88 宇留摩城、猿ばみ城、金山城の三城同時攻撃(2)


 永禄八年(1565)新年早々、美濃に送り込んでいた密偵から報告が入った。斎藤龍興が武田信玄と同盟を結んだとういう知らせである。

 一刻も早く、美濃と甲斐の間に楔を打ち込まねばならない。


 密偵が去ったあと、同席していた帰蝶が言った。

「殿は、北濃の佐藤利治なる人物をご存じですか」

 ぼくは首を横に振った。

「加治田城の城主にございます。城は宇留摩城、猿ばみ城から北に二十キロ奥の山中にございます。仄聞するところ、斎藤家筆頭家老長井道利(隼人)と反目し、中濃では、孤立した存在になっている、とのことにございます」

「うん……、調略、ということか」

 帰蝶はいつものごとく笑みを浮かべて頷いた。


 ぼくは丹羽長秀を小牧山城に呼んだ。そして加治田城調略の企てを話した。

「長井道利は、斎藤道三さま父子を亡き者にすることを、義龍様に進言し、実行した許しがたき人物にございます。かの人物は、織田家と佐藤利治殿にとって共通の敵にございます」

 長秀は憤慨して言う。

 

 長井道利は、龍興によって美濃三人衆を差し置き、筆頭家老に抜擢された人物である。今もなお中濃、北濃を支配し、睨みをきかせている。


「そなた、加治田に向かい、佐藤利治に、われの傘下に入るように、説得してまいれ。出世は働き次第、と伝えよ」

「はっ。仰せの通りに」

 その日のうちに、長秀は中濃に向かった。


 

 美濃の地に攻め込むには、二つの障害があった。一つは木曽川である。

 水流は早く、水の増減も激しかった。対岸の美濃の領地は城壁のごとく立ち塞がっている。渡河には水量を見極め、慎重に行われなければならない。

 ぼくは、蜂須賀小六に命じ、季節と天気との関りを調べさせていた。如何なるときに水位が一定に保たれるのか、


 もう一つは、対岸にある二つの城、宇留摩城と猿ばみ城である。

 堅牢で知られる稲葉山城に比べ小さな城であったが、両城とも要害の地にあった。責めるには工夫が必要である。


 昨年より木下藤吉郎に命じ、宇留摩城の東三キロの地点にある伊木山に砦を築かせる準備を進めていた。人夫を総動員し、部材作りの作業は終了している。伊木山山頂に曲輪を築くために、部材を木曽川対岸に運び、山頂まで上げなければならない。しかし、その作業は停滞していた。 


 一月下旬、ぼくは前田利家と共に、旗本五十人を引き連れれて、伊木山の木曽川沿いに馬を走らせた。


 伊木山を望める小曾川の畔は、所せましと部材が積み上げられていた。

 防御板を掲げる兵士が、柱部材を担ぐ人夫を護衛して木曽川に繰り出していく。対岸から唸りを上げて、弓矢が降り注いでくる。それでも進んでいくが、河半ばで部材をほおりだして戻ってくる人夫もいる。


 対岸には、木瓜の旗が揺らいでいるが、殆どの兵が織田領に留まっている。

 ぼくは藤吉郎を呼び寄せた。彼は知恵が働くが、力ずくの戦は得意としていない。


 木曽川を数頭の騎馬が渡ってくる。

 その一頭がぼくの前に駆け寄り、小柄な武者が下馬し、頭を垂れた。

「サル、何をしているのだ」


 藤吉郎が顔を上げ、ぼくを見上げた。

「宇留摩城主大沢次郎左衛門が、伊木山に五百の兵を送り込んでいるのでございます」

「ウム……」

 藤吉郎らしくない。敵が五百程度であるならば、力ずくで押し倒せるはずだ。彼の考えていることは分かる、一兵の兵も失いたくないのだ。


「何故、早くわれに報告しなかったのか。愚か者」

 ぼくは思わず怒鳴り散らした。


「兵を全員、撤退させるのだ。戦は、ここだけで行うわけではない。われは猿ばみ城を長秀に攻めさせる。大沢に伊木山に兵を留めおく余裕を奪うためだ。それまで、ここで待て」

「はっ。恐れ入りました」

 藤吉郎は額を川石に擦りつけた。


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