92 堂洞合戦(1) 仲間と情勢分析をする
九月上旬、森可成から知らせが届いた。
金山城を陥落した、という報告である。直ちに、仲間全員の集合を前田利家を通じて命じる。
麻袋の中のバックから、久しぶりに「信長公記」と年表を取り出す。史料は他にもあったが、それはすべて桶狭間までの物である。「信長公記」も持っているのは、首巻だけだ。そう、信忠に家督を譲るまでの記述である。その後のことは、頼りになるのは年表だけになってしまう。
「信長公記」の首巻46堂洞砦を攻撃、のページを捲る。そこには、なんと太田信定がこう記していたのだ。
二の丸の入り口にある高い建物の上に太田牛一がただ一人であがり、無駄矢もなく矢を射かけていたのを信長が見て、「小気味よい見事な働きである」と、三度も使いの者をよこした。称賛して、知行を増やしてくれた。
ぼくは、思わず吹き出してしまった。信定が自分のことを自慢げに書いているのである。
これからは、信定のことを牛一と書き記したほうがよさそうだ。
九月半ば、ぼくは仲間たちと書院で会合した。奈良から戻ってきた権蔵もその中に加わる。
ぼくたちはいつものように車座になる。そしていつものように、牛一(信定)が口火を切る。
「勝頼殿との縁組を進めておりますが、なかなかうまくいきませぬ。美濃と甲斐が分断される状況にならなければ、信玄さまはおそらく首をたてに振ることはありますまい」
「どうだ、ウシよ、そなたも戦に加わるか、その弓矢の技をもって」
「はあぁ」
彼は苦笑した。
「権蔵、奈良はどうであった」
「覚慶さまは、五月二十八日、細川藤孝ら幕臣の援助を受けられて、奈良を脱出されました。今は甲賀の国に滞在していると思われます。仄聞するところによりますと、八月には上杉謙信さまへ幕府再興依頼書を出す由にございます」
「ウム……、龍興と争っている場合ではないな。時勢に遅れてしまうぞ」
「殿、美濃をこのまま放置するわけにはいきませぬ。武田も、虎視眈々と京を狙っておるやもしれませぬ」
牛一(信定)がぼくに釘を刺した。
「殿、細川藤孝殿のもとへ、配下の者を派遣されたらいかがです」
帰蝶が提案した。
その考えに異存はない。
「殿、滝川一益殿はいかがです」
「一益は、北伊勢の動向を探らせておる」
「北伊勢は、甲賀により近く、都合がいいのではありませぬか」蜂須賀小六が口添えした。
「将来の伊勢侵攻にも、役立つやもしれませぬ」
ぼくは一息ついた。
「イヌよ、一益を呼んでまいれ」
「承知いたしました」
「さて、中濃をどう料理するかですね」
小六が言った。
「堂洞の砦は、どうなっている」
ぼくは問いかける。
「猿ばみ城、宇留摩城の陥落を受けて建設を急いでおり、間もなく完成されるやもしれません」
「砦の指揮官は、誰だ」
「長井道利の配下、岸信周(のぶちか)にございます」
岸信周、その名は知っている。近隣諸国に聞こえた勇将である。
「加治田城の佐藤は、どうしておる」
ぼくはさらに問い続ける。
「八重緑姫を人質にされておりますゆえ、今は静観しておるやに聞き及びます」
「龍興は、どう、われとの戦を進めるつもりか」
「後詰めにございましょう」
藤吉郎が答えた。
後詰めとは、前線の城を攻めさせ、援助するという戦法で撃破する作戦である。
彼はさらに話を続ける。
「龍興さまは、われらに堂洞砦を攻めさせ、加治田城佐藤忠能と岸城の岸信周によって包囲し、内と外から攻めたてる作戦にでるつもりでございましょう。龍興さま本隊が最後の止めを刺すため参戦してくるものと思われます」
「龍興は、加治田城がわれらについたことを知らぬのか」
「知らぬのか、知らせておらぬのか分かりませぬが、そうでなければ、このような悠長な作戦をとるはずがございません」
なるほど、岸信周は人質を取っているので慢心しているのかもしれない。
「他の者の意見はどうだ」
「堂洞砦は、南北西が谷に囲まれ、東が丘続きという地形の要害にございます。容易くは落とせません。猿ばみ城、宇留摩城の敗残兵が合流し、兵は膨れ上がっております」
小六が答えた。
「分かった。われに策がある。ハチよ、加治田城の動向に目を離すな、一時たりとも」
「はっ」
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