだけでも彼から見ても十分有能ともいえる者たちだけである。とりわけ太政大臣のテオドールは病弱であった父エルウィン二世以来の功臣である。

彼らをこのような醜態に導いたのはほかならぬ派閥であった。門閥保守派、帝国改革派、中立派、そして軍。多種多様な派閥の利害の糸が彼らを縛り付け、彼らを狂奔に導いてるというのは、眼前の馬鹿騒ぎや宮廷で行われている権謀術数を見ればわかることであった。そしてそれこそ、人類世界最大の国家を蝕み続けている病理に他ならなかった。

皇帝主導の国家の建設こそ、彼が掲げる目標であり、先帝エルウィン二世が掲げた目標であった。皇帝がすべてに優越し、蛮族、叛徒に対抗できる国家を生み出すことこそ皇帝の使命であると彼は漠然とではあるが考えていた。三六代皇帝テオドール大帝以来の代表三部会を恒久的に閉鎖したのも、ひとえにそのためであった。

さて帝国の立法と行政とを一手に握る皇帝とその閣僚であるが、ことに皇帝が臨席し、閣僚が軒を連ねる御前会議において最終決定権は帝国の主権者たる皇帝に与えられている。そしてその決定は閣僚が全会一致で反対しない限り可決となる。帝国の閣僚が人の集まりである以上、全会一致に持ち込むことは至難の業である。これも同じ志を持っていた父のおかげであった。

そしてアマデウス四世の腹はすでに決まっていた。

「……陛下のご意見を伺いたい。」

テオドールの儀礼的な長々しい文句とともに意見を促された。先ほどまで言い争っていた三大臣やほかの諸卿も一斉に彼に視線を向けた。

「朕思うに、海賊共の我が領内における狼藉はかねてから見過ごせるものではなく、かねてから何かしらの手を打つことが必要であると痛感していた。此度のことはそれが叛徒どもの手によってなされていたと分かり、改めて叛徒に対する行動を行うことが必要であると痛感した。」

アマデウスは議場を見回した。カブランは悲痛の表情で机を見やり、ブルーノは駄目だったかと言いたげな表情でアマデウスに視線を向けていた。

「故に此度の出兵により改めて叛徒に自分たちの罪業を理解させ、後顧の憂いをなくせしめることを期待し、今回の出兵案に賛成するものとする。」

アマデウスは視線をアウグストに向けた。彼の顔は喜び一色に染まり、今にも歓喜の言葉を彼に向けて言いたそうであった。

「宇宙軍大臣に命令する。貴官は宇宙軍参謀本部に作戦の策定を命令し、それに必要な兵力および人材をかき集めて鎮撫軍を編成せよ。」

「はっ!」

次に彼はカブランに視線を移した。今にも崩れて悔しがりそうな表情をしていた彼にも皇帝として下知を下す。

「地上軍大臣に命令する。貴官は地上軍作戦本部に宇宙軍と合同で作戦の策定を命令し、同じく兵力、人材をかき集めて鎮撫軍の一端と為せ。」

「…はっ。」

最後に彼はブルーノに視線を移した。彼はカブランと比較してそこまで残念な表情を浮かべてはいなかった。

「大蔵大臣に命令する。此度の出兵に際して特別予算を組め。なるべく多く組むように。」

「はっ。」

一通り下知を下すとアマデウスは議場を見渡した。欠席者こそいるものの多くの閣僚が起立して見上げるさまはもう慣れたもので何の感慨もわかなかったが、それでも美しいと彼は思った。

「では此度の出兵に対して皇帝陛下、そして帝国に栄光と祝福があらんことを。」

太政大臣は決まりきった文句を言いだすと、「皇帝陛下、万歳!帝国、万歳!」と両手を挙げて皇帝と帝国を称えた。続き諸大臣が諸手を挙げてそれに続き、星辰の間はたちまち皇帝と帝国を称える声に満ち満ちた。

声に包まれながら、皇帝はこの前の祝賀で引見した、同じく白い髪の少将を思い出した。今回の作戦でどこかで聞いたような名前の彼が今回の出兵でどのような活躍をするのか。若い皇帝はどこか楽しみになった。


天暦一五三三年八月某日、叛徒統合共同体に対する出兵が決定された。

叛徒の本拠地ペルセウス腕になだれ込む兵力は四万五千二百隻、地上軍も含めて六百万人を超える大軍となる。鎮撫軍の最高司令官は連邦との戦いで名をはせたヨハン・フォン・ボグロフスキー大将であり、今回の出兵がこれまでの出兵とは違う本腰を入れたものであると印象付けた。

叛徒が動員するであろうと思われる兵力は二万隻あたりと予想されており、さらに名将が指揮することも相まってこの時点ではだれもが帝国の勝利を疑わなかった。

かくして同年九月、編成を終え帝都オルベールに集結したペルセウス腕鎮撫軍は諸々の準備を終えて帝都を出立、ペルセウス腕に侵入すべく前線基地であるテオーデリヒスハーフェンへと針路を定めた…

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