120 足利義昭はやくざの組長だった
一月六日夕刻、秀吉からの急使が到着した。
その者の話によると、一月五日昼前三好三人衆、三好長逸、三好政康、岩成友通らが将軍仮御所六条の本圀寺を攻撃したというものであった。
ぼくは朝飯を食らい身支度を整え、書院で京への絵図面を見詰めながら段取りを考えた。京の本圀寺までは120キロほどの距離がある。三日の行程である。しかも雪が降っていて、体が凍りつくほど寒い。
「殿、松永久秀殿がお会いしたい、と」
帰蝶の声がした。
「通せ」
襖が開くと、久秀が顔を強張らせて入ってきた。彼は昨年十二月二十四日、ぼくへの礼のため岐阜城に来ていた。正しくは、京の守備を甘くするために、ぼくが呼び寄せていたのだ。
「公方さまは、ご無事でございますか」
「分からぬ。だが、公方さまが亡くなられることはない。安堵いたせ」
「ところで、敵はいかほどの軍勢で?」
「およそ一万ほどと聞いておる」
「われらの軍勢は?」
「二千」
「二千……」
久秀は言葉を呑み込んだ。
「われは、今宵中に軍備を整え、明日早朝に出立する。そなたはどうする?」
「お伴いたします」
その日の夜半過ぎに、ぼくは岐阜城を出立した。百名ほどの近習と小者による俄か仕立ての陣立てである。松永久秀は五十名ほどの近習を引き連れて同道した。
本隊二万の陣立てをし、態勢が整い次第後を追うようにと柴田勝家に命じた。
降りしきる酷寒の雪の中を、馬を駆って近江路中山道を走りに走った。
翌七日夜半に琵琶湖南岸の三井寺に辿り着いた。その間、二頭の馬を潰した。ぼくに付いて来れたのは近習精鋭の十名だけだった。
前田利家が篝火を焚いてぼくを出迎えた。
彼は馬具の綱を持って叫んだ。
「殿、三好一派を桂川河畔にて撃退しました。昨日六日のことでございます」
「義昭さまは、ご無事か」
「はい。今は寝所でお休みになっておられます」
「光秀は?」
「本圀寺での活躍は見事でございました。僅かな手勢で公方様をお守りしたのですから」
「義昭さまに、なにか、変わったことはなかったか」
「サル殿の話では、無口になって誰とも話をされないご様子とか」
「イヌよ、風呂に入るぞ。美味い飯を頼む」
「畏まりました」
利家は真夜中に京に向かった。
ぼくは仮眠をとり、夜明け前に外に出た。後続の兵が続々と到着してくるのが見えた。ぼくは大声を上げた。
「皆の者、生気を養ってから本圀寺に行くのだ。我軍は勝利を収めておるぞ」
暗闇の中で歓声が上がった。
ぼくは十名の近習と共に三井寺を出立した。
本圀寺の門前には、武具を外した兵たちが疲れ切った表情で立ち尽くしている。
「との~」
その中から小さな体を揺さぶりながら秀吉が走ってくる。
彼は馬の引き紐を引いて寺内に入って行く。
「殿、大勝利です。公方様も光秀殿も、健在です」
彼の声が弾んでいる。
「公方様はどうされておる?」
「寝所でお休みでございます」
「寝ているのか」
「はっ」
ぼくが境内に入ると、警護の武将たちが一斉に膝まづいた。
ぼくは無言で寺内に入って行く。廊下を渡り寝所の前に立つ。
「サル、誰も近付けるな」
「はっ」
ぼくは無言で襖を開け、寝所に体を入れ襖を閉じた。
中央に布団が敷かれており義昭が目を閉じている。ぼくはその枕元で胡坐をかいた。
「おまえが、信長か」
義昭は目を閉じたまま呟いた。
「そうだ」
義昭は目を見開きぼくを見詰める。今までとは全く異なる殺気に満ちた視線だった。
「俺が、十五代将軍足利義昭というのは、まことか」
「まことだ」
「いったい、どうなっておるのだ。化け物は、事情を信長に訊けと言った。信長、どうなっているのだ」
「おまえは、いつ死んだのだ」
「昭和四十九年……」
「何故、死んだ?」
「抗争で撃たれたのだ、チンピラに」
「抗争?」
「俺は、一万人の配下を持つ、やくざの組長だっ」
ええっ、やばいじゃん。こんな男を義昭の体にいれちゃって。六天魔王、どうすればいいのだっ。
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