122 六天魔王同盟 今後のことを協議する


 翌一月九日、首実検を終えて寝所で体を横たえている義昭の許に、ぼくは蜂須賀小六を同道させて出向いた。彼は青ざめた顔で、上目遣いにぼくを見上げた。

 ぼくは腰を落とし胡坐をかく。小六は背後で畏まる。

「公方さま、新しき近習を連れてまいりました。名は蜂須賀小六といいます。これからのご用向きのことは、この者に申しつけくだされ」

 義昭はごろりとした目玉を小六に向けた。


「信長っ、首実検はこれから、何度もあるのか」

「多くはありません。これよりは、われが取り仕切りましょう」

「ウム……」


「小六、下がっていいぞ」

「はっ」


 小六が寝所を出ていくと同時に義昭が上半身を起した。

「あの者は、義昭が死んだこと、そして、わたしのことも知っておるのか」

「何も知らぬ。この事はわれとおまえだけの秘密だ」

「あの小六とか申す者、信頼ができるのか」

「安心していい。奴はわれの腹心の部下だ」

「ウム……」


「ところで、おまえは、われのことを六天魔王から聞いておるか」

 ぼくは問い質す。

「何のことだ?」

「いや聞いていないなら、それでいい」

 

 ぼくは内心ほっとした。信長が既に死んでいて、義昭と同じように遥か未来から転生していることを、今は義昭に知られたくなかったのだ。これからのことが、ややこしくなる。


「近々に、殿中御掟を定めることにする。おまえに伝えた後、直ちに周知させる。これにより、おまえは何も考えず、女子おなごを侍らせ、美味いものを食べていれば、それで良いことになる。それから三月、遅くとも四月には、将軍義昭さま、即ちおまえには豪華堅牢な城を築き、献上することにしておる。これにより、身の安全は確かなものとなり、より雅かな生活を味合うことになる。おまえとしては、満足の極みであろう」

「そうか」義昭は満面の笑みを浮かべた。

「悪くない話だな、のぶながっ」



 一月十二日になって、美濃から帰蝶が来た。

 彼女は尾張、美濃、伊勢、近江などの国々の軍勢八万を連れ立っていた。 

 

 帰蝶の到着を待って、ぼくは書院に仲間五人を集め、久しぶりに車座になった。

 開口一番、ぼくは言い放った。

「六天魔王が現れた。一月五日のことだ」

 五人は次の言葉を待って、ぼくを見詰めた。

「足利義昭が死んだ、と」

「公方様が亡くなられた……」帰蝶が呟いた。

「それでは、今の公方さまは?」


「われと同じ、未来から転生してきた者だ。歳は公方さまと同じ三十二歳、名は聞いておらぬ。遠い未来の昭和という時代の、やくざの組長だと名乗っている」

「やくざ、とは何者?」利家が身を乗り出す。

「法外暴力集団の親玉だ。今の時代で言えば、野武士のかしらというところか……」

 利家が溜息をつく。

「少々、面倒なことになりそうですな」

 ぼくは頷く。


「とりあえず、ハチを近習に据えて、監視することにした。できるだけ早く、やつを無力にしておかねばならない。そこで、殿中御掟を定め、政務の裁量を制限することにした」ぼくは牛一に視線を回す。

「公家衆、お供衆の参勤の禁止、当番衆の選任、召使いの殿中禁止、訴訟の件、などなどである。ウシよ、そなたが原案を策定せよ。できるか?」

「はっ。早急に」

「次に、二条に新たな御所を建設することにした。ひとつに義昭を黙らせるため、二つに義昭の安全を守るため、そしてわれの権勢を高めるため。豪華で堅牢の城を築く、二か月で。われが京に留まり、総指揮をとる」

「二か月とは、総力戦になりますね」

 帰蝶が呟く。

「無理は承知だ。それをやり遂げるために、二人の人物を登用することにした。大工奉行には、人望のある村井貞勝、島田秀満両名を当てることにする。抜擢ではあるが、訳がある。人望がなければ、無理は通るまい」

 五人は笑みを浮かべて頷いた。


 村井貞勝も島田秀満も、織田家の忠臣である。敵にも味方にも人望がある。そして能吏でもある。武の筆頭が木下秀吉と丹羽長秀であるならば、文の筆頭は村井と島田である、とぼくは思っている。


 1556年 稲生の戦いでぼくに刃を向け、弟信行は敗退した。村井と島田は、母土田御前の依頼受け、信行と彼の重臣柴田勝家、林秀貞らの嘆願取次に来た人物である。その時の彼らの史実な対応を今でも覚えている。二人とも、なかなかの人物である。美濃攻略の際、この二人を美濃三人衆らを引き込むため、人質ひとじちの受け取りに出向かせたこともある。

 二条城の普請に合わせ、この二人を義昭に接触させるつもりである。義昭懐柔算段の策である。


「それからもう一つ、堺である。三好三人衆と結託し、公方様を亡き者にしようとした企て、許しがたい。秀吉、そなたに命じる。堺の会合衆を叩き潰すのだ」

「はっ」


「殿」帰蝶が口を挟んだ。

「堺を灰にしてしまっては、何の得にもなりませぬ。会合衆の力を押さえ、殿の直轄地とすればよかろうと思います」

「皆の者はどう考える? 申してみよ」

「まず問責状を贈り、相手の出方をみるのが得策かと」

 秀吉が上目遣いにぼくを見詰めた。

「問責状の、その内容は?」

 ぼくは問いかける。

「三好らと組み、公方様を亡き者しようとした行為は逆徒なり、これより大軍を向かわせ成敗するものとする。申し開きすべきことあらば、申してみよ。返答次第では、堺を焼き払い、首切りの仕置きをいたすであろう、と」

「ウム……」


「堺は昨年の矢銭二万貫をいまだ支払っておりませぬ。もうひとつ、会合衆の自治制度にも問題があります」

 牛一が渋い顔で言う。

「そうだな。それは、堺の返答を待ってから決めることとしよう。牛一よ、そなたが、問責状の文面を考えよ。秀吉、そなたは尾張の軍勢を引き連れて堺に向かい、問責状を渡すのだ」

「畏まりました」


 ぼくは背筋を伸ばした。

「義昭の死の件は、われと義昭だけの秘密にしてある。誰にも知らてはならぬ。まして、信長が死んでおるとは、口が裂けても気付かれてはならぬ」

「ははっ」

 一同は一様に口を揃えた。

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