94 堂洞合戦(3) 何が何でも力攻めにござる(注意 残酷描写あり)


 正午前に、織田軍は堂洞砦を包囲した。

 前夜、加治田城主佐藤忠能に伝令を飛ばし、力攻めにすることを伝えてある。


 その日は風が強かった。風が止むの待ったが一向に治まる気配がなかった。

 正午、全軍団に攻撃を命じた。


 ぼくは三千の近衛兵を率いて、堂洞砦の西方に展開する。

 吹き荒れる砂塵の中を、偵察に出ていた前田利家が戻ってきた。

「殿、敵将長井道利が、ここより南西一キロの地点に布陣し、動く気配がありませぬ。斎藤本隊を待っているやにみえます」

「何故、龍興は動かぬ」

「われらの軍が電光石火、時を置かず力攻めに出たことが、想定外だったのではないか、と」

「そうか、道利は斎藤本隊なければ単独行動も行えない、ということか」


 二時間経過したが、戦況は動かなかった。

 長井道利の居城岸城は、堂洞砦の西方五キロの地点にある。龍興はさらに遠く西の稲葉山城にいる。これらの軍が合流するには、数日は要するであろう。

 

 ぼくは長井道利軍を攻撃することにした。近くに敵軍が布陣しているのは目障りである。そして斎藤本隊がモタモタしているうちに、長井軍にダメージを与えておこうという考えもあった。もし反撃してきたら、一挙に叩き潰す算段である。

 ぼくは利家に二千の兵と五百の鉄砲隊を与えて攻撃させた。


 手勢五百の近衛兵を引き連れて、堂洞砦の西方に向かった。

 伝令の口上によると、東の森可成軍、南の丹羽長秀軍ともども苦戦しているとのことである。一方、北の佐藤忠能軍は地の利をいかして三の丸迄攻め込んでいるという。


 ぼくは南の丹羽長秀軍の戦いぶりを見にいった。

 血みどろの肉弾戦が続いていた。堂洞砦の曲輪は何十にも重なっていて、しかも敵方の抵抗力は厳しく、一つ一つの曲輪を落としていくものの、停滞している。

「曲輪は、後いくつ残っているのだ」

 ぼくは物見の兵に訊いた。

「一から三の曲輪にございます」

「ウム……」


 ぼくは砦に入って行く。そして前線の三の曲輪に向かう。

 馬上から大声を上げる。

「力負けするな。攻めて、攻めて、攻めまくるのだ。北側の加治田城軍は三の丸まで攻め込んだぞ」


 長秀が駆け寄ってきた。

「殿、矢攻めが激しく、危険でございます。ここは、下馬してくだされ」

 彼はハミを両手で掴むと、大声を上げた。

 長秀軍が三の曲輪を落とし、二の曲輪に駆け上がっていくのが見えた。ぼくは馬上から飛び降りる。


 一の曲輪の彼方に佐藤忠能軍の旗印が翻っているのが見える。

「殿、ここは、われらにお任せを。日暮れまでには、落として見せます」


 利家から伝令が来た。

「わが軍は長井軍と激突、敵軍は西へ一キロほど撤退しました」

「利家に伝えよ、深追いするな、と」

「はっ」


「斎藤本隊は出向いてまいりませぬか」

 長秀が訊いた。

「出て来ぬ。物見の者の話では、早くて明日以降になるのでは、と申しておる」

「それは、助かります。全軍で対峙できます」

「そうだな」

 ぼくは頷いた。


「殿、森可成軍が二の曲輪に攻め入りました」

 森軍の伝令が膝まづいて報告した。

「可成に伝えよ、三の丸まで突き進み、加治田軍と合流せよ、と」

「はっ」


「長秀、われは、三の丸を見物にいくぞ」

「はっ」

「殿を防御板で囲むのだ。急げ」


 長秀は号令をかけたが、敵兵は見られず、飛び交う矢も見られなかった。おそらく、敵兵は曲輪から撤退し、三の丸に集結しているのだ。


 ぼくが三の丸に到着したときは、既に陥落寸前だった。

 敵兵は二の丸に撤退しようとしていた。

 敵将岸信周は誤算続きであったであろう。加治田城の佐藤忠能に裏切られ、後詰にくるはずだった斎藤本隊、長井道利の援軍が来ないのだから。


 三の丸から五十騎ほどが飛び出してきた。

 包囲陣に斬り込んでくる。激しいぶつかり合いになった。五十騎の中に、勇猛果敢な若武者がいた。我が軍の兵を見事に切り倒していく。

「何者だ」

「敵将岸信周の嫡男、孫四郎でござる」

「ウム……。惜しい人物だ」

 

 五十騎が数騎になった。

 三の丸の門前で孫四郎は下馬し、大声を張り上げた。

「われは林孫四郎でござる。ここで腹を切る所存。武士の情けでござる。時を下され」

「長秀」

 ぼくは頷いてみせた。

 長秀が大声を上げた。

「承知」


 孫四郎が自害すると、三の丸の兵は挙って二の丸に撤退していった。

 主戦場は二の丸に移った。


 陽が西に傾きつつあった。


 二の丸の抵抗はさらに凄まじかった。

 堂洞砦の将兵たちは、ここを死に場所と決めているようであった。斎藤家に対する忠誠心からなのか、主岸信周、孫四郎親子に対する忠誠心からなのか分からないが、戦国武将の心意気を見る思いである


「長秀、松明に火をつけ、塀ぎわに詰め寄り、四方から投げ入れよ」


 やがて、二の丸の空に、火のついた松明が、次から次と舞い上がった。その時、二の丸の櫓から無数の矢が飛んで来て、松明を持つわが軍の兵たちの体を貫いた。その時、二の丸入り口の高い櫓から、強風の中敵の弓兵に向かって矢を放つ者がいた。その正確な技裁きは見事であった。やがて敵の矢が止まり、再び松明の投げ込みを始めることができるようになった。


「何者だ」

「殿近習の、太田信定にございます」

 長秀は笑顔で言った。

 ウム……、信長公記の記述のとおりになったか。

「信定に伝えよ、見事である、と」


 二の丸は燃え上がり、一時間ほどして崩れ落ちた。

 二の丸からは、六百人ほどが本丸に逃げ込み、立て籠もった。


 我軍の本丸攻撃は過酷を極めた。

 敵も味方も分からぬほどの乱戦になった。

 勇猛に攻め込んでいくが、幾度となく押し返される。一時間半ほどの攻防の末、一とき静寂が訪れた。


 長秀は私を見詰めた。決死の覚悟が見て取れる。

 猿ばみ城を落とした河尻秀隆が単身本丸に突入していく。続いて長秀も抜刀して突入する。その後に、新手の近習たちが百人ほどが続いていく。


 怒号が三十分ほど続いた。そして再び静寂が訪れる。

 長秀が顔を返り血で赤く染めながら、本丸から出て来た。

「殿、終わりました。ご見分くだされ」


 ぼくは足を踏み入れる。

 本丸は敵味方の死体で埋まっていた。血糊で足が滑る。いたるところに、長秀軍の強者どもが、返り血を浴びて立ちすくんでいる。

 広間の前廊下で、河尻秀隆が待っていた。彼は両眼を血で染めてぼくを見詰めると、無言で頭を垂れた。


 ぼくは広間に入った。

 敵将岸信周と奥方は刺し違えて横たわっていた。

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