123 南伊勢侵攻(1) 前田利家と滝川一益

 

 永禄十二年(1569)は年明けから忙しかった。

 本圀寺の争いを治め、新生義昭と対峙し、殿中御掟9箇条と追加7箇条を定め周知させた。さらに堺を傘下におさめ四国に戻った三好一派に睨みを効かす。二条城の築城も相当無理をしたが、なんとか予定通りに終えることができた。


 とにかく疲れた。

 それに、滝川一益から南伊勢の情報があると言う。

 二条城に義昭を迎え、雑事を終えた四月、ぼくは利家を連れて岐阜城へ戻ることにした。


 帰蝶は京に留まりたい、と言う。フロイスとの会話がともかく面白く楽しいのだそうだ。ぼくは鉛の輸入について、フロイスから聞き出すように申しつけた。鉄砲も弾が無ければ、ただの玩具だ。

 

 牛一には朝廷との折衝、撰銭令えりぜにれいの管理を申しつける。撰銭令とは、粗悪な銭は宋銭、明銭の二分の一の価値とする交換比率、金銀と銭との交換比率を定め、実行したことである。

 秀吉には牛一と共に京の治安、小六には、勿論義昭対応を無事にこなすように命じる。やくざの義昭には、無頼の小六が性に合うだろう。



「殿の仰せのとおり、南伊勢木造城主の木造具政こづくりともまさの調略を進めております。源浄院主玄、拓植保重つげやすしげを味方に引き入れ、献策させる所存にございます」

 岐阜城の大広間で、ぼくは利家と共に滝川一益の話を聞いていた。


 二年前の永禄十年、ぼくは神戸具盛かんべとももり長野具藤ながのともふじを攻め、北伊勢八郡を手中に収めていた。北伊勢は神戸氏ら有力氏族が弱小国人を従わせていた雑然とした地域である。

 一方、南伊勢は国司大名北畠氏が支配する一枚岩の頑強な地域である。しかも、大河内城を本城として十八以上の支城に支えられている。あきらかに籠城戦を視野にいれた陣構えである。

 織田の大軍と山城ネットワークの戦いであった。



「それで、いつ頃になるのだ、木造城を落とすのは?」

「来月には」

「そうか、城主具政は北畠から孤立することになるな」

「そのおりは、速やかに援軍を差し向けなければなりませぬ」

「そなたの他に誰がよいか?」

「神戸具盛、長野具藤がよろしかろう、と……」

 一益は北伊勢の降伏した武将の名を上げた。


 ぼくは頷いた。

「南伊勢攻めには、織田全軍十万の兵を向ける。何が何でも、決着をつける」

「はっ」

「畠山は貴族出身の格式のある国司である。これを力でねじ伏せることができれば、われらの軍の名を世に知らしめることになるだろう。力が入るな、一益。われが直々指揮をとろうではないか」

「はっ」

「そなたに南伊勢侵攻準備を任せる。夏までには、南伊勢をわれらのものにするのだ」

「心得ておりまする」



「ところで、一益」ぼくは話を変えた。

「東国の情勢はどうなっておる」

「昨年の暮れのことでございますが、徳川、武田で密約を結び、大井川を境に遠江国は徳川領、駿河国は武田領としております」

「ウム……」

「ところが、今年の一月、武田方の秋山虎繁が遠江に侵攻したことから、家康公が信玄公に抗議したそうにございます」

「それは知っている。信玄から文が届いておる。家康と争うつもりはないと。信玄は駿河に留まる、と」

「家康公は掛川城の今川氏真を包囲、策略をもって開城させる算段にございます」


「うん……。ところで、信玄のほうはどうなっておる」

「は?」

「信玄暗殺のことだ」

「われの配下の薬師を、信玄公の傍に送り込んでおります。今は信頼を得るために全力を尽くしておるところでございます」

「よいか、息の音を止める時期は、慎重に見定めなければならぬ。心得ておるな」

「はっ」



 一益が去った後、利家と二人だけになった。

 利家は稀にみる武人であったが、戦においての知略、謀略に欠けるところがある。と言って、大軍を指揮できるほどの器でもない。使いようが難しいのだ。


「イヌよ、そなたは、われの警護をしなくてよい。南伊勢攻めから戦に加わるがよい。どうだ、やってみるか」

「有難き幸せ」

「そなたは、勝家をどう思う?」

「織田家きっての武将にございます」

「うん……。奴はな、われと六天魔王との関りを知っておるのだ。われが、六天魔王の庇護のもとにあることを知っておるのだ。だから見てのとおり、われには絶対逆らわない。今まではな」


 利家は襟を正してぼくを見詰める。

「だが、いつ、われに歯向かうか分らない。そなたは勝家の与力になって、彼から戦を学ぶのだ。同時に、彼の動きを監視してもらいたい。どうだ、できるか?」

「はっ。必ずや期待に応えてみせまする」

 ぼくは笑顔を浮かべて大きく頷いた。



 数日して、帰蝶がフロイスらを伴って岐阜城に戻って来た。

 帰蝶の話によると、フロイスは日本での布教の許しを得るために出向いたという。

 ぼくに異存はなかった。

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