116 勝竜寺城・芥川山城攻め(1)


 九月二十六日、ぼくは大津の琵琶湖南岸の三井寺に入った。足利義昭到着のための準備を始める。

 一段落すると、忍びの権蔵を呼び寄せた。十四代将軍足利義栄の様子を知るためである。義栄が健在である限り、義昭が将軍の座につくことはできない。

 

 陽が落ちてから、権蔵が現れた。

 ぼくは帰蝶、太田牛一、前田利家と共に彼に面会した。彼は汗を手ぬぐいで拭いながら、ぼくの前で胡坐をかく。

「権蔵、足利義栄はどうしておる?」

「摂津の富田で静養しております」

「病の様子は、どうなのだ」

「良くも、悪くもなし、というところでございます」

「体に腫物ができているそうだな。まことか?」

「そのように聞き及んでおります」

「権蔵、義栄は腐っても、十四代将軍だ。やつが生きている限り、義昭さまは、将軍職に就くことはできないのだ」

「はっ。現在、摂津国を浅井長政さまが攻めております。義栄さまが、富田を出るような事態になれば、なんとでもなりましょう」

「できるか?」

「はっ。この権蔵にお任せを」


 権蔵が去った後、ぼくは帰蝶、牛一と共に、京に入ってから、なすべきことを話し合った。

 まず第一は洛中、洛外における軍兵の乱暴の取り締まりである。軍律に違反するものは極刑に処す旨の徹底である。我軍が市中で椋奪暴行を働けば、京の住人から信頼を得ることが出来なくなるであろう。その対処策は、易しく言えば憲兵の設置である。

 次は寺社仏閣、商家などに対する禁制の発布である。軍勢の暴行を恐れている者どもに対する、信長直々の安全保障であった。


『われの馬廻り役に、軍兵取り締まりに適任の人物がおる。菅谷長頼である。堅物で融通がきかぬところがあるが、任務には忠実、徹底的にやりとげる男だ。やつにわれの名代として取り締まりの任をまかせることにする。ウシよ、この旨、書状にしたため各軍に知らしめるのだ」

「そのように」


「次に、京では東福寺を本陣とするが、これに先立ち禁制を与えることとする。軍兵の乱暴狼藉の禁止、放火の禁止、材木の勝手な採取の禁止でよかろう」

「はっ、直ちに」



 夜遅くなって、京から騎馬の一群がやってきた。勝竜寺城攻撃に向かわせていた柴田勝家からの使者だった。ぼくは本堂前の庭先で面会した。

「主柴田勝家さまの言葉を言上申し上げます。柴田勝家さま、森可成さま、坂井政尚さま、蜂屋頼隆さまの軍勢はまもなく勝竜寺城に到着、態勢が整いしだい、攻撃するとのことでございます」

「分かった。勝家に伝えよ、われも上洛しだい、直ちに合流すると。決して、深追いするではない、そう伝えよ」

「はっ」


 翌日、義昭が到着。

 その翌日京に入り、義昭を東山の清水寺に逗留させる。清水寺では、明智光秀、細川藤孝、和田惟正ら側近が一万の兵をもって守護する。


 ぼくはその足で東福寺に入り、本陣とした。

 門前には、京の宿老のほか、主だった町衆が山のごとく贈り物を持参し、挨拶に訪れていた。整然と入洛が行われたことに対する感謝の意を伝えるためだと言う。だが、彼らの真の意図は、禁制の入手であろう。

 ぼくは牛一に命じる。

 献金する者には禁制を与えよ、と。いくさとは銭がかかるものなのだ。


 その日のうちに、ぼくは四万の兵を率いて勝竜寺城を包囲した。

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