121 義昭と光秀


「と、言うことは、義昭は天命を待たず、途中で死ぬことがあるということか?」

「その通りだ。六天魔王から聞いていなかったのか、義昭の死はおまえの死だということも。生きて自分の体に戻りたかったら、義昭の命をまっとうするしかない」


 義昭は笑い出した。

「今の俺の歳は義昭と同じ三十二歳だ。義昭の人生を生き抜いたとして、自分の体に戻ったとき、何歳になっているというのだ。もう、ヨボヨボだ」

「安心するがいい。ここの五十年は昭和の一年だ。義昭の人生をまっとうしたとし、自分の体に戻ったとしても、おまえは三十二歳のままだ。おそらく今年の夏には自分の体に戻れるだろう」


「どうすればいいのだ」

 義昭は体を起こした。

「簡単なことだ。われ信長の言う通りにしておればいい。逆らえばロクなことにならないぞ」

「分かった。だが、ひとつ条件がある。俺の身の安全には万全をつくしてくれ」

「勿論だ」ぼくは大きく頷いた。


「よいか、このことは、他言無用。そして、おまえは何もしてはならぬ。われが命じたこと以外にはな。おまえが何もしなくていいように、殿中御掟を定め、おまえが何もしなくてもいいようにしておく。おまえは将軍として、新しい御所で贅沢三昧を楽しんでおればいいのだ。よいか、誰にも真実を言ってはならぬ。もし、このことが明るみ出れば、そなたの首は宙に浮くことになる。決して、忘れるではない」

 彼はほくそ笑むと、布団に体を任せた。


「早速、明日やってもらなければならぬ事がある。敵将の首実検だ。手柄をたてたものたちに、感状や加増を与えねばならない」

「首実検とは何か?」

「生首を見て、これは誰がしの首と認めることだ」

「俺がそんなこと、分かることはないだろう」

「安心するがいい。われが傍にいて口添えいたす」

「うん……」

 義昭は微笑むと、布団に潜っていびきをかき始めた。



 その日の夕暮れ、ぼくは本圀寺の本堂で、明智光秀。細川藤孝らから戦況の報告を受けていた。光秀は本圀寺での防御を、藤孝は翌日の桂川付近での戦闘の様子をきめ細かく報告した。

 

 本堂には、三好義継、池田勝正、伊丹親興、荒木村重らも控えていた。

「天晴な働きである。公方様からお褒めの言葉を頂いておる。われからも、そなたたちに感謝の意を示さねばならぬな。」

「公方さまは、いかがお過ごしでございましたか」光秀が訊いた。

「信長さまにお会いするまでは、誰とも話はしないと申されておりましたので、案じておりました」


「至極、上機嫌であった。われも、お褒めの言葉をいただいたぞ。われが超豪華な御所を建て、公方さまに心安らかに住まわれるように、とお伝えすると喜んでおられた。そなたたちには、感状と加増を与えねばならぬと申されていた」

 光秀らは一様に安堵の笑みを浮かべて頷き合った。


「それにな光秀、公方様はこのたびの功により、そなたを幕府奉公衆に加えると申されていた。われも、そなたを臣下に加えることにした。わが配下、秀吉、長秀と共に京の政務に当たってもらう。京都奉行の仕事だ」

「有難き幸せ」


「しかし、公方さまからのお呼び出しがないうちは、面前に出向いてはならぬ。公方さまの身のまわりのことは、わが配下蜂須賀小六がとりしきることにしておる。このむね、心しておれ」

「はっ」


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