◇5◇ 不穏な午後
「まぁ俺ってさ、モテるわけよ。恰好良いから」
ああ、はいはい。
もう相槌もめんどいわ。
どうせこれは豊橋さんが勝手にしゃべってるだけだから、完全無視したって良いはずだ。
そう思って、一瞥もくれずにただひたすらわしわしと白米を
「そんでさ、モテるってことはさ、何つうのかな、ぶっちゃけ選べる立場ってやつなんだよね。あ、睨んだ。矢作ちゃん、こっわ」
「睨んでません。ていうか、聞いてませんから、私」
「んでさ、選べるわけだから、そりゃあまずは見た目が良い子を選ぶよね。そりゃあそうだよ。誰だって可愛い子の方が良いじゃん」
そうなのだ。
そりゃあ誰だって見た目が良い方が良いのだ。
然太郎はいまちょっと一時的に視力がイカレてる状態に陥っているけれども。
「だからさ、俺の歴代彼女、みーんな可愛い子なのよ。スタイルも……ってこれはセクハラになるからやめとこ。まぁとにかく可愛いわけ。なん、だけ、ど、さぁ」
と言って、豊橋さんは、はあああああ、と深いため息をついた。ちらりとトレイを見ると、あんなにぺらぺらしゃべっている割にしっかりとご飯は減っている。食べ方は案外きれいなようだ。それがまたちょっと鼻につく。
「あのさ、何で女って、朝起きたら顔違うの? 詐欺じゃね?」
「……はああ? ――あっ!」
しまった、反応しちゃった。
慌てて茶碗に視線を戻すが、時すでに遅し。豊橋さんは「やっぱ聞いてんじゃん」と何か小憎たらしい声でうへへと笑った。
「もおさぁ、俺、軽く人間不信よ。ぱっちりお目目の可愛い子ちゃんもさ、化粧落としたらそのきゃわいいお目目半分くらいになったりしてさ。俺、彼女がべりべりべりーってまつ毛剥がし始めた時、『お前何やってんの?!』って叫んだもんな」
あぁ付けまつ毛なのね。そりゃあさぞかし驚いただろう。私はもう端から諦めてるからそんなの絶対つけないし、無理やり作ったぱっちり二重も全然似合わないことがわかってすぐに止めたけど。もうね、この一重にしか見えないスーパー奥二重をね、私のチャーミングポイントなんだと無理やり思い込むことにしたわけ。
「最初はね、良いのよ。俺に気を遣って全然化粧とか落とさねぇから。なのに、3ケ月も付き合うとさ、そろそろ良いかな? みたいな感じになって落としちゃうんだよ。何つうのかな、魔法が解けた感じっていうの? もうお前誰だよって感じになって。そんで別れたんだよねぇ」
それはそれはご愁傷様でしたねぇ。
でも女性って大なり小なりそういうもんじゃないのかな。私だって化粧してるわけだから、やっぱり落とすとより一層地味な顔になるし。地味な顔というか、何かやんなるくらい幼くなる。若く見える、っていうと良い響きだけど、そういうんじゃないんだよね、
「そんでさ、よくよく考えたんだけど」
まだしゃべるのかよ。
頑張れ私、あともう少しだ。
まったく、せっかくの美味しいご飯をどうしてこんなに流し込む勢いで食べなくちゃいけないんだ。ああもう、今夜は何かうんと美味しいものを食べよう。ああ、そうだ、然太郎とどこかご飯にでも行けば良いんじゃないかな。ほら、駅とかで待ち合わせしてさ。そしたらそのまま解散しやすいし、私の操も――まぁ、そこまで守らなくても良いんだけど、ちょっと今日のところは守っておきたいというか、何というかごにょごにょ。
「矢作ちゃん、俺と付き合わん?」
「あ?!」
何言い出したのこの人。
いまお味噌汁飲んでたら確実に吹き出してたわ。
「あ?! って何。すっげぇドスの効いた声」
「冗談止めてくれます?」
「いや、結構マジで言ったんだけど」
「何で私なんですか。その『可愛い子』を相手にしてたら良いじゃないですか。選び放題なんですから」
「ちょっと矢作ちゃん、意外としっかり聞いてんじゃん」
うぐぐ、バレた。だって真向かいでぺちゃくちゃしゃべられたらそりゃあ嫌でも聞こえてくるから!
「聞いてません。勝手に聞こえて来たんです」
「まぁ良いけど。だからさ、『可愛い子』ってのはさ、落差がすんごいんだって。毎回そんなジェットコースターみたいな高低差いらないわけよ。心臓まひで死ぬかもしれないじゃん。俺、結構デリケートなんだよ」
知るか!
「でもさ、矢作ちゃんって化粧落としてもあんまり変わらなそうだしさ」
うっさい! 変わるわ!
「私だって変わります。ていうか、そんな風に女性のことを見てるってさんざん聞かされて、私が不快に思ってるのわかりませんか? それを補うほどの魅力がご自分にあると思ってるんですか?」
「そりゃあね。俺には実績があるから」
「何ですか、『実績』って」
「俺はずっと指名される側だった。ぜひとも私の恋人になってください、って。それは俺が魅力的な人間だからでしょ?」
余程自信があるのだろう。
自分のその考えが1ミリも間違っていないと信じている目だ。私がいまどう反論したって、この男はその持論を曲げたりはしないだろう。
だから、こんなのと真正面からぶつかっても時間の無駄だ。
「そうかもしれませんね。そんな魅力的な豊橋さんとお付き合いなんか出来ませんので、お断りさせていただきます。では、私は先に戻りますので」
紙ナプキンで唇を拭い、席を立つ。
トレイの端に置いてある伝票を――あれ、ない。お椀の下になっちゃったかな? と食器を持ち上げていると。
「奢る」
ぺらり、と2人分の伝票を指に挟んで、豊橋さんがにやりと笑う。
「結構です、自分で――」
と手を伸ばしたが、残念、あと数センチ、というところで届かない。気付けば豊橋さんもすべて平らげていた。
偶然後ろを通ったおばちゃんにその伝票とカードを渡し「お勘定お願いします」、とこちらに向けて勝ち誇った笑みを浮かべる。
その顔がまたむかつく。
これで貸しを作ったとでも言いたいのだろう。
私は財布の中から千円札を取り出すと、それを叩きつけるようにしてテーブルに置き、「お釣りは差し上げます」と吐き捨てて店を出た。和風ハンバーグ定食は税込で880円。あぁ私の120円……。もったいないけど仕方がない。
ちょっとびっくりしているような顔のおばちゃんに小声で「ご馳走様でした」とだけ告げて、私は店を出た。
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