93 堂洞合戦(2) 交渉決裂、いざ決戦


 九月二十七日早朝、ぼくは九千の兵を率いて宇留摩城に入った。

 直ちに広間に丹羽長秀、可尻秀隆、森可成ら主だった武将たちを集める。


「これより、堂洞砦を攻略するが、その前に砦の将岸信周に対し最後通牒をつきつける。降伏せねば、総攻撃をかける、と」

「その役目、われに申しつけくだされ」

 後方から声が上がった。

「誰だ?」

 ぼくは太田牛一(信定)に訊く。

 立ち上がって声の主を確かめてから、彼は答えた。

「金森長近にございます」


「五郎八か……」

 金森長近、通称五郎八。金森家はかつて美濃において権力争いに敗れ美濃から離れた家柄である。長近はぼくより十歳年上である。父信秀に仕官し、ぼくの代になってからは近習として仕えている。

 彼はおそらく美濃に対し一矢報いたいのであろう。


「五郎八、よかろう、岸信周を説得してまいれ」

「ははっ」

 

「サルはおるか」

「ここに」

 大声が聞こえた。


 大柄な武将たちの中で埋もれている。

「そなたは、ここ宇留摩に留まり、背後から機敏に本隊を援護するのだ」

「はっ」


「もし、堂洞砦との交渉が整わぬときは、明日正午より総攻撃を開始する。現在、堂洞砦には宇留摩城、猿ばみ城の敗走兵も加え、おそらく三千を超える兵になっておるであろう。長秀、堂洞砦の構えについて説明せよ」


 長秀は立ち上がり、将兵たちのほうに体を向けた。

「堂洞砦は、ここより北へ十キロに位置し、友軍加治田城の南東千五百メートルのところにあります。地形は、南、北、西は谷に囲まれ、東が丘続きになっております。曲輪は、一の曲輪、二の曲輪、三の曲輪、北の曲輪、大手曲輪、出丸曲輪、池曲輪、長尾丸がござる。それに三の丸、二の丸、本丸を有しており、城といっても過言ではない重厚な構えでござる」


 ぼくは立ちあがった。

「それでは、陣立てを告げる。堂洞砦を四方から攻め立てる。南から、長秀は三千を率いて攻撃せよ。東は、可成、三千の兵を率いて攻撃せよ。北は加治田の佐藤忠能が攻撃する手筈になっておる」


「関城の長井道利が、後詰に参戦するに違いありませぬ。どう対処されます」

 長秀が訊いた。

「西からの攻撃は、われが撃退する。堂洞攻撃を邪魔させぬ」ぼくは言い切った。

「明日、夜明けと共に出陣する。出陣前に、最終的な作戦を命じる。皆の者、抜かりなく準備いたせ」



 夕暮れになって、堂洞砦に行っていた金森長近が戻ってきた。仮こしらえの寝所で、ぼくは彼と面会した。

「殿、申し訳ございませぬ。調略に失敗いたしました」

 彼は床に額を擦りつけて言った。

「五郎八、無事戻ってきたのが、なによりだ。明日の戦、頼むぞ」

「ははっ」



 ぼくは仲間を集めた。

 そして蜂須賀小六が加治田城から戻るのを待った。

 夜の帳が下りたころ。小六が戻ってきた。ぼくらはいつものように車座になる。

「堂洞砦の岸信周は何度も佐藤忠能殿に対し、何度も味方に付くよう説得を続けておりました。佐藤殿はこれを拒否、岸信周は、人質としてとっていた八重緑姫を加治田城から望める長尾丸山で磔にしました。佐藤忠能殿をはじめ、将兵たちは、号泣されておりました」

 小六が呻くように言った。

「ウム……」


 ぼくは堂洞砦を力攻めにするつもりはなかった。宇留摩城、猿ばみ城攻撃と同じく逃げ口を残し、じわじわと攻めたてるつもりであった。でも今回はそうはいくまい。降伏を認めず、敵兵全員を壊滅させなければ、加治田城の面々は腹が治まらないであろう。

 またそうしなければ、これからの美濃の武将たちに対する調略も進まないであろう。


「明日は、堂洞砦を力攻めにする。降伏は認めない。本丸まで攻め込んで、敵兵を壊滅させる」

 今まで多くの砦、城攻めをしてきたが、力攻めをしてきたことはなかった。力攻めには、敵兵の三倍の兵力を必要とされる。そして多くの犠牲者が出る。血を血で洗う戦になるのだ。


 五人の仲間は腕を組んで目を閉じた。

 だが反対する者はいなかった。

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