115 京侵攻へのはかりごと


 戦後処理を終えたぼくは、九月二十二日観音寺山にある桑実寺で足利義昭を出迎えた。

 武将たちが居並ぶ本堂で、ぼくは戦勝を言上する。義昭は紅潮していた。あまりの迅速さに戸惑っているようにも見える。

「義昭さまには、これより上洛していただき、一旦清水寺に逗留することになります。細川藤孝、和田惟正殿には先に上洛いたし、その準備を整えることといたします。清水寺には、一万の兵を配置し、義昭さまをお守りいたす所存にございます。われは東寺に布陣し、わが軍は山科卿、北白川から出陣いたします」


「兄を殺害した三好一族と松永久秀はどうしておるのだ」

「三好一族の三人は、われらの軍を待ち受けております。京に入り次第、成敗いたします」

「松永久秀は如何いたす」

「恭順の意を示し、六角攻撃において貢献しておりますゆえ」

「信長どの、やつに気を許してはならぬ。何を考えておるか、分からぬ人物であるぞ」

「はっ。久秀からは人質をとることにしております。今は、京に仲間が必要でありますゆえ、やむをえなき措置にございます」

「うむ」



 義昭との会見を終えたぼくは、書院に柴田勝家、浅井長政を順次呼んだ。


「勝家、そなたには森可成、蜂屋頼隆、坂井政尚を引き連れ、三好三人衆の岩成友通の居城勝竜寺を攻撃するのだ。立て籠る兵は五百と聞く。兵は数千でよかろう。よいか、深追いをしてはならぬ。焼いてしまっては、元も子もない」

「承知いたしました」

「早速準備にかかれ。整い次第、京に向かうのだ」

「はっ」


 次に書院に入ってきたのは浅井長政である。

「信長どの、戦勝おめでとうございます」

 彼は丁重にこうべを垂れた。

「長政殿、そなたには神楽岡に布陣いたし、南に進軍、摂津平定に加わってもらいたい。出来るか?」

「仰せの通りに」

 間髪入れず、長政は答えた。彼はさきの近江路中山道の戦いにおいて、ぼくの依頼を断ったことを苦にしていたのだ。彼は妹の婿だ。仲違いするのは得策ではない。


 長政が去った後、廊下から小姓の声がした。

「殿、滝川さまがお目通りを願っておりますが、いかがいたしましょうか」

「許す。通してやれ」

「はっ」


 一益は甲冑姿で現れ、ぼくの前で平伏ひれふした。

「この度のいくさ、大勝利、おめでとうございます」

「一益、何かあったのか?」

「少々気になることがありまして」

「もったいぶらずに、早く申せ」


「今川は、風前の灯にございます。忍びの報告によりますと、武田と徳川は密約を結び、大井川を境に遠江国は徳川に、駿河国は武田領とするよう、企てておるようでございます」

「それがどうした、自然の成り行きではないか」

「殿は、信玄公の六女松姫さまと嫡男信忠さまの婚儀を、お進めするおつもりですか」

「そのつもりだ」

「武田は、駿河国を我物にした暁には、次に狙うのは、遠江国になりましょうぞ。その次は……」

「そなたの言いたいことは、分かった。それで、どうしようと言うのだ」

「まず、武田家との縁組はお止めになられたら如何かと」

「うん……。それでは、角がたつのではないか。今は、武田とことを構えたくないのだ」

「松永久秀さまは、娘と信忠さまの縁組を望まれております。将軍家を支える縁組となれば、武田家も異を唱えることはありますまい」


「ところで、一益。信玄はいくつになった」

「殿の十三歳上の、四十八歳にございます」

「すこぶる、元気そうであるな」

「はっ」


「一益、なんとかならぬか?」

「はあ~?」

「われはな、この先、信玄と闘うことになるように思えてならぬのじゃ。聞くところによると、最強の騎馬軍団の上に、いまや鉄砲隊を揃えているというではないか。まともにぶつかった、勝敗はどちらに転ぶか分からないぞ」

「仰せの通りにございます」

「一益よ、なんとかならぬか? 今から手を打っておかなければ、手遅れになるぞ。伊賀にはくノ一がおるのであろう」

「伊賀は甲賀と違います。くノ一はおりませぬ。カナデは、抜け忍にございますゆえ」

「ウム……」


「殿、薬を使いましょう。伊賀には毒を扱う薬師の忍びがおります。時間をかけ、ゆっくりと、自然に信玄公の傍に送り込むのです」

「よかろう。そなたに任す。こころしてかかれ」

「はっ」

「一益、南伊勢だが、来年には、我物にするぞ。準備をしておくのだ」

「畏まりました」

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