第4章 土曜日(スミススタンプ3倍デー)
◇1◇ 悶々とした午前
「うわ、朝じゃん……」
気付けばスマホを握りしめたまま寝ていた。
スリープを解除すると、表示されたのはメッセージアプリで、然太郎から、『ありがとう。どっちもすごく素敵。ロゴも含めて、使わせてもらって良いかな』という返事が来ていた。
『もちろん。そのために作ったんだから、全部あげる』というメッセージを送り、身仕度をする。コーヒーを淹れ、パンを焼く。私の朝食なんてこんなものだ。
開きっぱなしになっているノートパソコンをちらりと見る。
いやぁ、昨日は楽しかった。
ポスターのデザインなんて久しぶりだったから。30分の約束だったのに、ついつい盛り上がってしまった。これが報酬の発生するガチの依頼だったら許されないことだ。然太郎だからと油断したのだろう。気を引き締めねば。うん、例え相手が然太郎といえども、自分が引き受けると言ったら、もうそれは仕事なのだから。
デザインすることは昔から好きだった。
中学、高校と、よく合唱部や吹奏楽部からポスターの依頼をされてきたものである。報酬? まぁ、一応保護者会みたいなところから図書券くらいはもらったっけ。つまり、そういうのが得意だったから、こういう道に進んだわけだ。そこで例の山岡紀彰氏の家具に出会い、ただ漠然とデザインの仕事に就きたいと考えていたのを「インテリアデザイナーになる」と決めたのである。
そろそろ家を出るか、というタイミングで然太郎から返事が来る。
『ありがとう。お礼をしたいから、今日の夜お店に来れないかな? マリーさん、明日はお休みだよね?』
……。
ええ、休みですとも、明日はね。
え、それって、何よ。
つまり、どういうことよ。
泊っていって、とか、そういうこと?
待って待って待って待って。
私全然心の準備とか出来てないからね?!
ええ、これどうしたら良い感じ?
だって私達、そういう関係なわけだし、当然、そういうことってするのよね? 私だってもう30だしね? いつまでも初めてだ何だとか言ってらんないしね? だけど怖いもんは怖いのよ畜生! 若気の至りとか勢いとか、そういうのはもうとっくに過ぎたの!
うわぁ、然太郎マジか。
然太郎、やっぱり男なんだよなぁ。
いや、わかってたけどさ。わかってたけど。
どうしよう、これ、なんて返事したら良いのよ。
結局返信出来ぬまま、私は家を出た。
冷たい風が火照った頬に心地よい。
どうにか事務所に着くまでにこの熱を冷まさなくては。そんなことを考えて。
ええと、返信は……まぁお昼とかでも良いかな、と思いながら。
「
おはようございまぁすと必要以上に元気よく事務所の扉を開いたら、ばっちりと目が合った宮塚所長におはようよりも早く言われたのがこれだった。
「え?」
「何かね、顔が真っ赤だよ。熱でもあるんじゃない?」
全ッ然冷えてなかった! おい、もっと頑張れよ東北の冬ぅ! もっとガンガン冷やしてこいやぁ!! あっ、違うな。寒くて赤くなってるんだな、うん、そう。きっとそれ。
「ぜ、全然そんなことありませんよ? ほら、外が寒かったからじゃないですかねぇホホホホホ」
「そう? なら良いけど。インフルとかおっかないからね? ちょっとでも具合悪かったら帰っても良いから」
「わかりました……」
うう、優しさが身に染みるぜ。特にいまは。
しかし、いつまでも悶々としてもいられないのだ。気合い入れろ、矢作マリー! 私のクライアントが待っているんだ!
「何、矢作ちゃん、体調悪いって?」
へらへらと軟派な笑みを浮かべて近付いてきたのは、先輩の
「いえ、大丈夫です」
「しんどかったら俺のこと頼ってくれても良いんだよ?」
「全く必要ありません」
「何か矢作ちゃん、俺に冷たいよね」
「そんなことありません」
ちょっと、さっさと自分のデスクに戻れ! いまはあんたと絡んでる場合じゃないの。いま私の頭の中はあんたよりも数倍イケメンな男と、今日の打ち合わせで占められてるんだから!
「じゃあさ、今夜ちょっとご飯でも行こうよ」
「無理です」
「何でよ、良いじゃんさぁ」
こいつ頭に何か湧いてるのかしら。何で私を誘うのよ。
――待てよ。これ、絶対何か裏があるぞ。
「豊橋さんの仕事でしたら手伝いませんよ?」
「げぇ、バレた?」
「バレます。そういうことでもないと、豊橋さんが私をご飯に誘うわけがありません」
実はこれ、初期に一度やられてるんだよね。
しかも、てことは奢りかなって思うじゃん? 仕事手伝ったわけだから。でもね、割り勘なのよ。どうやら、「この俺様とお食事出来る」というのがお礼ってことらしい。なるか、馬鹿!
「いやいや、まぁそれもあるけどさぁ。そういうの無しでもご飯くらい良いじゃん?」
「駄目です。先約があります」
そう、先約があるのだ。
せ、先約が……。
「えぇっ? 矢作ちゃんが!?」
おいちょっと待て。
何でそんなにびっくりしてんだお前。
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