134 サルとハチの生還と石山城攻略

 

 泥だらけの野良着姿の男たち十数人が、配下の兵に取り囲まれている。

 その中の一人がぼくに視線を送って大声を上げた。

「トノ~、秀吉にございます~。藤吉郎にございます~」

「サルか?」

「サルに、ございます~」

{サルよ、おまえの女房の名は、何と申す」

「ねね、でございます~」


「トノ~、小六にございます~」

 隣の大男が大声を上げる。

「ハチ、か?」

「ハチで、ございます~」

「そなたが、われの許に来た時、誰と共に来たか?」

「帰蝶さまにございます」


「よくぞ生還した。チョウも、ウシも、イヌも、みんなで待っていたぞ」

「ははっ」


「それにしても、どうした、その身なりは?」

「半兵衛の献策にて、百姓たちに紛れて、ようやくここまで」


「半兵衛はおるか?」

「ここに」

 後ろに控えていた百姓が前に進みでた。

「半兵衛、よくぞ、任務を果たしてくれた。礼を申すぞ。今度は、われが約束を果たす番だな」

「ははぁ~」


「皆の者、湯を浴び、着替えて、たらふく飯を食うがいい。そして、思う存分眠るがよい」

 秀吉たち十数名が、帰蝶に導かれて城内へ入っていく。利家が掛け声をかけながら後ろから付いていく。


 後に残った牛一に声を掛ける。

「急に眠くなった。しばらく眠るぞ」

「はっ」

「ウシよ、明智光秀はどうしておる。傷を負ったと聞いておるが……」

「明智殿は傷も浅く、今は明智邸にて休まれていると、伺っております」

「ならば、光秀と長秀を呼べ。昼飯を食ったら二条城大広間に来るように、と」

「ただちに」

「二人が来たら、起こしてくれ。寝所で休んでいるゆえ」

「畏まりました」



「殿……」

 少し間をおいて、ぼくは肩を揺さぶられた。

「殿、丹羽長秀殿と明智光秀殿が、大広間にてお待ちにございます」

「……うん」

 久しぶりに熟睡した。

 ぼくは両眼を開け、大欠伸をする。


「すぐ、行く。待たせておけ」

「はっ」


 大広間に入って行くと、長秀と光秀がこうべを垂れた。

「両名、ご苦労であった」

 ぼくはそう声をかけ、胡坐をかく。

「吉報がある。木下と蜂須賀が、無事戻って来たぞ」

「それは、それは」

 二人の顔に笑顔が浮かんだ。


「そなたちを呼んだのは、すぐ出陣してもらいたいからだ。若狭とその南。琵琶湖の西岸地帯を朝倉、浅井から守らねばならぬ。若狭街道を北上し、武藤友益の石山城を攻め落とすのだ。一刻の猶予もない。直ちにかかれっ」

「はっ。直ちに」

 

「そなたたちは、疲れておるであろう。それを承知の上だ。琵琶湖から西は、宝の山だ。後々、そなたたちに委ねようと考えておる。ゆえに、心してかかれ」

「畏まりました」

 二人は声を揃えた。


「殿、武藤から降伏の申し出があったならば、いかがいたしましょうか」

 光秀が尋ねる。

「人質をとって、城から追放せよ」

「はっ」

「直ちに陣立てし、出陣せよ。急ぐのだ」

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